全国高校女子硬式野球連盟および全日本女子野球連盟の4月28日の発表によると、第25回全国高校女子硬式野球選手権大会(7月24日〜)の決勝を、甲子園で行うという。開催日は、第103回全国高校野球選手権(8月9日〜)の休養日にあたる8月22日に予定されている。女子高校野球の試合が甲子園で行われるのは、もちろん初めてのことだ。

 高校野球部を統括する日本高等学校野球連盟は、危険防止の観点から、主催の野球大会に女子部員が参加することを認めていない。だが95年には中国の、翌年には韓国の女子硬式野球チームが来日して親善試合を行ったり、女子の競技人口の増加で女子高校野球創設の気運が盛り上がり、1997年に女子選手権がスタートした。翌98年には、国内の高校に所属する女子硬式野球チームを統括する競技団体として、全国高等学校女子硬式野球連盟が設立される。現在、同連盟加盟校は全国で41。神村学園(鹿児島)、花咲徳栄(埼玉)、福井工大福井、作新学院(栃木)、履正社(大阪)など、男子硬式野球強豪校の名前も見える。

 例年、7〜8月に兵庫県丹波市のつかさグループいちじま球場などで行われるこの大会で、準決勝に進んだ4チームは、2011年開始のプロ・アマ統一の全日本総合選手権「女子野球ジャパンカップ」への出場権を得ていた。最多優勝は、第1回から23回連続出場している埼玉栄の7回。また00年には、全国高等学校女子硬式野球選抜大会もスタート。3〜4月に埼玉県加須市の加須きずなスタジアムで行われる大会で、最多優勝はやはり埼玉栄の6回だ。

甲子園のレジェンドが語った夢

 実は、甲子園での女子高校野球決勝の実現を、予言した人がいた。太田幸司さん。そう、69年夏、東北勢では戦後初めて決勝に進んだ三沢(青森)のエースだ。松山商(愛媛)との決勝は、両者譲らず延長18回0対0で引き分け再試合となり、三沢はそこで惜しくも敗れたが、「優勝旗のない優勝」と讃えられた伝説の名勝負だ。太田さんはプロ野球・近鉄などで通算58勝し、引退後は解説者のかたわら、女子プロ野球のスーパーバイザーを務めるなど、女子野球の魅力を伝えながら応援を続けてきた。

 その太田さんに話を聞いたのは、19年のことだ。

「先ごろ、夏の甲子園では、決勝前日に休養日をもう1日増やすという発表があったじゃないですか。その1日を、女子高校野球の決勝であの球場を使わせてくれたら素晴らしいな……と、夢の広がるニュースでした」

 予言というより、女子野球を支えてきた太田さんの夢、といったほうが正しいが、確かに取材当時、19年夏の甲子園から準決勝翌日にも休養日を設けることが発表されていたのだ。太田さんは、こう続けた。

「昨年(18年)私は、100回記念大会の甲子園の決勝戦で、始球式を務めさせてもらったんです。久しぶりにヒザががくがくするような体験で、やはりあそこは特別な球場なんですね。ですからなんとか女子選手にも、あの舞台を経験させてあげたいと強く思ったんです」

 さらに20年2月には、日本高野連と女子硬式野球連盟が初めて情報交換会を行ったと聞くから、そこでなんらかの合意があったのかもしれない。加えて高野連はこの夏から、現行の準々決勝と準決勝の翌日の2日間だった休養日に、3回戦終了後のもう1日を追加したから、球場の有効活用という側面もあるだろう。いずれにしても、「甲子園を目指せることに大きな意味がある」(全日本女子野球連盟・山田博子会長)というように、女子野球にとって画期的な1歩になることは確か。出場する女子選手はもちろんだが、こちらとしても取材するのが楽しみになってきた。