甲子園では今世紀初。伝統の立て襟ユニで、無敗のまま夏を終えた中京大中京

中京大中京伝統の立て襟ユニフォーム。写真は1983年夏の野中徹博(写真:岡沢克郎/アフロ)

 最後まで行かせてください……大会ナンバーワン右腕・高橋宏斗は、7回を終え、高橋源一郎監督に「行けるか?」と声をかけられると即答した。救援で2回を投げ、自己最速の154キロをマークした愛知の独自大会決勝から中1日。7回で、球数はすでに120に達している。しかも、高橋自身も「6回くらいからきつかった」と明かす猛暑だ。

 智弁学園(奈良)と中京大中京(愛知)の一戦。今年は別として、夏前に練習試合を行うのが恒例の両者の対戦は、中京が初回に3点を先取。高橋は立ち上がりから150キロ超のまっすぐを連発し、3回で4三振と相手打線を牛耳った。だが4回には、連続死球などから智弁が3点をもぎ取る。一方中京打線はその4回以降、「1年生だった昨年の練習試合で、完全に封じられた」(高橋監督)という智弁の左腕・西村王雅に完全に沈黙。7回までは、1人の走者も出せないでいた。そして……マウンドの高橋は、昨秋の公式戦8試合で14本塁打という強力な智弁打線に、徐々にとらえられている。流れは智弁に向きつつあった。

9回の139球目で153キロ!

 だが、昨秋は愛知、東海、明治神宮大会といずれも優勝で公式戦19連勝。センバツも選手権もなくなった今季、チームの目標として掲げた「無敗」は、やはり優勝した夏の愛知大会まで続き、連勝は27まで延びた。最後の最後で、それを途切れさせるわけにはいかない。

「エースが投げきらなければ、チームも勝てない。だけど相手は勢いに乗せると怖い打線。ギアを上げないと抑えられない」。女房役の印出太一とそう話し合った高橋は、続投を志願した8回から、確かに一段階上げた。相手の西村に対抗するように、フィニッシュで気合いを発するのも意図的だったかもしれない。8回、2死二塁のピンチは151キロで三振を奪って締め、9回の3アウト目、139球目はこの日最速の153キロ。タイブレークの10回、無死一、二塁から3連続アウトで締めた三振も最後は150キロだった。3対3と同点の終盤、ランナーを背負うたびに高橋は、ストレートで抑えたことになる。

「変化球を打たれたら悔いが残る。自分のベストを尽くすという気持ちだったし、ストレートは自分の一番自信のある球なので、打たれても悔いは残らないと思って投げました」

 そしてチームは10回裏、無死満塁から相手ミスの間にサヨナラ勝ち。昨夏の新チームスタートから、無敗のままで夏を終えたわけだ。それにしても、139球目の153キロといい、「ストレートがシュート回転したり、スライダー回転したり本調子ではなかったんですが、構えたときのグラブの位置を変えたら修正できました」(高橋)という危機管理力といい、高橋はやはりただ者じゃない。

「155キロ(を出す)という個人の目標に及ばなかったのは、自分の弱さ」(高橋)だが、「無敗」というチームの目標は達成できた。ちなみに、中京伝統の立て襟のユニフォームが復活したのは昨年の夏。甲子園で最後に見たのは1988年の春(当時チーム名は中京)だから32年ぶり、21世紀では初めてのことだった。