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2019年高校野球10大ニュース【4】8月/星稜×智弁和歌山、タイブレークがもったいない名勝負

楊順行スポーツライター
敵に塩を送った智弁和歌山・黒川史陽(写真は2018年センバツ)(写真:岡沢克郎/アフロ)

 こうなると、前年から導入されたタイブレークというのがまことにうらめしかった。8月17日、第101回全国高校野球選手権は3回戦を迎えていた。星稜(石川)と智弁和歌山の一戦。星稜の奥川恭伸、智弁は3番手の池田陽佑が一歩も譲らない投手戦を展開している。星稜は4回山瀬慎之助の犠飛、智弁は6回、失策で出た走者を西川晋太郎が還した1点ずつで、延長まで突入した。10回、11回……両者無得点が続く。12回の奥川は、智弁のクリーンアップを圧巻の3者三振。池田も、その裏の星稜を三者凡退に抑え、試合は1対1のままタイブレークに突入することになる。

 得点経過はこうだ。

智弁和歌山 000 001 000 000

星   稜 000 100 000 000

タイブレークではもったいない

 この大会の奥川は、大会ナンバーワン投手にふさわしい投球を初戦から続けていた。旭川大高(北北海道)との1回戦を完封し、救援登板した立命館宇治(京都)との2回戦では、自己最速の154キロをマーク。この3回戦は、台風10号の影響で中3日の間隔に恵まれたから、状態は万全に近いだろう。とはいえ、対する智弁打線も強力なのだ。明徳義塾(高知)との2回戦では7回、細川凌平、根来塁、東妻純平の3人がアーチを架け(根来、東妻は連続)、チーム1イニング最多本塁打3の大会タイ記録を達成。これは史上2度目のことで、1度目もやはり智弁和歌山が2008年夏に記録したものだ。しかも智弁は伝統的に、160キロ近くに設定したマシンを打ち込んでいるから、速球にはめっぽう強い。

 とはいえ、奥川の武器はスピードだけじゃない。抜群の制球力と投球術、キレのいいスライダーとフォークがある。というわけで……フタを開けてみれば、奥川が150キロ超のストレートを連発して9回までで17、12回で21もの三振を奪い、強力打線を牛耳っている。許したヒットもわずか3だ。6回から登板した智弁・池田も負けていない。走者こそ出すが要所を抑えて、星稜に得点を与えずにいた。かくして延長12回を終え、1対1のがっぷり四つ。ね? 自動的に無死一、二塁から始まるタイブレークではなく、通常イニングのせめぎ合いが見たいでしょう?

 だが、点の入りやすい状況から始まるタイブレークも、緊迫のイニングとなった。まず13回表の智弁。無死一、二塁から六番・佐藤樹がバントを試みるが、奥川がこれを機敏に三塁に送り封殺。さらに代打・硲祐二郎、綾原創太を連続三振に取る。綾原の最後の空振りは、13回にして152キロと衰えないストレートだった。その裏の星稜も、バント失敗のあと知田爽汰、内山壮真が凡退して無得点。14回表の奥川は、黒川史陽のバントをまたも三塁で封殺し、さらに2死一、三塁のピンチも西川を中飛に抑えた。その裏の星稜は、奥川のバントがまた失敗。ここまで、タイブレークで両者が試みた4回のバントはことごとく失敗したわけで、両チームのディフェンスがいかに高度な集中力を保っていたかがわかる。タイブレークゆえのひりひり感かもしれない。

 しかし……14回裏の星稜は、1死一、二塁から福本陽生が、池田の変化球を左中間にサヨナラ3ラン。サドンデスというには、あまりに濃密な2時間51分の決着だった。

智弁和歌山 000 001 000 000 00=1

星   稜 000 100 000 000 03=4

敵に塩を送った黒川の逸話

 殊勲の福本もだが、なんといってもこの試合の主役は奥川だろう。足がつって途中降板した昨夏の反省から、塩分や経口補水液の補給に配慮し、14回165球を投げきった。最後の打者を打ち取った中飛は150キロ。4回、黒川から奪った三振は142キロのフォークと変化球もキレキレで、14回を3安打23三振である。奥川は、「80点。100点というのは不可能です。完璧なピッチングはないと思う」と話したが、歴代2位タイの数字は1973年、あの江川卓(作新学院)の記録に並ぶ。江川の場合は延長15回だから、ある意味、伝説の怪物を超えたといえる。

 ともかくも、両チームとも高いレベルの1点をめぐる攻防は、令和の名勝負第1号に認定していいだろう。星稜・林和成監督は、「監督冥利に尽きます。指導者人生で2度と出会わないくらい、持っているポテンシャルが高い。延長に入ってからも153キロとは、ゾーンに入っていましたね」と賞賛し、6打数無安打1三振の智弁・黒川も「人生で対戦したうち、一番すごいピッチャーでした」。その黒川といえば、こんないい話もある。11回、奥川がちょっと足を気にする素振りを見せた。すると攻守交代時に、黒川が星稜の遊撃手・内山に熱中症予防のタブレットを託したのだ。奥川に渡して、と。11回裏の先頭打者だった奥川は、水分補給とともにそれを服用したという。そのおかげかどうか……12回の智弁の攻撃は、三者三振。名勝負の影には、こんな裏話もあるのです。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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