Yahoo!ニュース

ジャリエル・ロドリゲスはなぜ来日しなかった、ではなく……

横尾弘一野球ジャーナリスト
今春のWBCで、キューバの4強入りに貢献したジャリエル・ロドリゲス。(写真:CTK Photo/アフロ)

 昨シーズンに最優秀中継ぎのタイトルを獲得した中日のジャリエル・ロドリゲスが、3月29日に到着するはずの航空便に搭乗しておらず、ほどなくアメリカ人記者が「ロドリゲスはキューバから亡命した。中日との契約を破棄し、メジャー・リーグ入りを模索している」と報じた。

 ジャリエルは、2020年1月に育成選手として中日と契約。ファームでイキのいい投球を見せると8月に支配下登録され、先発で初勝利も挙げる。2021年も先発で起用され、立浪和義監督が就任した昨年は、中継ぎを任されて目立つ結果を残した。シーズンオフには、ジャリエルが望む複数年での契約更新で交渉がまとまり、推定年俸2億円で2年契約。3月9日には支配下登録されている。大きく成長するチャンスを与えた中日は、ジャリエルのいない巨人との開幕3連戦に負け越し。今後の戦略を修正せざるを得ないことを考えても、本当にいい迷惑である。

 ただ、キューバの事情に精通し、第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準備で2月にキューバ代表が来日した際にはサポートしている柴田 穣氏は、「こうした流れを止めることはできないだろう」と見ている。

 有力選手の相次ぐ亡命で、キューバ代表は2000年代に入ると国際大会で苦戦を強いられるようになった。そんな中、アメリカのバラク・オバマ大統領とキューバのラウル・カストロ議長が国交正常化交渉に臨み、2015年7月20日にアメリカ、キューバとも大使館が開設され、54年ぶりに両国の国交が回復した。

 これにより、キューバでは観光業が躍進するも、ドナルド・トランプ大統領に代わると状況は一変。2017年6月には、オバマの対キューバ政策がほぼ白紙となる。その後、ロシアとウクライナの問題も暗い影を落とし、現在は市民生活もままならない部分があるという。柴田氏によれば、「キューバ代表の全盛期に中心となって活躍したような選手でさえ、現在は母国では暮らしていけない。そこで、子供たちをアメリカで生活させているケースもあります」ということ。そうした状況ゆえ、キューバからの亡命は、スポーツ選手が自由な契約や立場を求めて命がけでも断行した以前のものだけでなく、もはや一般市民にとっても身近な生活手段になっているようだ。

むしろライデルはよく帰って来てくれたという現状

 柴田氏は、「ジャリエルが、今季も中日でプレーすることを考えていたのは間違いない」と言う。ただ、WBCで4大会ぶりにベスト4入りし、その原動力となったジャリエルに、準決勝が行なわれるフロリダでメジャー・リーグ関係者が接触したことは容易に想像できる。今大会から、アメリカへ亡命してメジャーでプレーするヨアン・モンカダやルイス・ロベルト(ともにシカゴ・ホワイトソックス)もキューバ代表入りしたため、ジャリエルのような若手が彼らから情報を得られる機会もできた。

 また、キューバ人選手が合法的に移籍できる日本でプレーする場合、契約代理人の役割はキューバ野球連盟が担っている。

「その手数料は法外な金額ではなく、せいぜい年俸の十数パーセントだと思いますが、若い選手はそうした干渉にも拒絶反応がある」

 そう柴田氏は指摘する。今回のジャリエルの行動に対し、キューバ野球連盟は「1000万ドル(約13億円)の違約金を請求する」と声明を発表したが、メジャー球団のスカウトが「5年総額5000万ドル(約65億円)前後の契約となる可能性がある」と評するように、契約がまとまるなら違約金など痛くもないだろう。むしろ、中日が制限選手として公示すれば、少なくとも今シーズンはメジャー球団と契約できなくなるほうが辛いと思う。だが、柴田氏は「一年くらいなら、いい調整の時間をもらえたくらいにしか受け止めない」と言う。

 キューバという国や選手たちの現状を知ると、ジャリエルと同じような話があれば、ライデル・マルティネスだって来日しなかった可能性があるのではないかと思えてしまう。

「そうなんです。ジャリエルの問題に彼の性格や考え方も関係しているとはいえ、ライデルやリバン・モイネロ(福岡ソフトバンク)がそうならない保証はない」

 そう柴田氏が言うように、この問題には、ジャリエルがなぜ来日しなかったか、ではなく、ライデルはよく帰って来てくれたという側面もある。福岡ソフトバンクの一員でありながら2020年に亡命し、制限選手となっていたオスカー・コラスも、その年の12月に自由契約となると、昨年1月にはホワイトソックスとマイナー契約。今年の3月30日には、ヒューストン・アストロズ戦に代打起用されて初安打をマークした。こうした流れは、残念ながら歯止めが利かないようだ。

「キューバは経済的にも不安定ですから、U-15ワールドカップで活躍した選手は、家族で亡命し、16歳になったらメジャー球団と契約する。これでは、国内リーグのレベルは上がりません。また、かつてのユリエスキー・グリエル、コラス、今回のジャリエルのような問題が続けば、日本のプロ球団はキューバ人選手との契約に二の足を踏むでしょう。それは、キューバにとっても大きな痛手です」

 キューバと日本の野球を通じた交流は、多くの人たちの努力で長く、深く続いている。その絆が今後も失われないことだけを願いたい。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

横尾弘一の最近の記事