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【落合博満の視点vol.51】落合GMがドラフト候補の捕手に求めたこと

横尾弘一野球ジャーナリスト
落合博満は、中日GMだった2015年のドラフト3位で木下拓哉を指名した。

 昨年のドラフト会議で、千葉ロッテが市立和歌山高の松川虎生を1位指名した際には驚きの声が上がった。その松川は今春のキャンプ、オープン戦を通じて目を引くパフォーマンスを見せ、3月25日の東北楽天との開幕戦にスタメン出場すると、4月10日のオリックス戦では佐々木朗希の完全試合をアシスト。このまま正捕手の座を確保できるか大いに注目されている。

 今季の松川のように、高校出の逸材が頭角を現して大成すれば、そのチームの捕手は10年安泰と言われ、西武の伊東 勤や福岡ダイエー時代の城島健司はチームに黄金時代ももたらした。そうして絶対的な正捕手が君臨していても、次世代を担う存在を獲得・育成しようと、常にスカウトが足を使って探しているのが捕手というポジションだ。

 また、「アマチュア屈指の司令塔」などと高く評価されていても、プロの世界で捕手として通用するかはわからない。通算2000安打をクリアした小笠原道大(現・巨人コーチ)や和田一浩(元・中日)でさえ、打力を生かすために捕手から他のポジションにコンバートされているのだ。

 そんな難しいポジションを任せる候補者を、中日でゼネラル・マネージャー(GM)を務めていた落合博満はどうやって探していたのだろう。2013年のオフに、谷繁元信監督の就任とともにGMとなった落合は、2年間は谷繁が選手兼任でチームを率いる方針を確認。その間に次世代の正捕手候補を確立することが理想と考えられた。

 2014年は谷繁自身が83試合にマスクを被り、次いで松井雅人(現・オリックス)が63試合に出場する。翌2015年は杉山翔大(61試合)、松井雅(49試合)、桂 依央利(46試合)が競い合い、谷繁はシーズン後に現役を引退する。その年のドラフトでは、この競争に加わり、あわよくば一気にスタメンの座を手にできる捕手の獲得が期待された。

ブルペンでの振る舞いも注視して

 この年は社会人に将来性のある捕手が何名かいたため、落合GMも社会人の試合に足を運んだ際には捕手に着目していた。他球団も含めて有力候補と目されていたのは、トヨタ自動車の木下拓哉、NTT西日本の戸柱恭孝(現・横浜DeNA)、王子の船越涼太(元・広島/現在は王子に復帰)、Honda鈴鹿の飯田大祐(現・オリックスコーチ)だった。

 ある地方球場でのことだ。落合GMは突然、「あぁ、それじゃダメだろう」と少し大きな声を上げる。ただ、その時は守備側がタイムを取って監督がマウンドにいた。なぜ、この場面で声を上げるのか尋ねると、落合GMが見ていたのはブルペンだった。

「投手交代の可能性がある場面でしょう。ブルペンでは、恐らく次の登板を告げられた投手が、急ピッチで仕上げている。それなのに、捕手がフワッとした返球をしているんだ。大事な場面であんな感覚では、ちょっとプロでは難しいかな……」

 その捕手は高校、大学とドラフト候補にも挙がっていたが、社会人では2年目のその年も正捕手になっていなかった。ベテランの実力者からポジションを奪えないのだ。

「最近の社会人は、試合に勝ちたければ経験が豊富なベテランの捕手を起用する傾向が強い。だから、ドラフトで指名するような年齢の捕手を探すなら、試合ではなくブルペンを見なければならない。けれど、残念なことに、ブルペンにいる時は本当の緊張感がないというか、試合に入っていない捕手が多いね」

 そうして捕手が話題になったので、試合に出場している時はどんな部分に着目しているのか尋ねた。

「二塁へのスローイングは、シュート回転ならOK。右投げでスライダー回転すると、二塁ベースからショート方向に逸れるから走者へのタッチが遅れる。でも、シュート回転なら走者が走ってくる方向に逸れるので、二塁手(あるいは遊撃手)の技術で何とかなるから」

 また、イニング間の投球練習の最後に二塁へ送球する際、実戦同様にスローイングすることを重視していた。

「ドラフトで指名される選手には、スカウトが観ている試合で活躍するなど、運とか縁のようなものもあると思っている。捕手の場合は肩も重要なポイントだけど、走者が走らず、二塁へのスローイングをしない試合もあるでしょう。だからこそ、イニング間のスローイングでしっかりと見せておくべきだと思う。9回しっかりと投げれば、肩の強さやスローイングのクセはわかるから」

 実際、対話の機会があった社会人チームの監督には、「捕手には常に全力で二塁へのスローイングをさせていただけますか」と要望していた。そうやって情報を集めながらプレーや振る舞いをチェックし、ドラフトでは木下を3位で指名した。驚いたのは、落合GMは監督だった時、ある高校生の捕手を見てほしいと関係者から頼まれ、夏の甲子園を宿舎でテレビ観戦したことがある。その試合で対戦相手の捕手が木下だった。そんな話を向けると、「そういう縁もあるのかもしれないな」と言っていたのを思い出した。

 その木下も、すんなり正捕手の座を手にすることはできなかったが、2020年に大野雄大と最優秀バッテリー賞に選出され、昨年は攻守に目立つ活躍を見せた。立浪和義監督が就任した今季も第一捕手として起用されており、司令塔として勝てるチームに成熟させられるか注目されている。木下は7年目の31歳。捕手がプロの世界で一人前になるのは、本当に大変なことなのだ。

(写真提供/小学館グランドスラム)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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