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【落合博満の視点vol.43】春季キャンプで完成させたい攻撃の形とは

横尾弘一野球ジャーナリスト
オリックスが春季キャンプを行なう宮崎県のSOKKENスタジアム。

 新型コロナウイルス感染で待機している選手もいるが、プロ野球12球団のキャンプが2月1日から一斉にスタートした。最近は10日もすれば紅白戦や練習試合が始まるなど、実戦形式が多くなる中、約1か月にわたって技術を磨きながらペナントレースへの準備を整える。では、選手、監督として目立つ実績を残した落合博満は、この期間にどんな取り組みが重要だと考えていたのだろう。

「野球は、相手より1点多く奪えば勝つ競技。その1点を奪う確率は、走者をひとつでも先の塁へ進めたほうが高くなる。ならば、走者をどう進めるか。その手段を多く持っているチームが、常に戦いを優位に展開できるのだから、キャンプのうちに攻撃の形をいくつか確立させておきたい」

 監督を務めていた時の落合は、「何を仕掛けてくるかわからない」と言われていた。1試合で5つも6つも送りバントをして1点に執着したかと思えば、1回に先頭の荒木雅博が出塁すると、井端弘和とのランエンドヒットで無死一、三塁と一気に攻め込むこともある。落合監督は、どんな勝負勘でサインを出すのかと見られていたが、その話題を向けるとこう明かす。

「いくら分析してもわからないよ。私のサインで動くわけじゃないんだから。例えば、無死一塁で私が選手に求めたのは『一塁走者を二塁までは進めてください』ということ。その手段は、多くのケースで選手自身に選択させた」

 どうしても1点がほしいイニングに先頭打者が出塁した。しかも、相手投手は制球を乱している。監督は手堅く送りバントで進めようと考えるも、四球の可能性もあるからワンストライクを取られるまではバントの構えで見送らせたい。よく見られる場面だ。しかし、「ワンストライクからバントで送れ」と手段を限定した指示では、選手に余計な重圧をかけ、作戦の成功率を下げてしまうのではないか。

「野球をやってきた人たちは簡単に考えるけど、ワンストライクから一発で送りバントを決めるって、そんなに容易いことじゃない。1点勝負や7回以降の終盤なら、なおさら成功率は低くなるでしょう。ならば、せめて選手が練習を重ねてきた得意な手段で進めてくれればいいんじゃないか」

 落合曰く、「その得意技を作ったり、磨いたり、この場面ではどんな方法がいいのかという目を養うのもキャンプ」なのだ。

得点を奪う作戦は監督、その手段は選手が考える

 キャンプのシート打撃や紅白戦で、ルーキーや若い打者は思い通りのバッティングをしてレギュラーの座を勝ち取ろうと張り切る。それも悪くはないが、落合監督は得意技に磨きをかけ、状況判断力を研ぎ澄ませることにも重きを置いた。

「バントと決め込んで相手投手が甘いボールを投げ込んできた時、バスターに切り替えてしっかり振り切ること。送りバントを2球失敗した時でも、ボールを見極めて一、二塁間へゴロを打てる技術。実戦形式の練習を積み重ねるキャンプ中こそ、そういう技術を高めたり、どんな場面でどういう手段なら成功率を上げられるか実感しながら身につけられるはず」

 そして、高いバント技術を備えながら、万が一、バントを失敗してもライト方向にゴロを打ち返すことができるという自信が、選手を攻撃面で着実に成熟させ、1点を争う試合、ひいては優勝を争う厳しい戦いでものを言う。つまり、強いチーム、勝てるチームを築く土台になるのだ。

 監督は「走者を進めよ」とシンプルに作戦を指示し、その手段は選手が選択する。そんな攻撃の形をキャンプで完成させられたチームは、落合監督時代の中日のように、安定した戦いを続けられそうだ。最近は、キャンプの様子も中継される。そうした視点で見てみるのも面白いだろう。

(写真=Paul Henry)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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