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【落合博満の視点vol.12】新型コロナウイルスに見舞われたからこそ再認識したい自己責任の姿勢

横尾弘一野球ジャーナリスト
最近の選手は、進歩した用具で身を守っているが……(写真と本文は関係ありません)。

 阪神の藤浪晋太郎投手らが感染するなど、新型コロナウイルス禍はプロ野球界にも波及してきた。週末は都市部を中心に不要・不急の外出自粛が求められ、見えない敵との闘いは長期化の見通しだ。アマチュア球界でも、当面の公式戦や大会が延期・中止を余儀なくされている。

 プロもアマチュアも、選手たちはできる範囲で練習に取り組んでいるが、こういう不測の事態に見舞われた時だからこそ、自分の身は自分自身で守るという姿勢を再認識しておきたい。

 東日本大震災が発生し、開幕が遅れただけでなく、試合時間やナイター照明に制限を受けながら戦った2011年にリーグ優勝を果たした落合博満は、「自分の野球人生は自分で責任を持つように徹底して教育し、すべての人間が自己責任の意識の下で動けるチームにしていくべき」が持論である。

「どんな人生でも、一歩先では何が起こるか分からない。自然災害、親会社の不振、ケガや故障など、どんな事態に見舞われても、数字を残せなければユニフォームを脱がされる選手は必ず出てくる。そうならないためには、恵まれている時代だからこそ、危機管理をしっかりしなければいけない」

 例えば、野球用具は目覚ましく進歩している。現役時代の落合は、耳あてのないヘルメットだけで打席の中の自分を守っていた。だが、現在ではヘルメットには耳あてだけでなくフェイスガードを付け、死球から腕を守るエルボーガード、自打球から足を守るフットレガースも着ける選手が多い。

 こうした用具の進歩は、不慮のケガから選手を守るために作られているのだが、落合はメリットだけではないと感じている。

「フットレガースのなかった時代にプレーしていた私は、自打球が足に当たらないような打ち方を考え抜いた。エルボーガードもなかったから、体の近くに投げ込まれる速球から身を守る避け方も身につけていた。しかし、最近の選手はケガ防止の用具を着けていることで、死球の避け方が下手になっているし、正しいスイングをすれば自打球が足に当たることはないという考え方もしない」

 さらに、死球や自打球でケガを負い、試合を欠場することになっても、それは不慮の事故であり、自分に責任はないと思っている選手が少なくない。走者とのクロスプレーから守備側の野手を守ろうとするコリジョン・ルールも、成長途上の学生ならばともかく、プロが導入すれば危機意識の低下にもつながる。

 無謀なタックルのように故意ではなくても、先の塁を必死に狙う走者と守備側の野手が思わず衝突してしまうケースはあるはず。危機意識の低下は、その際にケガを大きくしてしまう可能性を含んでいる。

用具の進歩やルール改正で危機意識が低下している!?

 だからこそ、落合は監督時代に自己責任の意識を徹底させるため、エルボーガードやフットレガースの着用をチームのルールとした。少しでもケガを防止できる用具があるのなら、それは身につけなさいということだが、着用するかしないかは自分で判断することとした。

 ただ、エルボーガードやフットレガースを着けずに、つまり、チームのルールを守らずにケガを負い、試合に出場できなくなった場合は法外な罰金を科したという。打線の軸を担った和田一浩は、そのルールを承知の上でフットレガースをせず、自打球を足に当てて骨折してしまった。

 和田は我慢して試合に出場し続けていたが、数日経った試合後、たまたま風呂で落合と出くわした。監督命令でレントゲンを撮り、やはり骨折だったことが判明したが、「このまま試合に出ます」と出場を続ける。落合は、トレーナーに和田の動きを注視するように伝えたものの、休養を取らせるといった温情は一切見せなかった。

「これは昔の時代の根性論ではない。一人前のレギュラーだった和田には、スタメンで試合に出る権利がある。もちろん、休みたければ休むこともできる。ただ、人間の気持ちはそれほど強くないから、死球で骨折した際に私が『痛いだろう。少し休め』と言えば、『監督が言うなら休もうか』と思うだろう。では、その間に他の選手がレギュラーの座を奪ってしまったら、誰が責任を取るのか。だから、ケガをしていても試合に出るかどうかは選手自身が責任を持って決断しなければいけない。プロとは、そういう世界。それを忘れちゃいけないんだ」

 今季のペナントレースはどういう形になるのか、まだはっきりと見通すことはできない。それでも、秋になれば戦力外を通告される選手は必ずいるのだ。その時、新型コロナウイルスを恨んでも、「イレギュラーなシーズンだったのだから」と泣き言を言っても始まらない。そういう世界だからこそ、落合は「自分の身は自分自身で守るという姿勢を再認識したい」と考えている。

(写真提供/小学館グランドスラム)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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