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春季キャンプがスタートするもオスカー・コラスはいない。将来有望な“キューバの大谷”が亡命した真相とは

横尾弘一野球ジャーナリスト
2015年のU-18ワールドカップでプレーするオスカー・コラス(写真=松橋隆樹)

 プロ野球は、東京五輪イヤーの春季キャンプが2月1日から一斉にスタートした。ルーキーや新外国人が注目されている中、福岡ソフトバンクのキャンプ地にオスカー・コラスの姿はない。年明け早々に報道された亡命は事実で、現在は南米のスリナムに滞在しているという。

 早稲田実高1年の清宮幸太郎(現・北海道日本ハム)が関心を集めた2015年の第27回U-18ワールドカップではキューバ代表の一員として来日。投手兼四番打者の二刀流でプレーし、翌2016年にはキューバ国内リーグにデビューする。

 すでに“野球の開国”に向けて前進していたキューバ国内にあって、キューバ野球連盟は、この若き逸材を日本で成長させようと、2017年にはリバン・モイネロとともに福岡ソフトバンクへ派遣。3歳上のモイネロは、育成契約からすぐに支配下登録されたが、“キューバの大谷”と呼ばれたコラスは主に三軍戦で経験を積んだ。

 2年目からは野手に専念し、ウエスタン・リーグで7本塁打を放つ。3年目の昨年は、6月24日に支配下登録。背番号46となり、8月18日にアルフレド・デスパイネに代わって出場選手登録されると、その日の埼玉西武戦に七番ライトでスタメン出場し、2回裏の初打席で十亀 剣の初球を右中間スタンドに叩き込む。初打席初球本塁打は、20歳のコラスの無限の可能性を示していた。

 福岡ソフトバンクが2020年のコラスに期待するのは当然で、契約保留選手名簿にも掲載された。それがどういう意味か、コラスにも、彼の周囲の人間にもわかるはずなのだが、コラスは亡命という道を選ぶ。なぜか。

海外でプレーできても、国内でのプレーも求められたら……

 全日本野球協会の柴田 穣・国際事業委員によれば、「すべての原因はキューバ代表の不振にある」という。かつては国際大会で151連勝という金字塔を打ち立てた“赤い稲妻”も、2005年のワールドカップを最後に世界一の座から遠ざかっている。相次ぐ主力選手の亡命で戦力が低下し、レベルダウンした国内リーグでは心技に若手が育たない。

 その現状を打開しようと、まずは貢献度の高い選手の国外でのプレーを認め、2013年にミシェル・エンリケスとデスパイネがメキシカン・リーグでプレーする。2014年には派遣先が広がり、カナダやイタリアへの派遣と並んでフレデリク・セペダが巨人へ入団。ユリエスキ・グリエル(現ヒューストン・アストロズ)が横浜DeNA、メキシカン・リーグで出場停止処分を受けたデスパイネは千葉ロッテへ入団する。

 さらに、キューバ野球連盟は有力な海外リーグで若手も強化しようと目論む。モイネロやコラスの来日は、そうした方針に基づくものだ。しかし、東京五輪の出場権も争った昨年のプレミア12もオープニング・ラウンドで敗退。デスパイネが打率.167、モイネロは防御率6.75、日本シリーズMVPのジュリスベル・グラシアルは3試合でヒットすらなしと、海外勢が国際大会でも大活躍とはいかず、派遣の成果はまだ実を結んでいない。キューバ野球連盟も気を揉んでいるはずだ。

 一方の選手側は、近い将来にメジャー・リーグ(MLB)も派遣先に加わることを最大のモチベーションにしてきた。2018年12月にはMLB機構と選手の移籍に関する覚書を締結し、移籍候補リストまで提出されたものの、アメリカのドナルド・トランプ大統領によって昨年7月頃に破棄されてしまったのは既報の通りだ。

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 もともとコラスは、MLBでのプレーを見据えて日本で力をつけようと考えていたという。それが、MLBへの道が断たれた上に、プレミア12では代表に選出されず、さらに国内リーグでのプレーを強要され、ついに亡命を決断した。

「日本で一生懸命にプレーし、帰国した時は疲れていた。それでも国内リーグへの出場を強制されたので、もう亡命するしかないと思った」

 柴田氏は、コラスからそう聞いたという。それが、福岡ソフトバンクには一切の非がなく、むしろコラスにチャンスを与えたのに、裏切られる形となった真相である。MLBから身分照会もあったようだが、保有権はあくまで福岡ソフトバンクにある。今後のキューバと日本の関係を考えても、コラスの逃げ得にならない対応に期待したい。

 世界一奪還を何としても実現したいキューバ野球連盟と、自身の野球人生を充実させようと自由を求める選手たち。キューバが東京五輪へ出場できるチャンスは、3月のアメリカ大陸予選で優勝するか、3位までに入って4月に台湾で開催される世界最終予選で優勝するしかない。そんな中で、コラスの行動は他の選手にどんな影響を及ぼすだろうか。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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