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自由だが放任ではない。AI時代に求められる“本当の”マネジメントとは

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
株式会社Everforth 森下将憲CEO

「人手不足の今の時代、優秀な人材、多様な人材に活躍してもらうためには、テレワークやフレックスタイム、時短勤務など、柔軟な働き方を取り入れるべし」

――働き方改革の気運の高まりとともに、このような提言がいたるところでなされるようになった。

柔軟な働き方が様々な課題の解決につながるのは確かだが、実際にやってみようとするとコミュニケーションやマネジメントのあり方を変えなければならず、壁にぶつかる組織も多い。

今回取材した株式会社Everforthは、2010年の設立当初から「働く時間も、働く場所も、働き方も、すべて自由」を実践してきた。それがプラスに働き、CEOの森下将憲さんがひとりで立ち上げた会社は、今ではITエンジニアを中心にフルタイムのメンバーが40人ほど、パートタイムで関わる人が20名ほどの規模になった。

「ITエンジニアばかりなら、そういう働き方も取り入れやすいのでは?」という見方もあるだろう。しかし、森下さんら経営陣は2018年6月にファッション通販とメディア事業を手がける別会社も立ち上げた。こちらはITエンジニアのほかにデザイン、マーケティング、物流、カスタマーサポートなど様々な職種が入り混じっているが、やはり場所も時間も自由な働き方をしているという。

働く人の自由を重んじる理由や、自由だが決して放任ではないというマネジメントの極意を、森下さんとCCO(Chief Community Officer)の沖津竜平さんに聞いた。

リモートワークを推奨しているわけではなく、自由を推奨している

Everforthのオフィス
Everforthのオフィス

2020年のオリンピックに向けて工事が進む新国立競技場のほど近くに、Everforthのオフィスがある。地下1階、地上4階建ての一軒家で広々としているが、社員は働く場所も時間も自由なので、オフィスにいる人は比較的少ない。夜にふらっとやってきて作業をする人もいたりして、職場というよりは社員専用のコワーキングスペースやミーティングスペースという感じだ。また、森下さんが暮らす部屋、地方にいるメンバーなどが必要に応じて寝泊まりできる複数の部屋があり、バスルーム、ランドリー、キッチンなども完備で社員向けのシェアハウスとしても機能している。

同社は、クラウドベースのマーケティングプラットフォームやその上で動作するソフトウェアを開発するIT企業で、フルタイムの正社員雇用または業務委託契約で働くメンバー40名のほとんどがエンジニアだ。それ以外に20名ほど、パートタイムやタスク単位で契約しているエンジニア、デザイナー、テスターなどのメンバーがいる。

働く時間と場所が自由なので、メンバーの中には地方や海外在住者も。しかし、すべてをリモートで完結させようとしているわけではなく、首都圏に住むメンバーは集まってミーティングも行う。

「以前は札幌など、地方にいるメンバーが多かったのですが、やっぱり近くにいた方が融通がきくし、1週間に1回くらいは会った方が効率的なんですよね。だから最近は、ここに来られる範囲内に住む人を意識的に増やしています。

でも、すごく優秀な人材が何らかの理由で地方や海外にいる場合もあって、そういう人はリモートで入ってもらいます」(森下さん)

株式会社Everforth 沖津竜平CCO
株式会社Everforth 沖津竜平CCO

「よく誤解されますが、我々はリモートワークを推奨しているのではなく、自由を推奨しているんです。ここに来てやった方がいいこともたくさんあるから、こうやって充実したオフィスを用意しているわけです」(沖津さん)

森下さんは「利益を出すために最適な行動をするというだけ」と言う。最適な行動をしようとしたら、働く場所はオフィスがいいとかリモートがいいとか、一律に決めるのはナンセンスだということだろう。

人間の仕事が少なくなる未来には「好きなことを見つけ、好きなことができる」が重要に

創業当時から自由な働き方を追求してきたのには、2つの理由がある。

ひとつは、「好きなことを見つけ好きなことができる世界をつくる」という会社のミッションを、まずは自分たちが体現したかったから。もうひとつは、同社はこのミッションをITで実現しようとしており、それには優秀なITエンジニアがパフォーマンスを出せる自由な環境が不可欠だという考えがあったからだ。

「好きなことを見つけ好きなことができる世界をつくる」というミッションはどこから生まれたのか? 森下さんはその根底にある考え方を次のように語った。

「私は、人生に意味はないと考えているんです。意味はないんだけど、社会の中で生きているという認識があり、色々な感情もあるので、どうせならみんなが気持ちよく楽しくやれたらいいんじゃないか、ということをすごく思っていて。

だけど、世の中には与えられたレールに乗って、そこにある常識とされるようなことに従いつつ不満を抱えている人が多い。例えば満員電車が辛い、仕事は楽しくないとかね。そうじゃなくて、もっとみんな自分が好きなことだけやっていればいいんじゃないかな、と思うんですよ」(森下さん)

「人生に意味はない」という言葉を筆者なりに解釈すると、私たちが自分を犠牲にしてまで背負うべき義務や使命のようなものはない、ということではないかと思う。今やっている仕事が嫌いだったり辛かったりするなら無理してその役割に縛られず、もっと楽しいと思えることを探せばいい、というのが森下さんの言わんとすることなのだろう。そして、それが言うほど簡単ではないということも分かっているからこそミッションに掲げ、そういう世界を実現しようとしているのだろう。

「好きなことを見つける」ことが重要である理由は、他にもある。

「そろそろ資本主義の限界が来ているということもあります。モノを買うことが生きるために重要、という時代ではなくなっていますよね。だからお金を稼ぐために嫌な仕事をするよりも、ギリギリ食えるくらいでもいいから好きなことをやる方がいいんじゃないですかね。

それに、21世紀後半から22世紀くらいになったら、(仕事の自動化が進み)ほとんど仕事せずに楽に生きていける時代になっていると思うんです。逆に言うと、多くの人にとっては仕事がしたい、稼ぎたいと思っても、職がないという時代になるんじゃないかと。そうなったとき、好きなことをやれているかどうか、尊厳を持って生きられているかどうかはより重要になると思います。だから、そういう世界に対して早めに準備しておきたいんです」(森下さん)

私たちは今、あふれる仕事をいかにこなすかや、どうやって働き過ぎを防ぐかを問題にしているが、AIやロボットが高度に発達した未来では、人間がやらなければいけない仕事が減って時間を持て余すようになるだろう。たしかにそうなると、好きで楽しめることを見つけられない人は不幸かもしれない。

Everforthの働き方に影響を与えた『奇跡の経営』

みんなが好きなことを見つけて楽しんで取り組めるようにしたい、そして事業の成功に不可欠な優秀なITエンジニアに参加してもらうには自由な環境が必要だ――そう考えた森下さんが創業当時に理想としたのは、『奇跡の経営』という本に書かれたセムコという会社のあり方だ。

『奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ』(リカルド・セムラー著、総合法令出版)
『奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ』(リカルド・セムラー著、総合法令出版)

セムコは1950年代にブラジルで小さな機械工場として創業した後、2代目経営者のリカルド・セムラーの時代に事業の多角化を成功させ、2000年代には従業員3000人規模の会社に成長した。

このリカルド・セムラーは、事業を拡大したこと以上に独自の経営手法で有名だ。具体的には、社内の上下関係やルールを限りなく排除し、上からの指揮・命令ではなく現場の裁量で成り立つ組織を実現した。同社の自由度の高さは抜きんでていて、工場のラインで働く者もフレックスタイム制の対象であるほどだ。

その理由についてセムラーは、「仕事を完成させるために必要な時間、ふさわしい場所を最も適切に決められるのは、彼ら自身だからです」と書いている。

これは、職場の状況を無視して好きなようにやれば良いということではなく、家族との時間など個人として大切なことを各々が優先できるよう、互いに勤務時間を融通しあったり、仕事の仕方を工夫する権限があるということだ。

森下さんも、毎日通勤ラッシュに耐えて出勤し、とりあえず始業時間には自席に座る、というようなルールにただ従うのではなく、その時々で一番良い働き方を、自分で判断して選べるような働き方をイメージしたのだろう。

自由に働く人達をどうマネジメントするか

オフィスには2匹の猫も暮らす
オフィスには2匹の猫も暮らす

Everforthのメンバーが実際にどのような働き方をしているのかというと、大部分はチャットで連絡を取り合いながら、好きな場所、時間帯に仕事をしているが、金曜日はオフィスに集まってミーティングをすることが多いという。普段は昼夜逆転している夜型のエンジニアもいるが、必要なミーティングには昼間に起きて参加するそうだ。

今、働き方改革に取り組む企業の多くも、究極的にはEverforthのようなワークスタイルを理想とするところが多い。しかしそういった企業が必ずぶつかる課題が、働き方の自由度を高めつつ、いかにマネジメントを機能させるのか、ということだ。

Everforthの場合、マネジメントの軸となっているのが「VGTA」という独自のフレームワークだ。

これはグーグルなどが活用する目標管理手法「OKR」をアレンジしたもので、会社全体と各チームがヴィジョン(Vision)を明確にし、それを達成するための中長期的なゴール(Goal) 、年間の指針となるテーマ(Theme)、四半期単位での具体的な成果物の定義であるアーティファクト(Artifact)を具体化して設定する。

VGTAモデルの概念図(資料提供:Everforth)
VGTAモデルの概念図(資料提供:Everforth)

こういった目標管理では、チームの目標と会社の目標がきちんとリンクしていること、短期の目標が達成可能なものであることが重要となる。しかしうまくいっていない会社では、経営者は大きすぎる目標を掲げ、現場のチームは自分たちが確実にできそうな目標に収めようとしたり、それでは怒られるので「どうせ達成できっこない」とあきらめつつ上が望む目標をのんだり……ということが起きがちだ。

Everforthではこのような問題は起きないのか? 森下さんに尋ねると、「VGTAはあくまで指針であって目標管理ではありません。なので、多少無理した設定になっていてもそれで組織がベストパフォーマンスを出せれば問題はないんです。ですから、VGTAの設定において私とメンバーの間で変な矛盾が起きることはありません」という答えが返ってきた。

今の会社の規模であれば、森下さん自身が各チーム、メンバーの状況を直接把握できているため、現場の状況が分からずに非現実的な目標設定をしてしまう、ということもないのだろう。

人事評価のシステムはない。給料は個別に話し合って決める

VGTAが目標管理手法「OKR」をアレンジしたフレームワークだと言うと、これを人事評価の仕組みだと考える人がいるかもしれないが、そうではない。これはあくまで会社とチームの長期、中期、短期での指針を明確にするもので、個々人の役割やタスクを決める前提となるものだ。

人事評価について、森下さんは「Everforthには評価システムはない」と言い切る。それはつまり、目標達成度や成果によってA、B、C……といった評価がつき、翌期からの給料が決まるようなしくみはない、ということだ。

ただ、メンバーのパフォーマンスや働き方に対して何もフィードバックをしないということでは、決してない。適宜コミュニケーションを取り、期待しているパフォーマンスが出ていなければ、そのことについて話し合い、役割やタスクを調整したり、あるいは本人に改善を促したりする。給料については、個別に面談し、会社の経営状態、給与相場、コミットメントなどを元に「このくらいでどうか」という額を提示して相談するそうだ。

世の中には、人事評価制度と給与制度をうまく設計することで、社員のモチベーションとパフォーマンスを引き出そうとする会社が多い。しかし森下さんは、「そんなことが上手くいくとは思えない」と言う。

「人のモチベーションは、そんなに単純じゃないですよね。評価が上がるから、給料が増えるからということだけで頑張るわけじゃないでしょう。それよりは、好きなことをやれるとか、楽しいと思えるとか、みんなに貢献できるとか、そういうことでモチベートする方が、VGTAの達成に対して圧倒的にポジティブな影響があると思います」(森下さん)

個人の能力を見極め、チャレンジして学習し、成長するサイクルを作る

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創業以来、まずは組織づくりに力を入れてきたという森下さん。それは「どれだけ優れたアイディア、戦略があっても、それを実行する人が優秀で、チームが機能しなくては、決してよいサービスは提供できないから」だと語る。

そんな森下さんがマネジメントの仕事として非常に重視しているのが、一人ひとりのやりたいことと会社のビジョンのすり合わせを丁寧に行うことに加え、個人のキャパシティを見極めて、その限界をちょっと超えるくらいのタスクを与えるということ。

みんなが自由に自律的に仕事を選んでやっていけるのが理想だが、人は選択肢が多すぎても幸せになれない。これは学術的な研究によっても明らかにされている(Everforthが自らのサービスで追求しているのも、あふれる情報を整理し、誰もが適切な選択肢から求めているものに出会えるようにする、ということだ)。

マネージャーはその人が混乱しない程度に難易度の高いタスクを提示し、メンバーはそのチャレンジを通じて学習し、成長していく、そしてそれが会社の成長にもつながる――この「成長のサイクル」を作ることこそが、森下さんが考えるマネジメントの本質だ。

成長とパフォーマンスを求められる環境で心理的安全性を高めるには

メンバーは常に挑戦を続け、成長することを求められるわけで、ある意味厳しい世界でもある。実際、創業から8年の間に社員として所属した人のうち今も残っているのは6〜7割程度。それ以外のほとんどは、森下さんらの求めるパフォーマンスが出せずに辞めていったという。

昨今、チームのパフォーマンスに大きな影響を与えるものとして注目されているのが「心理的安全性」だ。メンバーが批判や嘲笑を恐れず安心して素直に発言したり行動したりできるような「心理的安全性が高い」状態にあるチームは、パフォーマンスが高いというのだ。

成長と成果を厳しく求めることと心理的安全性は、ともすれば相反する可能性もある。Everforthにおいて、そのふたつはどのようにバランスしているのだろうか。

「それは私も、極めて難しいことだと思っています。ひとつ、大きなポイントだと感じて意識的にやっているのは、やっぱり本人のキャパシティぎりぎりぐらいの仕事を提供するということです。それがうまくいかないと、無理しすぎて鬱になっちゃったりすることもあります。特にエンジニアにとっては、仕事で成果を出せると周りの反応も違うし、自信を持つことができるので、それで心理的安全性が高まるという面は大きいです」(森下さん)

「逆に、周囲の期待に対してパフォーマンスが出ないというのはストレスで、心理的安全性が脅かされることになりがちですね。エンジニア同士だとスキルの差は明確に見えやすいので、どうしてもスキルが低い人は萎縮してしまうこともあって。どういうチーム割りにするのかも、ポイントかもしれません」(沖津さん)

一般的に、チームの心理的安全性を高めるための施策としては人間関係の円滑化を目指すものが多い。それも大事だが、まずは個々人が自分の仕事で自信を持てるようにするのが一番という考え方は、会社が仕事のためのチームである以上、とても本質的だと感じた。

エンジニアでなくても、好きだと思える仕事に就き、「自分はチームに貢献できている」、「努力すればもっとできるようになる」という自信がある人はどんどん成長するし、チームにも良い影響を与えるだろう。メンバーを「成長のサイクル」に乗せていくことこそがマネジメントの本質、という考え方は、マネジメントに関わる全ての人に参考になるのではないだろうか。

(写真はすべて筆者撮影)

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フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』(http://mydeskteam.com/ )を運営中。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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