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北海道東川町に学べ!返礼品の豪華さ競う「ふるさと納税」ばかりでいいのか? 必要なのは「当事者意識」

安井孝之Gemba Lab代表 フリー記者
人材育成策の資金調達に成功した東川町。「ふるさとチョイス」のwebサイトから。

 年末は今年度分の「ふるさと納税」の駆け込みシーズン。テレビではふるさと納税サイトのCMが繰り返され、豪華でお得な返礼品をゲットしようと、呼びかける。節税と返礼品のお得感ばかりが強調され、寄付する自治体の施策に関わり、支えたいという「当事者意識」は置いてきぼりだ。ユニークなまちづくりの取り組みを進めている北海道東川町から学ぶべき点は多い。

 年末年始をふるさとで迎えようとする帰省客が都心から出ていくニュースがテレビで流れる12月28日、北海道東川町とふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」を運営するトラストバンク(本社・東京)がこんなニュースを発表した。

 ソチ五輪銀メダリストの竹内智香選手がスノーボードの育成組織「&tomoka」を立ち上げ、次代を担う子供たちを東川町で人材育成するというプロジェクトへの寄付が、12月26日に目標の500万円を突破したという。ふるさと納税の寄付金をクラウドファンディング型で募る「ガバメントクラウドファンディング」を活用したもので、町が取り組む様々なプロジェクトに寄付を募る試みだ。東川町産のお米などの返礼品はあるが、東川町が進めようとするプロジェクトへの「共感」が寄付の動機になっている。ふるさと納税の新しい形である。12月28日午後7時30分の時点でサイトをみると、目標の132%の661万円が調達できていた。

自然の恵みが潤いを与える東川町

 北海道東川町は車で旭川市から25分、旭川空港からは10分の場所にあり、大雪山国立公園を望む町。山岳地域に降り積もった雪が地下水となり、各家庭の蛇口からは「ミネラルウォーター」が出る。上水道はない。自然の恵みが生活に潤いを与えている。

 東川町はユニークな地域振興策を進めていることでも有名だ。自然の恵みは豊かではあったが、人口は1950年の1万754人をピークとし、その後は1993年の6973人まで減り続けた。だが1994年以降は人口が増え始め、現在は8360人(2019年5月)となった。

 町を変えるきっかけになったのは、1985年の「写真の町」宣言。自然や文化、「人と人との出会い」を大切にし、「写真映りのよい」まちづくりを目指したのだ。東川町国際写真フェスティバルを開催し、1994年からは「写真甲子園」を始めた。全国の高校生たちが東川町にやって来て、町の写真を撮り、全国一を競い合うイベントだ。この「写真映りのよい」まちづくりは、今の「インスタ映え」のよいスポットを探す流行にも重なった。

 「写真の町」がきっかけとなり、街並みの色彩が整い、町全体のデザイン性が高まった。地元の産業だった木工業もデザイン性を前面に押し出して、特産品としてユニークな存在となっている。

ふるさと納税で「株主総会」

 

10月5日の「株主総会」。町が取り組む政策の現状が説明される。
10月5日の「株主総会」。町が取り組む政策の現状が説明される。

 2008年から始まったふるさと納税でもほかの市町村の取り組みとは一線を画した。東川町は当初から返礼品を提供するだけでなく、町が提案するプロジェクトの中から「投資」したい事業を選んでもらい、「株主」としてまちづくりに参加してもらう仕組みをつくったのだ。株主になれば「特別町民」に認定され、株主証が発行されて、株主配当(返礼品)を受ける。町の公共施設、加盟店の優待利用もできる。東川町で開かれる「株主総会」に参加し、町からプロジェクトの進捗状況の説明を受け、植樹などのイベントに参加できる。

 東川町はふるさと納税制度、つまり自治体への寄付を「投資」と捉え、投資をしてくれた人である「株主」にもまちづくりに参加してもらい、町と「株主」がウィンウィンの関係になるようお互いが努力するという関係を築こうとしているのだ。町を応援する「応援人口」を増やそうとするまちづくり戦略である。

 10月5日に東川町で開かれた株主総会に参加した人たちは総会前に植樹をし、総会後には町のいろんなカレー屋さんがつくるカレーフェスティバルで地元の味を楽しんだ。埼玉県から参加した株主の家族は「毎年、株主総会に参加するのを楽しみにしています。埼玉育ちですが里帰りしているような気分です」と話していた。株主総会には北海道だけでなく、首都圏からの参加も多いという。

 

株主たちは株主総会前に植樹イベントに参加した。
株主たちは株主総会前に植樹イベントに参加した。

言い出しっぺが実行する東川町

 東川町のユニークなまちづくり施策に関心を持ち、他の自治体からの視察が後を絶たない。ふるさの納税の「株主制度」にも興味を持つ自治体は多いが、「同じようなことをしている自治体はまだないようです」(松岡市郎町長)という。松岡町長によると、これまでの新しい取り組みの過程で、東川町では提案した職員に「いいと思うなら君がやって」と、言い出しっぺが自ら取り組み、やり遂げるという土壌ができたという。

東川町の松岡市郎町長
東川町の松岡市郎町長

「前例がない、予算がない、他でやっていないはやれない理由にはならない。自分たちで考えて、いいと思えばやればいい」というのが松岡町長の信条だ。

 

 株主制度も始める頃は、行政組織が「株主」「株主総会」という言葉を使うことに違和感を持つ人もいたが、「おもしろいじゃないか」と担当者に任せて実行に移した。株主総会やその前後のイベントも毎年、試行錯誤が続いているという。「去年と同じことをするという発想はありません。去年のここがまずかったと分かれば、今年は変えています」と担当者。前例主義に傾きがちな行政組織としては面倒な作業ではあるが、面倒さから逃げていては、ユニークな仕組みは定着しないのだろう。

自治体と寄付者に必要な「当事者意識」

 組織改革は組織に属する人たちの「当事者意識」いかんで成否が左右される。誰かが決めてくれる、誰かが実行してくれる、と思っている人ばかりでは何も変わらない。言い出しっぺが実行するという東川町スタイルは、まさに職員一人ひとりに当事者意識が根付いているからこそ可能になったのだと思う。

 一方、今の「ふるさと納税制度」で寄付をする人たちに町を良くしたい、という当事者意識は根付いているのだろうか。「ふるさと納税で節税をしたい。お得な返礼品をもらいたい」という自らの利益を高めたいという欲求が強すぎてはいないだろうか。

 ふるさと納税制度の当初の狙いは、地方で生まれ育った人が都会に出てきて、ふるさとに恩返しをしたいという思いを実行するためにつくられたものだった。地方に育ったふるさとがなくても、応援したい地域があれば、そこに寄付をするという思いがなくてはならない制度だったが、今では「返礼品」の多寡と種類が寄付する自治体選びを左右する大きな要素となっている。ふるさと納税制度の本来の効果を実現するには、寄付をする人にもまちづくりに関わっていきたいという当事者意識が必要なのだ。

Gemba Lab代表 フリー記者

1957年兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年、朝日新聞社に入社。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界、産業政策、財政などを取材した。東京経済部次長を経て、05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当し、経済面コラム「波聞風問」などを執筆。2017年4月、朝日新聞社を退職し、Gemba Lab株式会社設立、フリー記者に。日本記者クラブ会員、東洋大学非常勤講師。著書に「2035年『ガソリン車』消滅」(青春出版社)、「これからの優良企業」(PHP研究所)など。写真は村田和聡氏撮影。

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