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SUGIZOとTOYOTAが「共演」 燃料電池車「MIRAI」購入へ 水素社会を目指して

安井孝之Gemba Lab代表 フリー記者
水素社会が日本を救う!?と題したシンポジウムに参加したSUGIZO(筆者撮影)

ロックバンドLUNA SEA、X JAPANのメンバー、SUGIZOがトヨタ自動車と水素社会の実現に向けて、3日に都内で開かれた朝日地球会議(http://digital.asahi.com/articles/DA3S13164497.html)で「共演」した。最近のEVブームの陰で劣勢気味の燃料電池車(FCV)への応援団を買って出た。

SUGIZOは東日本大震災の福島第一原発事故以来、脱原発を坂本龍一らと訴え、再生可能エネルギーの普及に向けて、積極的に発言している。今年5月29日に開かれた日本武道館公演ではSUGIZOが弾いたギターなどの機材電源として、トヨタとホンダの燃料電池車(MIRAI、クラリティ)に搭載された燃料電池で水素から発電した電気を使った。

水素で発電した電気は「おいしい」

SUGIZOは「水素で発電した電気はクリアで、音もクリアになった。遠くの発電所で発電した電気よりも、魚に例えるなら取れたての『電気』のようでとてもおいしい」と話し、コンサートの機材電源として水素から発電した電気の使用の効能を強調した。

シンポジウムに同席した元内閣府副大臣で前衆議院議員の福田峰之氏(自民党『資源エネルギー水素社会推進委員会』元事務局長)は「私の耳では音の違いは分かりませんでしたが、専門家の耳だと分かったようです」と語った。SUGIZOは「LUNA SEAのファンの耳はいいので、いつもと違うと分かったようです」と笑って答えた。

12月23、24日に開かれるさいたまスーパーアリーナ公演では、今度は5人のメンバー全員の機材電源をすべて燃料電池車で発電した電源を使うという。SUGIZOは「テスラの電気自動車に乗っていいなあ、と思ったが、MADE IN JAPANにこだわっているので、トヨタのMIRAIを買います」と宣言、今後は自家用車として燃料電池車に乗るという。

燃料電池車への応援団を買って出た形のSUGIZOに対し、MIRAIやプリウスPHV(プラグインハイブリッド)車などを開発したチームエンジニアの田中義和氏は「FCVのエネルギー密度はEVに比べて高く、ガソリン車並みの時間で水素を充填できるという特徴がある。ハイブリッドをまじめにやりすぎてEVは少し遅れているが、EVも出していく。いろんなパワートレインを適切に投入していく」とHV、PHV、FCV、EVなど様々な電動化を開発し、適材適所のクルマ開発を目指す考えを示した。

適材適所のクルマ投入

英国政府やフランス政府が2040年までのEVへの移行を宣言し、中国政府もEVシフトを鮮明にしている。欧州の動きは独フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル車の排ガス不正問題をきっかけにしたもの。中国のEVシフトはHVなどで出遅れた中国自動車メーカーがEVで挽回しようという産業政策としての意味合いが強い。だが、自動車の二つの主要市場でEVシフトが加速したことで、世界の自動車業界はEVシフトを進めざるを得ない状況となっている。

EVにはリチウムイオン電池への充電時間の長さや、航続距離が延びているとはいえ、まだ不十分という欠点が残っている。またEVは冬場の暖房の熱源としてガソリン車やディーゼル車のようにエンジンを使うことができず、ひと工夫が必要だ。一方、「Well to Wheel(油田から車輪まで)」でみると、中国のように石炭火力発電所で発電した電気をEVに充電した場合、CO2の排出量はトータルではHVなどと比べてEVは必ずしも有利ではないという試算もある。

世界的なEVシフトへの潮流は、日本メーカーが優位に立つHVやFCVなどの技術を否定し、一気にEVへと市場が向かう可能性をはらんでいる。トヨタやホンダなど様々なパワートレインを開発しているメーカーは、何としても市場をEV一色に染めるのではなく、先進国や新興国、街乗りや遠出、中小型車とトラック・バスなどの大型車という各市場に適材適所のクルマを投入するという方向に市場を持って行きたいと考えている。そのためにはEVにはない水素利用の特徴をアピールする必要があるのだ。

牛一頭の糞尿で年間1万キロ走行可能

3日のシンポジウムでは北海道鹿追町での水素を地産地消でつくり、活用するプロジェクトも紹介された。町内の家畜の糞尿から水素を取り出し、燃料として活用するというプロジェクトで、牛1頭から出る年間の糞尿80キログラムからはFCVが年間1万キロ走れる水素が生産できるという(詳しくはhttp://digital.asahi.com/articles/ASK9Y2R8KK9YULZU001.html)。地元のバイオマスから水素をつくり、クルマの燃料とする「完全な循環型社会がつくれる」(田中氏)と水素利用の優位性が強調された。

SUGIZOは「僕はアーティストとしてあらゆる可能性の懸け橋になりたい」と抱負を語った。政治家でも、自動車メーカーでもない存在であり、どちらかと言えば、影響力のある「消費者」としての立場から、エネルギー問題やクルマの未来について語り、水素社会の到来を目指したいという思いを、SUGIZOは吐露した。

一方、SUGIZOはトヨタにも注文を忘れなかった。「FCVももっと安くしてもらい、ファンがFCVでコンサートに駆け付け、ファンのクルマで発電した電源でコンサートができたら素晴らしい」。これに対し、トヨタの田中氏は「水素利用の切り込み隊長としてがんばりたい」と答えた。

Gemba Lab代表 フリー記者

1957年兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年、朝日新聞社に入社。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界、産業政策、財政などを取材した。東京経済部次長を経て、05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当し、経済面コラム「波聞風問」などを執筆。2017年4月、朝日新聞社を退職し、Gemba Lab株式会社設立、フリー記者に。日本記者クラブ会員、東洋大学非常勤講師。著書に「2035年『ガソリン車』消滅」(青春出版社)、「これからの優良企業」(PHP研究所)など。写真は村田和聡氏撮影。

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