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【フィギュアスケート】鈴木潤 4分半に込める集大成の思い

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
フィギュアスケート全日本選手権男子シングル・鈴木潤のショートプログラム(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 美しく崇高な銀盤のバトルは、オリンピック代表選考だけがテーマではない。それぞれのストーリーがあり、追い求めるテーマがある。だからこそ誰もが持てる全ての精力を傾注する。だからこそ見る者の胸に響く演技が生まれる。

 12月21日から24日まで東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで行われているフィギュアスケート全日本選手権。男子シングルに出場している鈴木潤(北海道大4年)にとってここは「去年の借りを返すために来た場所。去年失ったものを取り戻したい」という思いを抱いて臨んでいる大会だ。

■悔しさとうれしさの混じったSP

 22日のショートプログラム(SP)。「SPは僕自身の理想を追い求めてつくったプログラムです」と話す鈴木は、『月の光(ドビュッシー作曲)』のしっとりとした調べに乗せ、情感を込めて滑った。ゴッホの名作絵画『星月夜』や『夜のカフェテラス』を思わせる深い青の衣装に身を包み、月の引力がごとく、観衆を惹きつけた。

 冒頭のトリプルアクセルでは余裕のある着氷で後ろに得意のイーグルをつけ、加点をもらう上々の出来映え。2つ目に入れた3回転フリップ+3回転トゥループもしっかり着氷した。しかし、最後の3回転ルッツで失敗してしまった。

「序盤と中盤のジャンプがうまくいったので、最後もその流れでうまくトリプルルッツを決めたかったのですが。なんと言えばいいんだろう、最初の2本がきれいに決まった分、悔しいの一言と…」

 そこまで言うと、少し間を置き、言葉を継いだ。

「それと、1年をかけてやっと戻ってきたなという思い。ケガのない状態で滑れたことが、それがうれしくて」

 うっすらと汗を浮かべ、口惜しさの中にもすがすがしさを漂わせた。

■自らのスケート人生を重ねたフリー『ニュー・シネマ・パラダイス』

 16年夏に腰椎分離症になった影響で昨年は練習が思うように出来ず、16年12月の全日本選手権では、SPでは8位とまずまずだったが、フリーで大きく崩れて111.37点。SPとフリーの合計177.54点で14位という結果だった。平昌五輪をターゲットとするために思い描いていた「強化選手入り」という目標が崩れた瞬間だった。

 別の悔しさもあった。

「フリーではやりたいことがまったくできず、気づいたら終わっていた。これではプログラムに対して失礼。素晴らしいプログラムなのに、自分が扱いこなせていないことがすごく悔しかった」

 昨年のフリーは『ニュー・シネマ・パラダイス』。鈴木は、スケート人生の集大成になるプログラムをつくりたいとの思いで米国に飛び、佐藤有香さんに振り付けてもらったプログラムを今年も滑っている。

 この作品は、シネマ好きの主人公が幼少期から大人になるまでの物語を描きながら、映画への愛やさまざまな出会いをテーマにした映画。鈴木自身が、「スケートを始めた幼少期から今に至るまでの表現を振り付けに込めてつくっているので、それを見てほしい」と語るように、丁寧なコンパルソリや、高遠な世界を仰ぎ見るようなイーグルは必見だ。

 そして、ジャンプである。

「競技としてジャンプありきのフィギュアスケートですから、ミスなくジャンプすることがまず1番です」と力を込める。今シーズンは昨年まで入れていなかった4回転トゥループにも挑戦しており、全日本選手権でも入れてくるかどうか、それも見どころになる。

 今季は心配された腰痛が出ることもなく、しっかりと練習を積むことができた。夏には北大大学院試験のための勉強に割く時間も多かったが、苦労しながらもスケートとの両立を果たした。 

「腰はバッチリです。たまに練習中に4回転をやると危ないということがあるのですが、(痛みが)残ることもなく、全日本選手権に来てからは激しい練習をしていても問題ありません。自信を持って滑れるくらいの練習はしてきていると思っています」

 

■大学4年間の節目

 同い年の羽生結弦は負傷で欠場しているが、今までの実績から平昌五輪代表入りは間違いないだろう。田中刑事はSPで2位発進し、こちらもフリーの結果次第で平昌五輪代表入りを果たす可能性は十分だ。

 もちろん男子のみならず女子も含めて大会全体に五輪選考の緊張感が漂う中、鈴木は「去年の時点で強化選手になっていないと五輪代表になるのは不可能に近い。だからオリンピックが懸かっているという思いは僕にはありません。大学4年間の節目の大会としてここに来ています」と自分のテーマを掲げた。

 今夏に受けた院試には見事合格し、来春から北大工学部大学院に進む。以前から、卒業後もスケートを続けるかどうか分からないと話していたが、今回のSPの後も「スケートを続けるかどうかは、この大会を終わってみてから。この大会を通して、自分がどう思うか」と現在の心境を語った。

「去年はフリーで自分が崩れてしまって五輪選考から外れた。今年、僕はフリーを滑りに来ていると思っています」

 1年越しの借りを返す全日本。滑り終えた後、鈴木の胸にどんな思いが去来するのだろうか。

【フィギュアスケート】北大生 鈴木潤の飽くなき挑戦

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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