Yahoo!ニュース

【体操】「美しいつま先で賞」が原点 あん馬のスペシャリスト 亀山耕平の歩み

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
体操全日本個人総合選手権(5月9~11日)の開幕前会見に出た亀山耕平

日本人2人目のあん馬金メダリスト

世界最強ジムナストの内村航平(コナミ)や、17歳で世界選手権種目別ゆかの金メダリストとなった白井健三(神奈川・岸根高3年)を擁する体操ニッポンに、もう一人の世界チャンピオンがいる。

亀山耕平、25歳。昨年の世界選手権種目別あん馬で、2003年の鹿島丈博以来、日本人2人目の金メダルを獲得した、あん馬のスペシャリストだ。

父・裕人さん(55)、母・良美さん(48)夫妻の長男として、1988年12月28日、宮城県仙台市で生まれた。

体操界には内村、白井、加藤凌平(世界選手権個人総合銀メダリスト=順大3年)ら、両親が元体操選手で兄弟も体操をやっているという選手が多い。そんな中、亀山家では母の良美さんが中学時代のみ体操部に所属。妹の桜子さん(23)と薫子さん(19)は体操選手ではないという。

亀山が体操教室に初めて行ったのは「3歳のとき」(良美さん)だった。小さい頃から活発。わずか3歳にして、高さ1メートルのダイニングテーブルから足の指を引っかけて遠くまでジャンプしている姿を見た良美さんが、「もしかしたら才能があるのかもしれない」と思い、近所の「仙台スピン体操クラブ」に亀山を連れて行った。

最初は週に1回だったが、すぐに逆立ちができるようになり、週2回のコースに変更。幼稚園のときには身長よりも高い8段の跳び箱を跳んで大人を驚かせ、今度は週に4回の育成コースに行くようになった。

逆立ちでドアを開け、友だちを驚かせる

とにかく逆立ちや側転が大好き。1メートル四方ほどのスペースがあればスーパーでもどこでも側転して遊ぶ。家の廊下は常に逆立ち歩き。友だちが遊びに来てピンポンが鳴ると逆立ちでドアを開け、友だちを驚かせていたという。小学1年生になるとスピン体操クラブでの練習は週6回。学校の通信簿には「普段は落ち着きがないが、体操のことになると大人っぽくなる」と書かれていた。

「僕は体操一本でいきたい」

理髪店で髪を丸刈りにした亀山が良美さんにそう告げたのは、小6の夏休みだった。スピン体操クラブでの練習を続けながら、学校にも体操部のある東北学院中を受験。良美さんはパートを始めて学費を稼ぎ、亀山は家庭教師を付けて猛勉強した。見事、合格。小学校の卒業文集には「将来の夢はオリンピック選手」と書いた。

中学ではあん馬で頭角を現した。特に評価されたのはつま先までスッと伸びた美しさ。ジュニアの大会では「美しいつま先で賞」などの賞をもらい、副賞のカルビースナック菓子を美味しそうに食べていたという。

あん馬の能力が認められ、高校は体操の名門・埼玉栄に進んだ。すると、周りのレベルの高さに度肝を抜かれた。同級生には天才肌として知られる山室光史がおり、隣の東京都には内村がいた。同い年の2人だけではない。強い選手はほかにもいた。

子どもの頃から負けたことのなかった亀山にとっては衝撃的とも言える、ライバル達の強さ。上には上がいる。五輪への道は甘くない。小学生の頃に口にしていた「オリンピック」という言葉が出ることはなくなった。

徳洲会入りした年に起きた東日本大震災

それでも地元の仙台大学でさらに力を付けた亀山は、大学卒業後、社会人の徳洲会入り。そのときに起きたのが東日本大震災だった。仙台を離れ、徳洲会体操部がある神奈川県に移り住んでから2週間後の出来事。ふるさとは壊滅的な被害を受け、幼少時によく面倒を見てもらっていた南三陸町の祖父母、阿部孝良さん(82歳)と孝子さん(76)が行方不明になった。

祖父母の安否がようやく判明したのは1週間後。幸い2人は無事だったものの祖父母の家は町ごと流され、跡形もなくなっていたという。

「自分は体操をして良いのだろうか」。悩んだ亀山だが、次第に「自分には体操しかない。体操で結果を出して喜ばせるしかない」と思うようになった。良美さんは「震災をきっかけに耕平は大きく変わった」という。

社会人3年目の昨年、あん馬のスペシャリストとして初の世界選手権代表入りを果たすと、10月にベルギー・アントワープで開催された世界選手権では予選15・400点で決勝進出ギリギリの8位で通過。1番手で登場した決勝では予選より難度を上げた演技構成で攻め、15・833点の高得点をマークする。この点が後続へのプレッシャーになったのか、残りの7選手は誰も亀山を上回ることができず、見事金メダルを獲得した。

今年の世界選手権代表選考2次予選を兼ねた体操全日本個人総合選手権(5月9~11日)では、昨年から悩まされていた腰の痛みによる練習不足が響き、36人による決勝に進出することはできなかった。だが、ここで焦る必要はない。亀山には世界選手権金メダルという実績により、7月5、6日に行われる全日本種目別選手権のあん馬決勝に直接進めるというアドバンテージがあるからだ。

勝負は7月の全日本種目別選手権

「一発勝負というのはプレッシャーでもあるけれど、気持ちを切り替えていく。腰も治り、最近ようやくしっかりと練習できるようになった。不安なく、自信をもってやりたい」と話す亀山は、最近ふたたび「オリンピック」という言葉を家族の前でも話すようになったそうだ。全日本の会見でも「世界選手権で金メダルを獲っても僕はチャレンジャーの気持ちでいられる。それはオリンピックに出たいから」と澄み切った声だった。

今年は世界選手権で金メダルを獲ったときと同じ、D得点6・9点の演技構成の他に、男子の最高難度であるG難度の技「ブスナリ」を入れた、D得点7・2点の演技構成も練習している。勝負となる全日本種目別決勝にどの演技構成で臨むのかについては「いろいろと状況を見ながら、技の出し時というのも考えてやっていきたい」と、冷静に前を見据えている。

昨年の世界選手権ではテレビ局のレポーターとしてベルギーに来ていた田中理恵さんから「眼光鋭いあん馬番長」のニックネームをもらい、金メダル獲得後には「世界一のあん馬番長になりました」とうれしそうに笑顔を見せていた。ただ、身長170センチメートル、体重62キログラムという体操選手としては大柄ですらりと手足の長いフォルム、つま先や体線の美しさには「番長」的ないかつさはない。高難度技を美しくさばき、連続金メダルを獲得すれば、「あん馬番長」に加えて「つま先王子」の称号もついてきそうだ。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

矢内由美子の最近の記事