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山口蛍だけじゃない。細貝萌が見据える正ボランチ争い

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
細貝萌

日本人でただ1人、リーグ全試合先発出場

細貝萌
細貝萌

3月5日に行われる日本代表対ニュージーランド戦の代表メンバーに、ドイツ・ブンデスリーガ所属選手6人が招集された。負傷離脱中の長谷部誠(ニュルンベルク)と内田篤人(シャルケ)が招集を見送られたものの、それでもこの人数だ。

今や“日本代表の強化の場”となっているブンデスリーガで、今季ここまでのリーグ戦全23試合に先発出場しているただ一人の選手が、ヘルタ・ベルリンのMF細貝萌だ。

第23節では、下位に沈むフライブルクにホームで0-0と引き分けてしまったが、それでも順位は8位。1部昇格1年目にしてまずまずの成績を収めているヘルタで、確かな存在感を示している。欧州組情報を伝えるメディアであまり取上げられていないことが不思議なくらい、実は、今最も乗っているブンデスの日本人選手なのである。

細貝のドイツでの歩み

2011年1月に浦和レッズからドイツ・ブンデスリーガに渡り、今年は4年目となった。ドイツで最初に所属したのは強豪のレバークーゼンだったが、出場機会確保を優先し、すぐに2部のアウクスブルクにレンタルで移籍した。

最初の半年間でドイツに慣れると、2シーズン目の2011―2012シーズンは1部に昇格したアウクスブルクにレンタル延長という形で残り、レギュラーとしてプレー。ブンデスリーガ所属の日本人選手としては最多となる32試合に出場し、チームの1部残留に貢献した。

2012-2013シーズンはビッグクラブであるレバークーゼンへの復帰を決意。ところが、出場機会を与えられたのは主にサイドバックのポジションであり、シーズン途中からは出番そのものを失ってしまう。

新たな移籍先を求めて動いた細貝に昨夏、好条件のオファーを届けたのは、1部に再昇格したヘルタ・ベルリン。監督のヨス・ルフカイはアウクスブルク時代にも細貝を指導したことがあり、ボールに食らいついて行く獰猛ともいえる守備能力を高く買っていた。日本仕込みの確かな技術、攻守の切り替えの早さ、勤勉さという長所も十分に理解してくれていた。

かくして細貝はヘルタに移籍し、2013-2014シーズンも残り2カ月あまりとなった今、リーグ全23試合にボランチとして先発出場。10勝5分8敗で8位と健闘し、「エスカレータークラブ」からの脱却間近と見られるチームにおいて、「中盤に欠かせない選手」との評価を得るまでになった。

自信にあふれる姿があった

その細貝が一時帰国した昨年末、ロングインタビューをする機会があった。細貝については、彼が浦和レッズに入った新人のころから折々で取材をしてきているのだが、今回は明らかに今までの彼とは違う雰囲気を醸し出していた。

浦和にいたころの細貝は、サッカーに対して非常に真摯で、良いと思ったことならすべて取り入れようとする貪欲さが見えた。自分でつてを見つけて大学機関の専門家にさまざまな測定を依頼し、数値を分析しながら日々のトレーニングや食生活にフィードバックしていた。

性格的にネガティブになりやすい傾向にあると自分で判断し、メンタルの専門家に相談したこともある。鈴木啓太ら、身近な先輩からも多くのものを吸収しようと積極的に質問する姿勢も窺えた。

15歳から各年代代表に選ばれ続けていたことが示すように、能力に関しては疑いがない。2007年からは北京五輪を目指す反町康治ジャパンに招集され、北京五輪予選ではレギュラーとして活躍した。2008年の北京五輪では本番直前の親善試合で肋骨を骨折するというアクシデントに見舞われながらも代表に選出され、グループリーグ2試合に先発出場するガッツも見せている。

一見、順調なキャリア。ただ、細貝自身は、ときおりどこかに自信のなさそうな表情をのぞかせることが少なくなかった。

「五輪代表の他の選手は皆チームで試合に出ているが、僕は浦和で試合に出ていない」

反町ジャパンには、本田圭佑、香川真司、内田篤人、長友佑都、岡崎慎司といった、今のザックジャパンのレギュラーメンバーが多くいた。2008年1月にオランダへ移籍した本田を除けば、当時の彼らはJリーグのクラブでプレーしていた。所属チームではしっかりと出番を確保し、さらには中心選手と認められつつある時期だった。

一方で細貝は、2006年リーグ制覇、2007年アジア制覇と隆盛を誇っていた浦和で定位置を確保できていなかった。鈴木啓太や阿部勇樹の壁は高かった。だからだろう、細貝のコメントは謙虚とネガティブのボーダーラインにあるような印象だった。

それはドイツに渡り、ザックジャパンに定着していった後も変わらなかった。ザックジャパンでの試合出場数は25試合と決して少なくはない。実際にプレーを見ても、もちろん良くない試合もあったが、細貝らしさの出ている試合も少なくなかった。それでも、代表戦後のコメントで細貝から、「今日はよくできた」という言葉を聞いた記憶がない。とにかく、いつも辛口の自己評価だった。

手本は中田英寿

だが、最近の細貝は確実に変貌を遂げている。ヘルタで急激に伸びている要因について細貝は、「昨季所属していたレバークーゼンで、本職のボランチではなく主に左サイドバックでプレーしたことが新たな気づきを生んだ」と考えている。つまり、サイドバックでプレーしながら「ボランチに必要なことは何か」ということを客観的に見ていたのが良かったという。

ヘルタでの細貝は、ピンチの芽を根こそぎ摘み取るような、質実剛健なつぶし役として存在感を示している。

手本としているのは、かつて日本代表の中心選手として君臨した中田英寿のフィジカルバランスだ。細貝は中田と比べると攻撃力では劣るが、ボールを奪う際の体の強さは勝るとも劣らない。その背景には、中田がボールを奪う際に見せていたフィジカルの強さを、「バランスの良さに秘密あり」と見抜き、日ごろの意識作りで参考にしてきたという、研究熱心な細貝ならではの取り組みがある。

ヘルタでチームメートの信頼を得た理由はまさにこの守備能力である。

「僕はブンデスでもファウルは多い方だけど、ポジティブな意味でファウルをしにいっていると思っている。相手ボールのとき、センターバックの選手や周りの選手に負担がかからないようにするため、僕の位置でつぶしていくのが重要」

中盤での守備能力。それはクリーンにボールを奪うだけではない。ときに泥臭いコンタクトで相手を困らせる。それでも、もしファウルになってしまうなら、セットプレーからゴールを決められてしまうような危険な位置を避けたい。細貝は瞬時にベターを選ぶ判断力をブンデスで磨き、監督からも仲間からも認められる存在になった。

W杯で生きる細貝のつぶしの能力

W杯で細貝のつぶしの能力が最も生きると期待できるのは、日本がグループリーグ初戦で対戦するコートジボワールだろう。

細貝は、「アフリカ系のコートジボワールはアジア人とは身体能力、パワー、足の長さ、筋肉量が違う。シンプルな縦に速いサッカーをしてくると思う。ブンデスで普段から黒人選手と対峙している感覚を生かせる部分が大きいと思う。(黒人選手への)適応能力が付いてきている」と話している。

コートジボワールには2年連続アフリカ最優秀選手に輝いたヤヤ・トゥーレ(マンチェスター・シティ-)がおり、トップ下でタクトを握る。ゲームメークからフィニッシュまでこなす世界的プレーヤーに対し、細貝という刺客がピッチに立つことになれば、大きな戦力になるだろう。

昨年11月のベルギー遠征では山口蛍(セレッソ大阪)がオランダ戦とベルギー戦に2試合連続で先発出場した。山口の持ち味は豊富な運動量と積極的なボール奪取からの展開。細貝は「彼のストロングポイントは代表で練習したり、試合を見たりして、僕も感じている。2試合連続の先発は彼の実力で奪ったものだと思っている」とその力を認めながら、「僕は誰がライバルだとは考えていない。すべては自分次第だと思っている」と言う。

長谷部誠が右膝を手術

ここにきて、長谷部誠が1月に手術を受けた右膝の再手術を行ったとのニュースが入ってきた。2度目の手術もうまくいったとのことだが、所属するニュルンベルクは今後8週間から10週間、チームを離脱すると発表しており、復帰は早くて4月下旬と見られている。ザックジャパンの中核をなす長谷部の離脱は日本にとって非常に大きな痛手。すでにW杯開幕まで3カ月あまりとなっているタイミングであるだけに、ザッケローニ監督も現実問題としてこの事態にどう対応すべきかを考える必要性に迫られている。当然、ボランチのポジション争いはますます熾烈になるはずだ。

「遠藤保仁か長谷部の相棒として」という観点で昨秋から注目を高めていた山口に加え、ニュージーランド戦では細貝もボランチ争いに本格参戦することになる。わずか2日間のトレーニングで臨むニュージーランドとの親善試合が、にわかにワールドカップに直結する選考の場となっていきそうだ。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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