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ザックジャパンの悩みを解決する闘莉王

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

力が衰えているなら議論の対象にはなるまい。

確かにケガは少なくない。年齢的にももうすぐ32歳と若くない。

それでも空中戦での強さに陰りは見えないし、勝負の勘所を察知する目は相変わらず冴えている。

そして何より、数字に説得力がある。J1通算303試合60得点。日本代表通算43試合8得点。(2013年3月30日現在)

ディフェンダーであってこの数字。Jリーガーの互選で決まるJリーグベスト11に、2004年から昨年まで9年連続で選ばれている田中マルクス闘莉王のことだ。

敗戦はメンバー再考の好機

3月26日、日本は敵地で行われたヨルダンとのW杯アジア最終予選で1-2の敗戦を喫し、この試合でW杯出場を決めることができなかった。

前半の多くのチャンスでゴールを挙げられないまま時間が過ぎ、ハーフタイム直前にセットプレーで失点すると、前掛かりになった後半15分には守備のミスの連鎖であっけなく2点目を失った。

香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)のゴールで1点を返した後に、たたみかけるような攻撃を見せてPKで同点にするチャンスもつかんだが、最終スコアは1-2。引き分け以上でW杯出場が決まるという好条件を生かす“勝負強さ”も出せなかった。

ヨルダンに負けながらも日本の5大会W杯出場はほぼ確実なのだが、やはり、アウェイでもろさを見せた事実は軽視できない。たとえ6月にW杯出場を決めたとしても、ブラジルでの本大会で上位進出を果たせるのかという疑問が生じてしまう。

けれどもこれは、最終予選でスタートダッシュを切ったザックジャパンへの“ご褒美”なのではないか。つまり、今回のヨルダン戦の敗戦は、メンバーの再考も含め、日本代表の問題点を洗い直す好機でもあると思うのだ。

攻守でセットプレーに弱い日本

ザックジャパンの課題としては、監督や選手の声を総合すると、セットプレーの弱さ、得点のバリエーションの少なさ、カウンターへのもろさが挙げられる。特に守備ではセットプレー時の失点が多く、先のカナダ戦とヨルダン戦でもセットプレーから1点ずつを失っている。

また攻撃に関しては、まだあまり触れられていないが、選手間では「セットプレーで得点できていない」との声が上がっている。

そこでザックジャパンの得点パターンを精査してみると、セットプレーからの得点は32試合でわずか7得点(多くはショートコーナー)だった。中村俊輔(横浜F・マリノス)という希代のキッカーを擁した時代は直接FKも得点源の一つだったし、空中戦に強い闘莉王の代表8ゴールはすべてセットプレーだった。それを考えると今の数字は寂しい。脅威になっていない。

ザックジャパンの攻撃の最大の持ち味は2列目のタレント勢であり、現に流れからの得点は多く、勝利数も多いが、本田圭佑(CSKAモスクワ)は「得点のバリエーションが少ない」と話しており、複数の選手から「ショートコーナーはもう研究されている」という声も聞かれる。

闘莉王が加わればどうだろう。セットプレーの迫力は格段に増し、たとえば1点ビハインドで終盤にさしかかったとすれば、選手交代なしでパワープレーを仕掛けることも可能になる。ザックジャパンに与える付加価値は多いと言える。

日本代表43試合8得点はいずれもセットプレー

今年2月のこと。ブラジルに帰省していた闘莉王(そう、W杯が行われるブラジルは彼の母国だ)の帰国が遅れ、名古屋グランパスの始動に間に合わずチームから罰金を課せられたという、彼特有のとぼけた話題があったことを覚えている人も多いだろう。

遅刻の理由は、元々持っているブラジルのパスポートの更新手続きが遅れたことだったが、実は2003年に帰化した際に作った日本のパスポートを更新することに気を取られ、ブラジルの方を忘れていたのだという。

日本人になって10年の年月が流れた今、闘莉王は、「日本の皆さんに恩返しをしたい。それはサッカーで。だからいつでも日本代表の力になれるようにと、その思いは変わらない」と静かに闘志を燃やしている。

かつてジーコ監督からまったく声が掛らなかった頃は「どうして俺を呼んでくれないのだ」という思いが強かった闘莉王だが、ザッケローニ監督からは10年10月のチーム立ち上げ時に一度招集を受けており、その際、コンディション不良(ケガ、そしてメンタル的な一時的燃え尽き)で自ら離脱した経緯があるため、自分なりにこの状況を受け入れている面はある。「今の日本代表は強い。それは事実だし、認めないといけない」というリスペクトもある。

けれども、気持ちは一時も日本代表から離れたことはない。熱さに穏やかさの加味された今の彼なら、3年近いブランクがあってもザックジャパンにすんなり入っていけるのではないだろうか。

昨年12月、国内のとあるスタジアムで、ザックジャパンのコーチングスタッフの中枢メンバーが、外国人と英語で話しているのが聞こえた。「闘莉王が日本代表に入ることをどう思う?」と意見を求めていた。外国人の声は聞こえなかったが、代表スタッフが真剣に耳を傾けている様子は伝わった。

機が熟すときは近々やって来るかもしれない。ザックジャパンで「闘莉王」は議論に上がり続けているのだ。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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