Yahoo!ニュース

外務副大臣、NHK映像の国旗配置に言及せず 産経が見出しで誤導

楊井人文弁護士
産経新聞がフェイスブックに配信した記事見出し(4月13日)

【ファクトチェック】産経新聞は4月13日、ニュースサイトに「NHKが日の丸を中国国旗の下に 岸信夫外務副大臣『あってはならない』」と見出しをつけた記事を掲載した。参議院内閣委員会で、有村治子議員(自民)が中国国旗の下に日の丸が配置されたNHKのニュース映像について問題視。産経の記事は、その際の政府側答弁を取り上げたものだが、有村議員と岸外務副大臣のやりとりの中ではNHKの番組に一切言及しておらず、岸氏は外交儀礼上の国旗「掲揚」についての一般論を述べただけだった

産経の見出しは、岸氏がNHK映像における国旗配置について「あってはならない」と答弁したかのような事実と異なる印象を与えていたため、日本報道検証機構が問題点を同社に指摘。しかし、回答はなく、訂正もされていない。

画像

岸氏の答弁は国旗「掲揚」の一般論 NHKに全く触れず

産経の記事はフェイスブック「おすすめ」が1万件以上クリックされ、Yahoo!ニュースに配信された記事にも4600件以上のコメントが書き込まれていた。

記事の本文は、次のように書かれていた。

NHKが3日に放送した番組「ニュースウオッチ9」の中で、日本の国旗を中国の国旗の真下に表示していたことが13日、わかった。岸信夫外務副大臣は同日の参院内閣委員会で、独立国の国旗を上下に位置させることについて「下の国旗は下位、服従、敵への降参などを意味し、外交儀礼上、適切ではなく、あってはならない」と答えた。

自民党の有村治子参院議員の質問に答えた。映像は航空自衛隊の戦闘機の緊急発進(スクランブル)急増に関する特集の中で使用された。有村氏は「NHKはどこの国の公共放送か」と述べて批判した。

NHK広報部は産経新聞の取材に対し「上空を飛行する中国機に対し、スクランブルをかける自衛隊機のイメージをわかりやすく示すため、両国の国旗と機体の画像を使って放送した。国の上下関係を示す意図はなかった」と説明した。

出典:産経ニュース:NHKが日の丸を中国国旗の下に 岸信夫外務副大臣「あってはならない」(2017年4月13日)

この委員会審議を録画で確認したところ、岸氏は有村議員からの質問に答弁する機会が3度あり、いずれも国旗の「掲揚」と明言した上で外交儀礼上のマナーを説明していた。この時点で有村氏からNHKの映像の話はまだ出ていなかった。有村議員がNHKの映像を取り上げたのは、岸氏の答弁が終わった後だった(質疑の文字起こしは後掲資料参照)。

NHK映像問題を取り上げる有村治子参議院議員(4月13日、内閣委員会)
NHK映像問題を取り上げる有村治子参議院議員(4月13日、内閣委員会)

ところが、産経の記事は、NHKの映像に触れた直後に岸氏の答弁に言及。他方で、岸氏が国旗「掲揚」について答弁したことを明記しなかった。そのため、見出しと記事をあわせて読むと、岸氏の「下の国旗は下位、服従、敵への降参などを意味し、外交儀礼上、適切ではなく、あってはならない」という答弁が、国旗掲揚の場面か否かを問わず、NHKの映像を念頭に国旗配置のあり方を述べたものとの誤解を与えた可能性が高い。

上空の中国機に緊急発進する自衛隊機のイメージ映像

有村氏が問題視したのは、4月3日放送のNHK「ニュースウオッチ9」で、中国軍機などへの航空自衛隊機のスクランブル発進が急増している問題を解説したパート(全体で12分35秒程度)で使われたVTR映像の一場面。

中国政府が昨年12月、スクランブル発進した自衛隊機が近距離で妨害したと発表したとの説明に続けて、「日本政府が『明らかに事実と異なる』と抗議する事態がおきました」とナレーションが流れた。その間に、日中両国の国旗の一部映像と戦闘機を合成した映像が表示され(約7秒)、「日本政府 ”事実と明らかに異なる”」という字幕も出ていた。

有村治子参議院議員が問題視したNHK「ニュースウオッチ9」の場面(4月3日放送)
有村治子参議院議員が問題視したNHK「ニュースウオッチ9」の場面(4月3日放送)

この映像について、NHK広報局は日本報道検証機構の取材に対し、次のようにコメントした。

ご質問をいただいた件は、今月3日(月)に放送した「ニュースウオッチ9」で、中国機の接近の急増に伴い、自衛隊機のスクランブル発進が急増している実態をお伝えした特集に関するものと認識しています。

この中で、上空を飛行する中国機に対し、スクランブルをかける自衛隊機のイメージをわかりやすく示すため、両国の国旗と機体の画像を使って放送しましたが、国の上下関係を示す意図はありませんでした。

複数の国旗を上下に掲揚した例も

有村議員が委員会質疑でNHKの映像について見解を求めたのは、内閣府総括審議官、若宮防衛副大臣、吉田総務省審議官の3人。いずれの政府側答弁者も、外交儀礼上のマナーに触れつつ、個別の番組・映像の評価には言及していなかった。

国際儀礼の解説書も可能な限り確認したが、いずれも「国旗掲揚」における外交儀礼上のマナーを説明したものだった。「国旗掲揚」の明確な定義は見当たらなかったが、一般的には、儀礼的に国旗を掲示する場面と理解されていると思われる。儀礼的な意味を伴う「国旗掲揚」の場面を離れて、表現・編集物上で国旗の図絵を配置する場合にも、このマナーが当てはまると明記したものは見当たらない。

国旗掲揚の場面で、五輪表彰式で複数の国旗が上下に掲げられた例もあるが(産経ニュースサイト参照)、国際儀礼上のマナーに反するという指摘は確認できなかった。

参議院内閣委員会(2017年4月13日)

【有村治子議員】(…)日本において国際マナーについて最も経験が多く、ノウハウが蓄積されている外務省に伺います。国旗を扱う基本的マナーとして、複数の独立国家の国旗を上下に掲揚、位置させることはありますか。

【岸信夫外務副大臣】 お答え申し上げます。外交儀礼上、複数の独立国の国旗を一本の旗竿や壁、壁面等に上下に掲揚することは適切ではなく、あってはならないことであると認識しております。

【有村】独立国の国旗を上下に位置させることはあってはならないことだと明言されました。なぜ重大なマナー違反になるのでしょうか。複数の国旗を仮に上下の位置で掲揚あるいは表示をしたら、それは何を意味するのでしょうか。

【岸】上下に複数の独立国の国旗を掲揚すること、これは下に掲揚された国旗はですね、下位、服従、あるいは敵への降参等を意味すると、このように受け止められるからであると承知しております。

【有村】いま外務省を代表して副大臣が服従を意味するというふうにおっしゃいました。私が今回の質問に向けて調べた限り、国際プロトコールにおいては国旗を上下に掲揚あるいは表示することは下の国が属国、属国扱いになると解説している解説書が複数見つけることができました。

では今日の資料1をご覧くださいませ。左端に国旗掲揚のポールがありまして、上に中国の国旗、下に日本の国旗が配置されています。この表記、ポジショニングは国際マナーに照らして適切ですか。

【岸】国際儀礼上の一般論として申し上げれば、同じ一本の旗竿や壁面等に上下に2つ以上の国旗を掲揚することは適切ではない、このように承知をしているところでございます。

(注:岸信夫副大臣に対する質問・答弁はここまで)

【有村】先ほど明言していただきましたとおりに、複数上下にするというのは隷属あるいは属国あるいは服従を意味するということで大変失礼なマナー違反にあたります。国際儀礼のマナーからすると属国を意味する、つまり独立国に対しては大変不遜な、この下の序列に独立国の国旗を位置する、この絵は実は先週の全国で放送されましたNHKニュースウォッチ9での放送の一コマをもとにした図案でございます。全国の視聴者がご覧になったテレビ画面の実物は、今日の配布資料の2のB右上をご覧になってください。中国の戦闘機やロシアの爆撃機による日本の領空侵犯を防ぐために日本の自衛隊が緊急発進、スクランブル発進をかける回数が急激に増えていることを特集する番組でございました。国旗国歌法を所管する内閣府はこのNHKの他国の国旗を上にして、その下に日本の国旗を配した映像をどのように受け止められますか。

(以下、内閣府審議官など他の政府答弁者の質疑が続く。太字は引用者。参議院インターネット審議中継の記録より。日本報道検証機構作成の文字起こしはこちらからダウンロード可(PDFファイル)

(*) トップの映像を差し替えました。産経新聞が言及したNHKニュースの映像は文中に掲示しました。(2017/4/23 10:05)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長を6年近く務め、2023年退任。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』を出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。翌年から調査報道NPO・InFactのファクトチェック担当編集長を1年あまり務める。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

楊井人文の最近の記事