トランプ「スウェーデン」発言騒動 不正確な引用はメディアの信頼揺るがす

NHK、2月20日正午のニュースより

毎日新聞は2月20日、ニュースサイトに「トランプ氏 偽ニュース発信?『スウェーデンでテロ』」との見出しで、トランプ米大統領のスウェーデンに関する発言とその波紋を報じた。これはトランプ氏が18日、フロリダ州で行った演説での発言を取り上げたもので、欧州の難民政策を批判する文脈で「あなたがたはドイツで起きていることを見ている。スウェーデンで昨夜、起きていることも見ている」(You look at what’s happening in Germany. You look at what’s happening last night in Sweden)と発言していた。しかし、トランプ氏は「テロ」とは言っていなかった。

毎日新聞2017年2月20日付夕刊
毎日新聞2017年2月20日付夕刊

毎日新聞だけでなく、読売、朝日、産経の各紙ニュースサイトでも、見出しで不正確な引用をしていた(紙面版でも不正確な表記をしていたのは毎日と産経・大阪版の20日付夕刊)。NHKもニュースの画面に「トランプ大統領の“スウェーデンでテロ”発言が波紋」と表示していた。

ほかにも、朝日新聞と提携しているハフィントンポスト日本版も「トランプ大統領、就任1カ月で成果強調 でも『昨夜、スウェーデンでテロ攻撃があった』と偽ニュース流す」との見出しをつけ、本文でも「『昨夜、スウェーデンがテロ攻撃を受けた』と、誤った情報を流した」と報じていた(英語版の元記事ではそのような記載になっておらず、翻訳記事の問題と考えられる)。

トランプ氏は問題となった演説でスウェーデンに言及した直後に、比較的最近にテロがあったブリュッセル、ニース、パリにも言及していた。そのため、スウェーデンでもテロのような事件があったかのような受け止めが広がり、米主要メディアが取り上げた。もっとも、トランプ氏はこの発言の前後で「テロ」とは一言も言っておらず、「何を指しているか明らかでない」(スウェーデン大使館)とも指摘されていた。

騒動を受け、トランプ氏は「私の発言はFOXテレビで放送された移民とスウェーデンに関する話に基づいている」と説明。これについては、スウェーデンで犯罪が増加していると報じたFOXニュースの番組を指しているとの指摘が出ている。

問題となったトランプ氏の発言内容

We've got to keep our country safe. You look at what's happening in Germany. You look at what's happening last night in Sweden. Sweden, who would believe this? Sweden. They took in large numbers. They're having problems like they never thought possible. You look at what's happening in Brussels. You look at what's happening all over the world. Take a look at Nice. Take a look at Paris.(CNN参照

【解説】編集を加えた引用慣行の危険性 米国ではご法度

「スウェーデンでテロ」ーー日本のメディアはトランプ大統領がそう発言したかのように一斉に報じた。しかし、米国の主要メディアのニュースサイトを調べた限り、そのような引用をした記事や見出しは見当たらなかった。いずれも「スウェーデンについての発言」などの表現で見出しをつけていた。

確かに「スウェーデンで昨夜起きていること」(what's happening last night in Sweden)がいったい何を指しているのか、人々を当惑させる発言であった。だが、それが「テロ」を指しているというのは受け手の「解釈」の一つであって、そのような断定は飛躍がある。もし日本のメディアのようなスタイルで米国メディアが報じていたら、きっとトランプ氏に「フェイクニュース」と詰られたに違いない。そのとき、このような引用の仕方では堂々と反論できるだろうか。

日本報道検証機構の過去5年間の調査を振り返ってみるに、日本のメディアでは「 」(引用符)をつけて人の発言を引用している形をとりながら、記者が発言の趣旨を解釈・忖度し、さざまざな手を加えてしまうことが、ほぼ常態化しているといっても過言ではない。元AP通信北東アジア総支配人の我孫子和夫氏も、藤田博司氏(元共同通信論説副委員長、故人)との共著「ジャーナリズムの規範と倫理」で、「日本のメディアの報道では、直接引用の体裁をとりながら、しばしば編集校正が加えられている」と指摘し、ニュースをありのまま正確に伝えるという原点に立ち戻るべきと訴えている。

トランプ大統領の発言を報じたCNNのFacebook投稿。「テロ」とは書いていない
トランプ大統領の発言を報じたCNNのFacebook投稿。「テロ」とは書いていない

CNNのFacebookページより)

メディア側からは、次のようなもっともらしい言い訳が聞こえてきそうだ。「読者にわかりやすく伝えるため」「手を加えた引用は習慣化して日本の読者は慣れている」「文字数の制限があるので短く編集せざるを得ない」等々…。

しかし、こうした引用慣行は、ジャーナリズムの原則に抵触するだけでない。一次情報へのアクセスや複数の報道比較が容易化したネット社会では、不正確な引用によってメディアの信用を貶めるリスクが飛躍的に高まっている。「捏造」とみなされればメディアの命取りとなる危険性もある。そのことを、日本のメディア関係者は気づいているだろうか。

編集校正を加えた引用慣行の問題点を思いつく限り、挙げておこう。

  • 実際の発言がどうだったのかという歴史的事実が正しく記録されない。「歴史の記録者」(新聞倫理綱領)としての使命に反する。
  • 「このように発言した」と発言内容を伝えることと「このような意味のこと(そう受け取られるおそれのあること)を言った」と発言の解釈を提示することとの間には、歴然とした違いがある。これらを混同することは「事実と意見を明確に区別して伝える」というジャーナリズムの原則に反する。
  • 一つの同じ発言がメディアによって異なる表現・ニュアンスで報じられると、読者を困惑させることになる。
  • 発言者から「私はそんなことは言っていない」と抗議を受けるなど、トラブルに発展する。
  • 読者の注目をひくようなエッジのきいた編集をする誘惑にかられる。その結果、誤ったメッセージが社会に伝わり、不必要な摩擦や問題を引き起こす危険がある。
  • ネット社会では見出しだけが一人歩きしやすい。このため、いくら記事本文が正確であっても、不正確な見出しによるミスリード・リスクは小さくない。
  • 通常、記者は発言内容を正確に把握する立場にあるから、「確認不足」の弁解は通用せず、「捏造」のそしりを受けやすい。
  • 読者からみて、「 」が付いていても忠実な引用なのか編集校正を加えた引用なのか、記事の外見で区別できなくなる。

我孫子氏によると、米国のメディアでは、人の発言を「直接引用」にして報じる場合は一切編集してはならないという決まりがあり、ジャーナリズムを学ぶ学生も発言の引用方法について細かく指導されているという。

ニューヨークタイムズの「インテグリティについてのガイドライン」の筆頭に挙げられているのも、「発言の引用」である。「インテグリティ」とは正直さ、誠実さ、高潔さ、といった意味で、信頼の源泉となる態度のことを指す。ここに書かれていることは難しい話ではない。長年の「悪習」を断ち切れるかどうか。情報の真贋を見抜く社会的需要が高まるいま、ニュースメディアに携わる者の覚悟が問われている。

発言の引用:

クォーテーションマーク(引用符)に括られた言葉の全ては、発言者あるいは執筆者が実際に述べたものであると、読者が想定できるものでなければならない。タイムズ紙は引用発言を「クリーンアップ(補正)」しない。引用しようとする発言の文法に問題があったり、あるいはその内容が分別のないものだったりした場合には、クォーテーションマークを削除し、その厄介な一節を言い換えるべきである。記者の詳細なメモ、あるいは録音記録を持っていなかった場合、長いコメントは言い換えた方が賢明である。というのは、テレビや他の刊行物で、結局、異なった言葉で報じられる可能性があるからである。「おおよそ」で不正確な発言引用は、読者のタイムズ紙への信頼を損ないかねない。

記者は、もちろん、「えー」といった発言内容とは無関係な一言を省略すべきで、発言者によって言い換えられた、誤った言い出しなどを思慮深く削除しても構わない。さらなる省略が必要な場合は、そこで引用を閉じて発言者名を挿入し、新たな引用を始めなさい(タイムズ紙は用字用語の一貫性を保つため、引用文中の語のつづり、句読点、大文字化、省略形を多少変更することがある)。詳しい指針は用字用語集の中の「発言の引用」項目に示されている。どの場合においても、記者とエディターは、発言の真意が保たれていることを両者で確認しなければならない。

出典:Guidelines on Integrity (The New York Times)より。訳文は藤田博司・我孫子和夫「ジャーナリズムの倫理と規範」207頁以下参照