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弁護人が指摘した3つの誤報疑惑―PC遠隔操作事件

楊井人文弁護士
逮捕翌日の11日付各紙(左上から時計回りに、読売、朝日、産経、毎日)

小雪舞う中の弁護人の訴え

「どうかマスコミの皆さん、皆さんも何度も過ちを犯してきたわけです、足利事件を含めて。報道のあり方も問われているんだから。警察がこれからも拘束したら犯罪だと言いましたが、いいですか、これから皆さんも同じように警察情報を垂れ流したら、皆さん自身の犯罪です!犯罪報道の犯罪だと思う。だからどうか皆さん、自分の胸に手を当てて、自分はいったいどういうことでペンをにぎっているのか、考えてもらいたい」

2月19日午後、小雪が舞うなか警察署前で行われた、片山祐輔氏=威力業務妨害の疑いで10日逮捕=の弁護人・佐藤博史弁護士の会見。若い記者たちに向けた30分近くの発言を冒頭の訴えで締めくくると、しばし沈黙が支配した。佐藤弁護士は連日接見した後、こうした会見を開いているという。

弁護側が報道内容の誤りを訴えても、そうした言い分が活字や絵になることはほとんどない。この日も佐藤弁護士の会見では、初期報道のうち少なくとも3点の事実誤認を指摘していたので、それを紹介する。(まだジャーナリスト江川紹子氏の佐藤弁護士へのインタビューを読まれていない方は、あわせて読まれることをお勧めする。)

「男が猫に首輪を取り付ける姿をとらえた」映像の疑惑

日曜日の朝の逮捕だったため、新聞の第一報は翌11日付朝刊に掲載された(ただし、各紙は日曜日に号外を発行)。各紙は、この複雑な事件の真犯人解明のカギが「猫とカメラ」だったと報じた(タイトル画像参照)。

このうち、読売新聞は「決め手となったのは、防犯カメラに残った片山容疑者の映像だった。先月3日、神奈川・江の島で、遠隔操作型ウイルスのソースコード(設計図)が入った記録媒体を野良猫に取り付ける姿が捉えられたのだ」と書いた。これが事実だとすれば、事件で使われた遠隔操作ウイルスと片山氏が結びつく、極めて重要な証拠になる。

読売は、11日付朝刊で3回もこの重要な事実に触れていた。他紙も、容疑者特定の解説図(朝日11日付)や写真説明(産経11日付)で、同様の証拠があるかのように記載しているものもあったが、「猫の写真を撮影する姿」とか「猫と戯れる姿」と報じたものもあり、「取り付ける瞬間」をとらえた映像証拠があると断定した点では、読売が突出していた。こういった「決定的な証拠」を突きつけた初期報道をみて、佐藤弁護士も片山氏の無実の訴えに、当初「半信半疑」だったという。

しかし、読売は、14日付夕刊で一転して、問題の映像には「猫の体に触れたり、写真を撮ったりする様子」がうつっていたとこっそり表現を改めた。それ以後は18日付で「猫にさわる防犯カメラの映像」と触れただけで、逮捕時の「決定的な決め手」だったはずの映像に触れなくなった。他紙も続報でほとんど取り上げていない。

佐藤弁護士は14日、「猫に首輪を付けるところの防犯カメラ映像はないのではないか」と警察に問いただしたところ、「そういうことはマスコミが勝手に書いているだけ」との回答があったという。検察に「もし決定的な証拠があるなら、早く出してほしい」と言っても沈黙しか返ってこなかったことから、19日の会見では映像の存在を改めて疑問視。佐藤弁護士の指摘が主要メディアに載ることはなかったが、私が代表をつとめるマスコミ誤報検証サイト「GoHoo」で紹介した。

【注意報】遠隔操作 首輪つけた瞬間画像「存在疑わしい」(2月20日付)。

GoHooで発出した注意報(左から順に2/10付、20日付、21日付)
GoHooで発出した注意報(左から順に2/10付、20日付、21日付)

「可視化拒否され黙秘」の報道には「黙秘ではない」と反論

主要メディアの中では東京新聞が比較的積極的に弁護側の言い分を伝えている。15日付朝刊の第1社会面の肩で4段の見出しで、片山氏が「真犯人は別にいる」と話したことなど、弁護人の会見を詳報。「決定的な証拠があるなら突きつけるべきだ」という佐藤弁護士の発言も伝えた(15日付毎日新聞もこの発言を報道)。

ところが、再び弁護人の取材に基づいて報道したはずの、19日付東京新聞の記事は不正確だった。「可視化拒否され黙秘」の見出しで、片山氏が17日に取調べの可視化要求をしたが拒否されたため、「黙秘に転じた」と報道。しかし、佐藤弁護士は19日の会見で可視化されればすぐ取調べに応じると言っているので、「黙秘」ではないと強調した。

「黙秘」とは、取調べの一切を拒否することをいう。だが、片山氏は、取調べには応じないと言っているのではなく、全過程の録画・録音(可視化)してほしいと要求し、その実現を条件に「取調べ拒否」をしているのであって、黙秘権を行使しているわけではない。

実態としても「黙秘」とはいえない。片山氏が17日、担当警察官に「録画されなければ取調べに応じない」旨告げたところ、その警察官は「それでは君が話したくなるのを待つ」と言って机上のパソコンに向かって作業を始め、長時間、片山氏を放置したという。これを佐藤弁護士は「無言の行」と形容し、18日付可視化要求書(第3回)の中で抗議。片山氏は18日、「昨日のように、黙ったままでは苦痛なので」合計3時間50分にわたり警察官と「雑談」と称する会話に応じていたという。

佐藤弁護士はこうした経緯を18日夜の東京新聞の取材に説明していたというが、翌日朝刊で片山氏が完全黙秘に転じたかのように報じられたことから、19日の会見で改めて事実関係を説明していた。そこで、この「黙秘」報道の事実誤認についても「GoHoo」で紹介した。

【注意報】遠隔操作「可視化拒否され黙秘」 実際は「雑談」も(2月21日付)

なお、片山さん側が取調べ可視化を最初に要求したのも、17日ではなく14日。17日に可視化が実現されない限り取調べに応じない、いわば「条件付き取調拒否」の方針に転じた背景には、巧妙に作られた身上調書の存在があったとされる。逮捕当日の身上調書で使用できるプログラム言語についての記載があり、その中に犯人が遠隔操作ウイルスを作成する際に用いたとされる「C♯」(シー・シャープ)が含まれていたことが、16日の接見で明らかになり、改めて可視化の必要性を感じたとのことだ。このときは片山氏がそれに気づき、「他人がC♯で作ったプログラムを実行できるかどうかをテストしたことはあるが、C♯を用いてプログラムを作ることはできない」と説明して調書を訂正させたという。

片山氏は19日から、弁護人の方針に従って、可視化が実現するまで取調室に行かない「出房拒否」を開始。20日現在、一切取調べが行われていない。この事実もいまもって報道されていない。

「逮捕翌々日に仕事復帰」も事実誤認

最後に、佐藤弁護士が19日の会見で指摘した、もう一つの事実誤認も紹介しておく。

片山さんが「逮捕翌々日(12日)から仕事に復帰する予定だった」(朝日13日付朝刊など)と報じられた件。事実は、2月8日(金)が仕事復帰の初日で、それまで病気で休職していたが、仕事上問題ないことが確認され、翌週も出勤しようとしていた、その矢先での逮捕だった、とのことである。

(*) 「2月17日午後、小雪が舞うなか警察署前で行われた」は「19日」の誤記でしたので、訂正しました。(2013/2/23 0:20)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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