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『ドラゴンクエスト』のスライムは、いったいどんな生物? 空想科学的に考えてみた。

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

スライムは『ドラゴンクエスト』シリーズに欠かせないモンスターだ。

水滴のような体に目と口があるだけ(しかも脱力した表情)というシンプルな造形なのに、ヒジョ~に印象深い。恐るべきことだ。

このスライム、モンスターとしては弱く、倒しても経験値は少ししか上がらない。でも、何もしないでいるとぶつかってくるから、油断は禁物である。

第1作からシリーズ全部に登場していて、いろいろなバージョンも登場するようになった。たとえば、ウルトラスライムは、山より大きいこともある。普段は柔らかいのに、体を硬くして攻撃を寄せつけないメタルスライムもいる。

そんなスライムとは、いったいどんな生物なのか?

◆スライムとはどんな生物?

スライムは『ドラクエ』だけでなく、さまざまな小説や映画やゲームに登場する。

もともと「ドロドロした粘着性の物質」という意味で、魚やカタツムリなどの粘液のこと。同じ名前のものが玩具として売られている。

現実のスライムは、水、洗濯糊、ホウ砂(しゃ)で作ることができる。手のひらに乗せるとドロドロと流れ落ちるのに、つまんで引っ張ればわずかな弾力性を感じられるなど、独特の感触だ。

小説や映画に出てくるスライムたちも、おそらくそんなイメージで描かれてきたのだろう。

ところが『ドラクエ』のスライムの印象は、ちょっと違う。ドロドロではなく、とんでも跳ねても、水滴のようなカタチが崩れない。

どういうことだろう? ひょっとしたら、現実のスライムのような物質が、薄い膜に包まれているのだろうか。

現実の生物の体を作る細胞も、「細胞質」という流動する物質が、「細胞膜」に包まれている。スライムの体も同じ構造なら、あの水滴のような形を維持できるかもしれない。

その場合、スライムは体がたった一つの細胞でできた単細胞生物ということになる。現実の単細胞生物といえば、細菌、酵母、藻類(ミカヅキモ、ケイソウ)、原生生物(アメーバ、ゾウリムシ、ミドリムシ)などだから、スライムはすごく原始的な生物だと思われる。

でも、もしそうなら、納得できるところもある。

自分で動ける単細胞生物は、光や電気などの刺激に対して、近づくか、遠ざかるか……という単純な行動をする(走性)。スライムも、人間を見つけるとピョンピョン跳ねて近づいてくるから、これも走性の一つなのかも!

また「単細胞生物に、スライムのように目や口があるの?」とも思うが、ミドリムシには「眼点」という光を感じる小器官があるし、ゾウリムシには「細胞口」という口の役割を果たす部分がある。

「単細胞生物としては大きすぎない!?」というのも気になる。確かに多くの単細胞生物は小さいが、バロニアという藻類は直径10cm、クセノフィオフォラというアメーバの近縁は長さが20cmもある。

スライムは、ぱっと見30~40cmというイメージだが、単細胞生物がそんな大きさで、目や口があっても不思議ではないのだ!

◆メタルスライムの倒し方

数あるスライムのなかで、筆者が気になるのは、メタルスライムだ。

普段は柔らかいのに、攻撃を受けると硬くなるとは面妖な。いったいどんな物質でできているのだろう?

参考になりそうなのが「ダイラタンシー」である。自宅でも簡単に実験できるので、おヒマなときにぜひやってみてください。

ボウルに片栗粉を入れて、ひたひたに水を注ぎ、手でよくかき混ぜて、そのまま一晩置く。――以上、実験準備終わり。

翌日、表面の水を捨て、片栗粉にゆっくりと指を突っ込んでみよう。指は吸い込まれるようにズブズブと潜っていく。ところが、パンチを打ち込むと、拳は瞬時にハネ返される! これ、非常に不思議な感覚だ。

水とよく混ざった片栗粉は、弱い力に対しては柔らかいが、強い衝撃に対しては硬くなる。これがダイラタンシー。

片栗粉と片栗粉の隙間には水がたまっているので、変形させるには、隙間から隙間へと水を移動させなければならない。ゆっくり力を加えれば、水は滑らかに移動して変形するが、急に力を加えると、水が移動する時間がないために変形しないのだ。

メタルスライムの体でダイラタンシーが起きているとすれば、普段は柔らかいが、攻撃されたときに硬くなるのも不思議はないことになる。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

そんな厄介なモンスターを、どうやって攻撃すればいいのだろう?

剣で激しく斬りつけると、体が硬くなり、効果は見込めない。できるだけそ~ッと、剣を静かに差し込めば、吸い込まれるようにズブズブ潜っていくのでは……。

まあ、『ドラクエ』の勇者には似合わない攻撃法ですが。

◆逃げたほうがいいと思う

ところで「メタル」とは金属のことだから、その体は金属でできている可能性がある。常温で液体になっている金属といえば、水銀だ。

水銀は密度が大きくて、1Lあたり13.5kg。鉄の密度(1Lあたり7.9kg)よりはるかに大きいので、砲丸投げの球を水銀に入れるとプカプカ浮かぶ。

そして一般的に、ダイラタンシーが起こるのは、液体にそれより密度の大きな粉末が混じったとき。水銀より密度の大きな物質には金(1Lあたり19.3kg)や、プラチナ(同21.5kg)がある。

金は水銀に溶けて「アマルガム」という合金になるが、プラチナは溶けない。したがって、水銀にプラチナの粉末が混ざっていれば、①メタルスライムの体は金属でできている、②ダイラタンシーによって、攻撃を受けたときに体が硬化する、という2つの現象が説明できるのだ。すばらしい!

そんなメタルスライムは、おそらくかなり重い。

ゲーム内の描写から、メタルスライムの体の横幅を50cm、頭のトンガリを除いた高さを35cmと仮定すると、体積は46Lになる。このサイズなら、中身が普通の生物と同じ密度(1Lあたり1kg)の場合、体重は46kg。

でも、中身が「水銀+プラチナの粉末」だとしたら、体重は少なくとも620kg。牛ぐらい!

こんなのに乗っかられたら、勇者も命はありません。

メタルスライムに出会ったら、筆者としてはとっとと逃げるコトをおススメしたいです。ますます勇者らしくないんだけど……。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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