無数の大木や電柱が道路を寸断 千葉県南部の惨状は想像以上だった!

9月13日、南房総の山間部は台風による倒木が手つかずのまま危険な状態(筆者撮影)

 台風15号による大規模停電が始まって5日が過ぎました。

 電気が復活することを今か今かと待ち望んでいた停電エリアの方々にとって、13日夜の東京電力による会見内容はあまりにショックだったのではないでしょうか。

『停電の全域復旧は2週間以内 東電発表、大幅に遅れ』(産経新聞 9/13 )

 完全復旧にはまだまだ日数を要し、君津市、富津市、東金市などは最長1週間、鋸南町、館山市、南房総市、鴨川市の4市町は、最長2週間かかる見込みだというのです。

 千葉県大網白里市に住む私も、今回の台風で約50時間の停電を体験しました。

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 2日間でもあれほど辛かったのに、それが2週間とは……。

 住民の方々の疲労と苦悩を想像すると、言葉がありません。

 

 でも、東電が発表した「復旧にはこの先2週間かかる」という見立てについては、正直言ってそれほど驚きませんでした。

 

 なぜなら、会見が行われた13日、私は実際に南房総の山間部を車で走って、想像以上の被害実態を目の当たりにしたからです。

台風によってちぎれたJR内房線「安房勝山駅入口」の表示板(筆者撮影)
台風によってちぎれたJR内房線「安房勝山駅入口」の表示板(筆者撮影)
強風で屋根がはがされた、JR安房勝山駅の駅舎(筆者撮影)
強風で屋根がはがされた、JR安房勝山駅の駅舎(筆者撮影)

■山の中では無数の大木が倒れたり、折れたり……

 ここで紹介するのは全て、東電が会見を行う数時間前に撮影したものです。

 

 13日の午後、私は久留里から鋸南町まで山越えをするつもりで走っていたのですが、とにかく無数の大木が、これでもかというほど根元からなぎ倒され、または途中から折れ、道路が寸断していました。

 そして大木はいたるところで電線に引っ掛かっています。

 すでに倒木の多くは、通行の邪魔にならないよう切断されていましたが、それでもまだ道路上にせり出している状態です。

倒木が取り除かれた場所でも対向車とすれ違うのがやっと(筆者撮影)
倒木が取り除かれた場所でも対向車とすれ違うのがやっと(筆者撮影)

 また、途中、いたるところで道路が通行止めになっていました。その先にはさらなる危険があるからなのでしょう。

山道を走ると、いたるところに『通行止』の看板が(筆者撮影)
山道を走ると、いたるところに『通行止』の看板が(筆者撮影)

 結局、山を越えるルートでは先へ進めませんでした。

 寸断されている道路の先に住む人たちはいったいどうされているのか、心配になりました。

 9月13日朝の『朝日新聞』に、「10キロ歩き買い出し」という見出しと共に、リュックサックを背負った方が倒れた電柱の横を歩いていく姿が写っていましたが、おそらく、道路上に倒木などの障害物が多すぎて、車での移動すらできないという大変過酷な状況が続いていると思われます。

  

■電柱はいたるところで折れ曲がったまま……

 倒されていたのは大木だけではありません。肝心の電柱もいたるところで折れたまま、13日の時点でもさまざまな場所で行く手を阻んでいました。

折れて倒れた電柱(筆者撮影)
折れて倒れた電柱(筆者撮影)

 以下の写真のように、電柱が道路をまたいで傾き、道をふさいでしまっている場所も、いたるところに残っています。

道路をまたぐように倒れたままの電柱。13日の段階では危険を示す表示ひとつなく、手付かずのまま(筆者撮影)
道路をまたぐように倒れたままの電柱。13日の段階では危険を示す表示ひとつなく、手付かずのまま(筆者撮影)

 私は乗用車だったのでそのまま下をくぐり抜けることができましたが、車高の高い車の場合は通行できないでしょう。

 

■人気の高い保田漁港の食事処『ばんや』の屋根が……

 東京湾フェリーの発着所がある金谷から、保田漁協のわきにある食事処『ばんや』の海沿いの区間も、多くの建物が大変な被害に遭い、営業している店はほとんどありませんでした。

 私は漁協直営の「ばんや」が提供する、安くて新鮮な魚料理が大好きで、隣に併設されている炭酸温泉にもよく行っていました。

 それだけに、屋根が抜け、誰ひとり客のいないその状況を見たときはとてもショックでした。

屋根が飛んでしまった、保田漁港の食事処『ばんや』の建物(筆者撮影)
屋根が飛んでしまった、保田漁港の食事処『ばんや』の建物(筆者撮影)
(筆者撮影)
(筆者撮影)

 まさか、あの建物がこれほどの被害を受けるとは……。

 台風15号は、いったいどれほどの力を持っていたのでしょうか。

破損した住宅も手付かずのままで(筆者撮影)
破損した住宅も手付かずのままで(筆者撮影)

■なぜこの惨状を知りながら、東電は「11日に復旧」と発表できたのか?

 現地では、過酷で危険な状況の中、高所作業車を使って多くの作業員の方々が懸命に復旧作業に取り組んでいました。

現場で復旧作業に当たる方々(筆者撮影)
現場で復旧作業に当たる方々(筆者撮影)

 現場の状況がひとつひとつ異なること、また、撤去しなければならないものの形状や材質がそれぞれに異なることから、どれほど大変な作業であるかは、素人から見ていてもわかります。

 しかし、これほど過酷な状況にあることを知りながら、東京電力はなぜ当初「11日には復旧できる」と発表したのでしょうか?

 13日の会見で、東電パワーグリッドの金子禎則社長は、復旧見通しの甘さを認め、謝罪しました。

 しかし、13日の段階で手付かずの場所がこれだけあることを考えると、あの時点で「11日」という言葉が出ること自体、現実とあまりにかけ離れており不思議でなりません。

9月14日のNHKニュースより(筆者がテレビ画面を撮影)
9月14日のNHKニュースより(筆者がテレビ画面を撮影)

 なにより、県や国はこれほどの大規模災害に、なぜもっと早く向き合わなかったのでしょうか。

 台風の直後、被害の実態をいったいどこまで把握していたのでしょうか。

 8年前、東日本大震災による原発事故が発生した際、私は都内で行われていた東京電力と政府の記者会見に何度も出向き、さまざまな質問を行ったのですが、今回の出来事を間近で体験しながら、思わず当時のことを思い出しました。

 残念ながら、13日の南房総の状況を見る限り、停電の復旧までにかなりの時間がかかることは必至のようです。

 

保田漁港から撮影。ブルーシートが目立ちます(筆者撮影)
保田漁港から撮影。ブルーシートが目立ちます(筆者撮影)