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【新潟女児殺害】捜査情報が大量に漏れてくることへの違和感と疑問

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
「捜査の秘密」が建前の中、注目事件の捜査情報はどこまで流されるべきなのか……(写真:Shutterstock/アフロ)

 新潟市で小学2年生の女の子の遺体が線路に遺棄された事件。5月16日、ご遺族が事件後、初めてコメントを発表されました。大変痛ましい事件に、言葉もありません。

 容疑者の逮捕後、新聞、テレビ、雑誌等の報道はますます過熱しています。

 でも、こうした大きな事件が起こったとき、私はいつも、

『なぜ、密室で調べられているはずの容疑者の供述内容や犯行の詳細情報が、次々と流れてくるのか?』

 という疑問を感じています。

 一昨年7月、神奈川県相模原市の障害者施設で発生した19人殺傷事件、また昨年11月に神奈川県座間市のアパートで発生した9人殺害事件のときにも、容疑者逮捕後、遺体の損傷状態や、切断方法、保管状況などが詳細に報じられました。

 解剖室の中でしか知りえないような内容を見聞きすることで、第三者の私たちですらたまらない気持ちになるのに、事件の被害者や遺族はどのような思いをされていたことでしょうか。

 実際に、家族を殺人事件で失われたご遺族の中には、初動段階での容疑者の一方的な供述内容や遺体の情報が報道されることで大変傷つけられたとおっしゃる方がおられます。

 一方、容疑者の立場になったある女性は、自分への初動捜査の内容が偏ったかたちでメディアに流れていることに大変驚いたと言います。彼女は1年以上勾留され、先日保釈されました。現在も高裁で無罪を争っており、判決は確定していませんが、報道の影響で周囲からはすでに「罪人」として見られ、自由に外を歩くことができないと言います。

■そもそも捜査機関はマスコミに捜査内容を伝えてもよいのか?

 私がこうした疑問を抱く理由は、これまでの取材活動の中で、たびたび「捜査の秘密」という言葉に接してきたからです。

 例えば、捜査機関は交通事故などの当事者に対し、衝突地点やブレーキ痕の長さといった客観的な情報が書かれた「実況見分調書」すら開示しません。被害者や遺族は、事件が終結するまで現場写真や見取り図も見せてもらうことができないのです。

 その時に警察や検察で説明されるのが、

「捜査が終わるまでは何も教えられない、見せられない」

 という言葉です。

 刑事訴訟法には、こんな条文があります。

(訴訟書類の公開禁止)

 第47条

 訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。

 つまり、この条文を読むと、捜査記録は基本的に非公開だということです。

■捜査に係る秘密保持の実態等に関する質問主意書

                     

 2010年1月18日、鈴木宗男議員が国会でこんな質問を行っています。

『検察庁による刑事事件の捜査に係る秘密保持の実態等に関する質問主意書』

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a174003.htm

 内容の概略は以下の通りです。

<検察庁による情報のリーク(以下、「リーク」という。)に関し、例えば検察としていつ誰に聴取を要請する方針でいるか、また聴取に応じた人物がどの様なことを述べたか、他には、逮捕された容疑者が自身にかけられた容疑についてどの様な供述をしているか、またその供述の結果、何らかの新たな容疑が見つかったか、更には別の人物が容疑者として浮上したか、ある人物に対して任意の事情聴取が行われる予定であるか等、ある刑事事件の捜査がどの様に推移しているかに関する情報を検察庁が新聞社等の各報道機関(以下、「マスコミ」という。)に流すことと定義する。右と「政府答弁書」(内閣衆質一七三第一二五号)を踏まえ、質問する。>

 この質問に対して、同年1月26日、当時の内閣総理大臣・鳩山由紀夫氏名で、国は次のような答弁を行っています。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b174003.htm

●社会の耳目をひく事案等については、報道機関各社が、関係各方面に広くかつ深く独自の取材活動を行っているものと思われ、御指摘のような報道がなされていたからといって、捜査情報等の漏えいがあったとは考えていない

●特定の記事の内容が捜査の内容と同一であることを前提とした質問についてお答えすることは差し控えるが、一般論としては、検察当局においては、従来から、捜査上の秘密の保持について格別の配慮を払ってきたものであり、捜査情報や捜査方針を外部に漏らすことはないものと承知している

 しかし、さまざまな事件等の報道を見ている限り、初動捜査の詳細情報は、警察や検察からどんどん流されているとみられます。冷静に考えれば、それは捜査機関が意図的に取捨選択した情報でもあるのです。

 そんなことを考えつつ、一方では、注目されている凶悪事件の最新情報をいち早く知りたいと思う気持ちが私たちの中にあるのも事実です。

 特に、事件現場の近隣にお住いの方々にとって、捜査情報はその後の暮らしの安全を守るためにも欠かせないものでしょう。

 また、私自身も事件等を取材する記者として、「捜査の秘密」に当たる情報を入手し、記事を書いてきたことがないとは言えません。

『捜査上の秘密の保持』とは、いったい何なのか、どうあるべきなのか……?

 痛ましい事件の報道に触れるたびに、このことについて、自問自答しています。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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