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【インタビュー前編】ソニック・ブーム、30年ぶりの新作ソロ・アルバムを語る

山崎智之音楽ライター
Sonic Boom / photo by Ian Witchell

孤高のエレクトロニック/サイケデリック・アーティスト、ソニック・ブームが2020年6月、ニュー・アルバム『オール・シングス・ビーイング・イコール』を発表した。

スペースメン3で世界にその名を轟かせたソニック・ブーム(本名ピーター・ペンバー)は、1991年のバンド解散後もスペクトラム、エクスペリメンタル・オーディオ・リサーチ(E.A.R.)などのバンド/プロジェクトで活動。MGMTやパンダ・ベアーのプロデュースも手がけてるなど、ずっとアクティヴであり続けたが、ソニック・ブーム名義での純然たるソロ・アルバムは何と30年ぶりとなる。

アナログ・シンセの響きが懐かしくもあり、同時に追従を許さない斬新さを持つ新作。冷徹なエレクトロニックとヒューマンな暖かみが同居するアルバムについて、ソニック・ブームに訊いてみよう。

全2回のインタビュー。まず前編ではアルバムについて語ってもらった。

<自然界の中にあるシェイプやパターンがエコーや反復をする、エレクトロニックでオーガニックな音楽>

●『オール・シングス・ビーイング・イコール』はどんなアルバムでしょうか?

俺はミュージシャンとして、元々あまりたくさんのアルバムを作るつもりはなかったんだ。スペクトラム名義でもソニック・ブーム名義でも、もう何年もアルバムを出していなかった。だから今もし新作を出すとしたら、人類が進むべき道を照らすような作品にしたいと考えた。人類、そして文明と呼ばれるものは危機的な状況にある。我々は地球を虐待することで、我々自身の首を絞めているんだ。世界の政治家はこの問題を解決しようと努力していない。解決することが出来るのは、君や俺のような人間たちなんだ。このアルバムは願望だ。選挙で投票するのではなく、自分自身の毎日の生き方によって、さまざまな選択肢から選ぶ。アルバムのジャケット内側に“vote everyday with your way of life”と記したんだ。それは決して苦行ではなく、心地よく感じる。俺なりにポジティヴな生き方を表現したかったんだ。キム・カーダシアンみたいな安っぽい消費主義に迎合する必要はない。このアルバムでは、そんな風潮に逆行するメッセージを伝えたかった。

●あなたは現在、ポルトガル在住ですよね?

うん、ポルトガルのシントラに住んでいるんだ。日本の北海道と同じぐらいの緯度にあって、どちらも美しい自然があるという点で共通している。カリフォルニア北部のマリン・カウンティもそうだ。日本は都市部を出るとすぐに美しい自然に囲まれるけど、ポルトガルもそうなんだ。インスピレーションの源に満ち溢れている。山の上の雲を見るだけで息を呑むし、海岸線も美しい。そんな気候に対する想いをレコードに込めたかったんだ。

●何故ポルトガルに引っ越すことにしたのですか?

『All Things Being Equal』ジャケット(ビッグ・ナッシング/現在発売中)
『All Things Being Equal』ジャケット(ビッグ・ナッシング/現在発売中)

パンダ・ベアーと2枚アルバムを作って、それでこの国に恋に落ちたんだ。北半球が陥ってきたコマーシャライゼーションの疫病から、ポルトガルは唯一距離を置いていることが出来た国だ。ポルトガルはいわば元祖“第三世界”の国だったんだ。アメリカ合衆国にもソ連にも属することなく、独立を保っていた。ポルトガルは元々裕福な国ではないし、コマーシャリズムの標的になることを免れてきた。だから街を歩いてもマクドナルドやスターバックスは見かけない。まあ、俺だってマクドナルドのハンバーガーを毛嫌いしているわけではないよ。でも牛肉の大量消費は問題だ。アマゾンの森林を破壊して牛の飼料用大豆を生産しているし、アメリカ合衆国でも大豆を育てるためにコロラド川の膨大な水が使われている。それで深刻な水不足が生じるんだ。我々は何をどのように消費するか、それが地球にどんな影響をもたらすか、よく考える必要があるんだよ。

●ポルトガルに移住したことで、あなたの創造性にはどんな影響がありましたか?

イギリスに住んでいたときみたいに面倒な近所付き合いがないし、ソーシャル・ディスタンスな生活を享受している。庭でガーデニングをしているとき、歌詞が浮かぶんだ。雑草を抜いたりしているときね。だから庭に出るときは、いつも筆記用具を持っていくんだ。突然、何かがパッと頭に浮かんだりするんだよ。メモを取っておかないと次の瞬間、消えてしまう。『オール・シングス・ビーイング・イコール』では自然界の中にあるシェイプやパターンがエコーや反復をする、エレクトロニックでオーガニックな音楽をやろうとしたんだ。 樹木を抱きしめるようなヒッピー風の自然回帰レコードは作りたくなかったけど、自然との調和を音楽にしたかった。我々が呼吸を出来るのも、食生活を営むことが出来るのも、森林や植物のおかげだ。植物は地球の生態系の要なんだよ。人類は、その権限もないのに生態系に介入し過ぎだと思うね。

●アルバムを2015年に作り始めて、一時ストップしてからポルトガルに引っ越して、再開したけれど作業がなかなか進まず、ステレオラブのティム・ゲインにインストゥルメンタル作品として発表することを勧められたそうですね。

そうなんだよ(苦笑)。結果としてヴォーカル入りのアルバムにして良かったと思うけど、ティムの言うことにも一理あったんだ。彼はひとつの美学を持ったミュージシャンでありアーティストだし、彼の意見には大きな敬意を持っている。「これでクールだから出しちゃいなよ」と言われて、もう少しで彼の言うとおり、インストゥルメンタルにするところだったんだ。ただアルバムの曲を書いて、本質的に強力な音楽だと確信して、それとシナジーを成す歌詞を書きたかった。音楽と歌詞の足し算の和ではなく、相乗効果を成すものにしたかったんだ。『オール・シングス・ビーイング・イコール』の音楽は誇りに出来るものだったから、それに見合った歌詞を書くことは大きなチャレンジだと判っていた。だからこそやりたかったんだ。音楽は大きな影響力を持っている。その一方で、言葉はより直接的に伝わる。人間の声には説得力と魅力があるんだ。少なくとも俺は人間の声が大好きだよ。

●このアルバムの前にあなたが発表したのは、NO JOYとのコラボレーションEP(2018)ですか?

そうだね。彼らは俺のエレクトロニックな音楽に興味を持っていたし、俺も彼らの...シューゲイズっていうの?...に関心があったから、新しいものを作ることが出来た。楽しかったし、またやってみたいね。その前にやったのはスペクトラム名義で、ジム・ディッキンソンと『Indian Giver: Spectrum meets Cpt. Memphis』(2008)というアルバムを作ったよ。

●それ以外にもMGMTやパンダ・ベアー、ビーチ・ハウスの作品をプロデュース/ミックスするなど多忙だったと思いますが、ソニック・ブーム名義でのスタジオ・アルバムを作らなかったのは何故でしょうか?新作はソニック・ブームとしてのフルレンス・アルバムとしては『スペクトラム』(1990)以来30年ぶりとなりますが、何故そんなに間が空いてしまったのですか?

うーん、何故だろうね?何もしなかったわけではないんだ。ソニック・ブーム名義でシングルは出していたし、スペクトラムやエクスペリメンタル・オーディオ・リサーチでも作品を発表していた。いろんなコラボレーションもやってきたよ。ただ言えるのは、俺は社会的動物なんだ。他の人間と一緒にやるのが好きだし、交流するのが好きだ。ソロ・アルバムを作るのは、エンジニアなども関わっているけど、基本的に一人の作業だろ?音楽作品を作るときは、誰かにディテールを見ていて欲しいんだよね。曲作り、メロディ、歌詞、プロダクション...それぞれ別のマインドが必要だし、手を貸してくれる人が欲しいんだ。今回のアルバムではエンジニアのギレルム・ゴンカルヴ(ゴンサルヴではない)がメイキング過程に大きな貢献をしてくれたし、まるっきり一人で作ったわけではなかった。でもソニック・ブームとしてのアルバムにすることは初期段階から考えていたよ。何もないところから自分で創り上げた作品なんだ。

Sonic Book / courtesy Big Nothing
Sonic Book / courtesy Big Nothing

<音楽を中心としたトータルなエクスペリエンス>

●Buchla 208 Music Easel、Yamaha PSS480、EMS Synthi AKSなどアナログ・シンセサイザーを全編使用していますが、自分の音楽にノスタルジックな要素を求めますか?

うーん、自分の音楽がノスタルジック、懐古趣味だとは思わない。アナログ・シンセは俺の音楽のヴォキャブラリなんだよ。曲を書くとき、自分の頭の中で鳴っているサウンドが、まさにこれなんだ。それにポルトガルで1人で作業をしていると、最先端のデジタル楽器の情報が入ってこないからね(苦笑)。アルバム本編ではキーボードによるエレクトロニック・ベース・サウンドも入っている。でも自分自身で演奏出来るようなベーシックな音を目指したんだ。すべてをプログラミングしてしまうと、ライヴでただ突っ立っていることになるだろ?

●「トーキング・テクノ」ではヴォコーダーが大フィーチュアされていますが、それがあなたのヴォキャブラリなのでしょうか?

うん、「トーキング・テクノ」は少しばかりレトロと呼ばれても、仕方ないかも知れない。クラフトワークやシルヴァー・アップルズへの、俺なりのトリビュートなんだ。ヴォコーダーは声でもあり、楽器でもある。両者のシンビオシス(共生)なんだ。

●「オン・ア・サマーズ・デイ」のレイドバックしたムードは、ポルトガルに住んでいることが影響を及ぼしているでしょうか?

そうかもね。夏ののどかな日中で...俺の中でイメージしていたのは、ブライアン・ウィルソン的なアプローチなんだ。ただ俺はブライアン・ウィルソンではないし、なりたくてもなれない。結局、俺らしくしかならないんだよ。

●サム・クック、エヴァリー・ブラザーズ、サンドパイパーズのヴォーカルからインスピレーションを得たそうですが、アルバムのどこから彼らの影響を聴き取れるでしょうか?「アイ・フィール・ア・チェンジ・カミング・オン」という曲がありますが、サム・クックの「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」と関連性はあるでしょうか?

その2曲に直接的な関係はないけど、サム・クックの歌唱には俺の中で共鳴するものがある。「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」はアメリカの公民権運動を象徴する名曲だ。不当な扱いを受けてきた黒人たちが立ち上がったムーヴメントを象徴する曲だよ。サム・クックは偉大なソウル/ポップ・シンガーであるのと同時に、アートとエンタテインメントを社会的に意義のある方向に持って行ったアーティストだ。そんな姿勢もリスペクトするし、インスピレーションを得るよ。

●「スピニング・コインズ・アンド・ウィッシング・オン・クローヴァーズ」のスポークン・ワードがホークウィンドの「ソニック・アタック」ぽくも感じますが、これまでホークウィンドと音楽的接点はあったでしょうか?

それは考えてもみなかった(笑)。ホークウィンドの音楽は、あまりよく知らないんだ。「オルゴン・アキュミュレーター」は大好きだし、「ハリー・オン・サンダウン」は彼らの代表曲というわけではないけどビューティフルな曲だよ。SF作家のマイケル・ムアコックが彼らの歌詞を書いていたよね?俺がスポークン・ワードで影響を受けたとしたら、彼らよりもローリー・アンダーソンとルー・リードが双璧だと思う。ローリーは40年前の時点で、誰よりも50年先を行っていた。誰も彼女には追いつけないよ。『ビッグ・サイエンス』(1982)『ユナイテッド・ステイツ・ライヴ』(1984)は奇跡のアルバムだ。ルー・リード『ストリート・ハッスル』(1978)は離れ業だよ。ただの朗読でなく、類い希な情熱が込められている。「ストリート・ハッスル」という曲はルーのガールフレンドがオーヴァードーズして、その場にいた連中が彼女を路上に放り出して、自動車に轢かれる事故に遭ったように見せかけた...という歌詞なんだ。しかもそれは実話らしい。聴くたびに鳥肌が立つよ。スポークン・ワードにはそんな魅力があるんだ。スペースメン3は『ザ・パーフェクト・プレスクリプション』(1987)に入っているザ・レッド・クレイオラのカヴァー「トランスパレント・レディエイション」の頃から、スポークン・ワードを試みてきた。

●「マイ・エコー、マイ・シャドウ・アンド・ミー」の詠唱のようなヴォイスは、どんなところから来たのでしょうか?

自分の音楽がどこから来るのか、どんな影響があるか、判らないことが多いんだ。どこかの魔法のチャンネルに繋がっているとしか言いようがない。「マイ・エコー、マイ・シャドウ・アンド・ミー」の幾つかのフレーズは、ババ・ラム・ダスを引用したものだよ。彼はティモシー・リアリーのハーヴァード大学でのLSD実験に関わっていた、禅のグルー(導師)みたいな存在だった。本名はリチャード・アルバートというんだ。彼の発言とチャネリングして、俺の世界観と繋がったところに生まれたのがあの歌詞だ。正直、自分でもどんな意味だか判らないよ。「マイ・エコー、マイ・シャドウ・アンド・ミー」と「スピニング・コインズ・アンド・ウィッシング・オン・クローヴァーズ 」はアルバムでもガツンと来るものがある。“売れる”という意味ではなく、“打撃”という意味で“ヒット”するんだ。これらの曲では、エモーションの幅広い領域を表現したかった。『オール・シングス・ビーイング・イコール』というアルバムの高みと深みを象徴する曲だよ。

●日本盤ボーナス・トラック「オールモスト・ナッシング・イズ・ニアリー・イナフ」は14分を超えるサイケデリックなサウンド・コラージュで、ボーナスにしておくのはもったいない、ある意味アルバムのベスト・トラックですが、どんなところからインスピレーションを得たのですか?

「オールモスト・ナッシング・イズ・ニアリー・イナフ」に入っているヴォイスは1960年代に“コンピュータ・アーツ・ソサエティ”を創設したアラン・サトクリフの詩から取ったんだ。“like”という言葉から確率論的プログラミングに則って、しかし半ランダムに発展させていった。“like”から“rain”、そして“raise”とかね。言葉がマントラみたいな響きを伴っているのが面白いんだ。音楽のモアレ(干渉縞)パターンのようなものだよ。双曲線が交差するところで、新しい音が生まれるんだ。“Almost Nothing Is Nearly Enough(ほとんど皆無なのがほとんど十分)”という曲タイトルがナンセンスなところが気に入っている。曲のミニマリズムも好きなんだ。モノフォニック・シンセと俺のヴォイス、そしてパーカッションだけでメッセージを伝えたかった。

●アルバムのアートワークについて教えて下さい。

俺は自分の作品を、音楽を中心としたトータルなエクスペリエンスと捉えているんだ。ジャケットやビデオを含めた、多次元的なアートだと考えている。LPのレーベルも3D仕様にしたり、限定盤LPは夜光ヴァイナルを使って、作品のあらゆる要素に自分のパーソナリティが宿るように心がけた。自分の人生で習得してきたすべてを、異なるメディアで表現するのは興味深いチャレンジだよ。

●ちなみに前作『スペクトラム』のジャケットは中央にビスの付いた回転式仕様でしたが、これは『レッド・ツェッペリンIII』からインスピレーションを受けたものですか?

ははは、言われてみれば似ているね(笑)。無意識に影響を受けているかも知れないけど、意図したものではないよ。

後編記事では他アーティストとの知られざる交流、そしてスペースメン3時代の秘話、再結成の可能性などについて語ってもらおう。

■アーティスト:SONIC BOOM(ソニック・ブーム)

■タイトル:ALL THINGS BEING EQUAL(オール・シングス・ビーイング・イコール)

■品番:OTCD-6804

■その他:世界同時発売、日本盤ボーナス・トラック収録、解説付

■発売元:ビッグ・ナッシング / ウルトラ・ヴァイヴ

【日本レコード会社公式サイト】

http://bignothing.net/sonicboom.html

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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