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「母と娘の温泉旅」親を連れて名湯と美味しいご飯を堪能【親をリラックスさせる旅マニュアル】

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
紅葉真っ只中の新潟県越後湯沢温泉「高半」の半露天風呂(写真・撮影筆者)

コロナ禍では誰だって窮屈な思いをして過ごした。旅をすることが仕事の私でさえもペースダウンした。コロナ感染を恐れた私の母世代の高齢者は、さぞかし我慢を重ねていたに違いない。

私事だが今年の3月に父を見送った。夫のみならず、親友たちとの別れが続いた母は、病名がわからないめまいに襲われた。明らかに心が疲弊していた。

そんな時こそ、温泉だ。

「お母さん、温泉に行こうよ!」と誘うが、母は「旅館までたどり着けるか不安……」と、腰が重たい。そこを半ば強引に温泉旅館へ連れて行くことにした。

病院通いをする母を

「1泊2日の母と娘の温泉旅」に誘った

さほど乗り気でない母。どこなら連れて行けるだろうかと考えた時に、実家からアクセスが便利なところを考えた。実家の最寄り駅である長岡駅(新潟県)から上越新幹線で越後湯沢駅まで25分ほど。よし、越後湯沢温泉に行こう。駅から宿の送迎車に乗れば、実家からドアツードアで1時間もかからずに旅館に着ける。

宿泊先は「良質なお湯」の源泉を持つ宿に決めた

川端康成が小説『雪国』を書いた宿として知られる「雪国の宿 高半」を予約した。ここは川端康成が執筆した部屋も残るし、映画「雪国」の撮影時の裏話も事欠かない。だが一番のウリはお湯そのものだと私は思う。

高半の源泉は宿から70メートル程歩いた山の中の湯ノ沢にある。源泉の深さは60センチ。広さは畳6畳ほど。毎分260リットル~390リットル(季節により変動)が湧き出ている単純硫黄温泉だ。時折、湯の花が舞う。

当日は旅日和の好天で、予想に反して、母は行く気になっていた。

越後湯沢駅に着いてから温泉街のメインストリートを10分程ほど歩いて、大人気の「そば処 しんばし」に向かう。母は好物の海老の天婦羅そばを食べる。コロナがいったん収束してきたからこそ楽しめる、母との外食。なんて久しぶりなんだろう。

地元のそば粉を使い自家製粉し、使う水は雪解け水からの伏流水。天ぷらは大ぶりでつゆは新潟県内産大豆を使った特製無添加醤油(写真・撮影筆者)
地元のそば粉を使い自家製粉し、使う水は雪解け水からの伏流水。天ぷらは大ぶりでつゆは新潟県内産大豆を使った特製無添加醤油(写真・撮影筆者)

「高半」の部屋に入り、お茶をいただく。お茶請けの「笹雪」は笹の香りがする優しい風味の餅で一口サイズ。お茶によくあう。少し休んでから、浴衣に着替えて、母と2人でお風呂に行く。

越後湯沢温泉の女将たちの推薦のお土産「笹雪」(写真・撮影筆者)
越後湯沢温泉の女将たちの推薦のお土産「笹雪」(写真・撮影筆者)

予約の際に母の状態を伝えておくと、和室に簡易ベッドを用意してくださった。これでいつでも母が横になれるので、とても有難かった。

部屋からは絶景の眺めだ(写真・撮影筆者)
部屋からは絶景の眺めだ(写真・撮影筆者)

大浴場では川端康成も愛したお湯がこんこんと湯船に注がれる。ふんわりと香る茹でたてのたまごの匂いが母を「温泉に来たね~」と高揚させた。

母に「自立神経が乱れているのなら、肩甲骨の間を温めるといいよ」と私は教えた。また、冷たい水と温かい温泉を交互に足にかけることで血の巡りが良くなる等、私も実践しているお風呂でできる体調管理の術を母に伝えた。母は「温泉の先生だもんね!」と笑いながら聞いてくれた。

半露天風呂に出ると、紅葉真っ盛り。露天風呂のお湯は少しぬるく、母とじっくりと入った。

父のこと、ひとりになった母の生活のこと、母の友人のこと。話の種は尽きない。

お湯からあがり、部屋に戻ると母は「あったまった~」とベッドに横になった。

こうした母の反応を見ても、ゆっくり入れる半露天風呂があり、温まり効果が高い源泉を持つ高半を選んで本当に良かった。

夕食も朝食も山の幸が並ぶ。日ごろ小食の母だが、残さずに食べた。特に母が好んだのは「越後もち豚の雪国鍋」。南魚沼産のコシヒカリのおもゆを出汁にしているからとろっとした甘みが広がる。朝晩と冷え込むこの時期、暖まる鍋は心にもしみる。時折、「お父さんにも食べさせてあげたかった」と言いながら、ご馳走をほおばる母。

もち豚と地元の野菜が入る。雪深い田舎をイメージさせる「越後もち豚の雪国鍋」(写真・撮影筆者)
もち豚と地元の野菜が入る。雪深い田舎をイメージさせる「越後もち豚の雪国鍋」(写真・撮影筆者)

新潟の郷土料理「くるみ巻き」や豆腐の自家製味噌漬けが前菜に(写真・撮影筆者)
新潟の郷土料理「くるみ巻き」や豆腐の自家製味噌漬けが前菜に(写真・撮影筆者)

特A新米コシヒカリと具沢山きのこの味噌汁。新潟の郷土料理「のっぺい汁」とバランスのいい朝食で母も元気に(写真・撮影筆者)
特A新米コシヒカリと具沢山きのこの味噌汁。新潟の郷土料理「のっぺい汁」とバランスのいい朝食で母も元気に(写真・撮影筆者)

1泊2日で、部屋に入ってからすぐ、夕食前、就寝前、目覚めた時の朝湯と、お風呂は4回入る。

母は「娘が温泉に連れて行ってくれたと話すから」と、友人への土産をたくさん購入した。お茶受けで食べて気に入った「笹雪」と「スノーカントリーハニー」を選んでいた。「スノーカントリーハニー」は1瓶500円とお手頃価格で、小ぶりなサイズで渡しやすい。

別れ際に「お母さんが行くのは病院より、温泉旅館だよ」と繰り返し伝えた。

その後、「めまいがする」と言わなくなったし、電話で話す声も明るい。母が立ち直るきっかけになったことは確かだ。何より、弱った母を温泉に連れて行けたという満足感が娘の私に残った。

コロナ禍で、高齢の親に元気がなくなっていたら、温泉に誘ってみてはいかがだろう。

「親孝行温泉」は、連れて行ってもらう親だけではなく、連れて行く娘にも親孝行をした満足感が残る。何より、母との大切な思い出となる。

母と朝食会場にて(写真・撮影旅館のスタッフさん)
母と朝食会場にて(写真・撮影旅館のスタッフさん)

「高半」の冬の半露天風呂はひと際情緒がます(写真・高半提供)
「高半」の冬の半露天風呂はひと際情緒がます(写真・高半提供)

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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