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山形の名湯「天童温泉」でワクチン職域接種  「安心効果」で旅館の予約が3倍に!

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
取材カメラも多数入り、山形県のみならず、東北地方でこの晩のニュースを賑わせた

コロナ感染状況は刻々と変化するが、ワクチンが接種できるかどうかも、また流動的だ。

ワクチンの職域接種が推奨されたが6月上旬。6月21日から本格的に企業や大学等で職域接種がスタートしたばかりだというのに、その2日後の23日には、河野太郎行政改革相がワクチンの供給不足を理由に新たな職域接種の受付中止を発表。現在は、申請取り下げも取りざたされている。

6月初旬、観光地や温泉地も職域接種に名乗りを上げたものの、「ワクチンが確保できない」や「会場費は誰が負担するのか」といった様々な理由で、先送りになっている所も多い。

そんな状況下でも、7月4日に第1回の職域接種をスタートさせ、無事に温泉関係者300人へ接種を終えた山形県天童温泉を追ってみた。

将棋の駒の生産量日本一を誇る天童温泉は駒を眺め入浴できる。ホテル王将の大浴場。泉質は「ナトリウム・カルシウム硫酸塩泉」でさらさらとした透明感ある綺麗なお湯だ(写真提供・天童温泉)
将棋の駒の生産量日本一を誇る天童温泉は駒を眺め入浴できる。ホテル王将の大浴場。泉質は「ナトリウム・カルシウム硫酸塩泉」でさらさらとした透明感ある綺麗なお湯だ(写真提供・天童温泉)

6月11日に、天童温泉協同組合は地元の開業医の協力を取りつけ、病院の休診日である日曜と水曜に、旅館の会議室を会場にして約1200名を対象に職域接種を実施すると発表。天童温泉に関わる従業員に接種の希望を募ると、職域接種の最低ロットである1000人に満たなかったが、従業員の家族や関連業者にまで希望者を広げると、あっという間に1200人に到達したという。8月25日までに2回の接種を終える予定だ。

こうしていち早く職域接種に踏み出した天童温泉協同組合の山口敦史理事長(ほほえみの宿 滝の湯社長)に理由を訊ねると、

「毎日不特定多数のお客様と接客するので、感染リスクが高く、多くのスタッフは不安の中で仕事をしています。一日も早く、社員やその家族の不安を取り除き、安心して働ける旅館、温泉地という状態を取り戻したいです。何より、旅行者が安心して訪れていただける温泉地となることも、大きな目的です」。

さらに、こうも教えてくれた。

「職域接種が進めば、地域接種の完了のスピードも上がります。地域全体の接種が進むことで、地域経済の早期回復を期待しています」

温泉地では、大きな旅館が地域経済の基盤を担っているケースが多い。自身が大型旅館の経営者でもある山口理事長の自負に満ちた言葉は、旅館が地域を支えていることを端的に表している。

それにしても、天童温泉はなぜ速やかに職域接種を実施できたのだろうか。その方法を山口理事長に訊いてみた。

職域接種の申請開始の当日(6月8日)に申し込みました。この時点で、『接種人数をほぼ正確に把握していること』『協力してくれる医師や接種会場が確保できていること』『自治体と調整できていること』が揃っているのが大切でした。特に、地元自治体とうまく調整できていないと、結果的に受理まで時間がかかったようです。受理してもらうための条件は、前もって、宿泊業界団体から情報を得ていましたので、スムーズでした」

実は、天童温泉の職域接種の会場は、山口理事長の宿である「ほほえみの宿 滝の湯」の会議室だ。「会場は、弊社で無償提供のつもりでした。でも補助が出るようなので、今後、そちらで補填したいと思っています」と山口理事長は言う。

こうした緊急時は、業界団体のネットワークと自治体との連携がどれほど大切か。何より、見切り発車でもいいから速やかな決断力がものをいうのだろう。

広い間隔をあけた接種会場。前日はリハーサルも行われた(写真提供・天童温泉)
広い間隔をあけた接種会場。前日はリハーサルも行われた(写真提供・天童温泉)

7月4日、旅館は営業しながら、医師3名、看護師2名、医療スタッフ4名、旅館ボランティアスタッフ9名が集結し、順次、接種が行われ、4時間程で終了

「天童温泉がひとつになりました」(山口理事長)

「チーム天童」のネットワークのなせる業(写真提供・天童温泉)
「チーム天童」のネットワークのなせる業(写真提供・天童温泉)

1回目の職域接種のスタ―トを切ったその2日後の7月6日に、その後を山口理事長に訊ねると、「大きなトラブルもなく、当日予定していた300名全員の接種が終わり、ホッとしています。今のところ重い副反応の報告もありません。8月25日までに気持ちを引き締めて頑張っていきます。そして、テレビのニュースで報道してもらったことにより、地域の安全をアピールすることができました。早速、通常の3倍の予約が入っています

「ほほえみの宿 滝の湯」には数々の熱い竜王戦いが行われてきた「竜王の間」がある。ここで宿泊できるし、棋士の裏話なども聞くことができる!?(撮影筆者)
「ほほえみの宿 滝の湯」には数々の熱い竜王戦いが行われてきた「竜王の間」がある。ここで宿泊できるし、棋士の裏話なども聞くことができる!?(撮影筆者)

(撮影・筆者)
(撮影・筆者)

明日(7月11日)には、新潟県新発田市の月岡温泉でもホテル泉慶を会場に職域接種が実施される。

月岡温泉旅館協同組合女将会・会長の穴澤恵子女将に聞くと、

「これまで、お客様から感染対策や県外客の比率などのご質問を受けてきました。そこには、お客様の『すごく温泉に行きたいけれど、感染するのではないか』という不安が伝わってきます。職域接種の実施は、お客様に対して大きな安心感のアピールとなることは間違いないと思います

 同時に、苦境にあえぐ温泉地スタッフの士気高揚にもつながるという。

「今回は月岡温泉旅館協同組合主催で、月岡温泉で働く人たち約1,000人が対象となります。温泉地で共に働く人たちと、期待感や安心感を分かち合い、『よしこれからだ!』と一体になれればいいですね。

 これまでも新発田市から、様々な観光支援策を講じていただきましたが、宿泊割引等を『攻め』とすると、今回のワクチン接種は強固な『守り』と言えます。攻守が整ったところで、新発田市長が発した『反転攻勢』に向けて、これからが私たちの頑張り時だと思っております

エメラルドグリーンのお湯が特徴の月岡温泉。日本有数の硫黄成分含有量を誇り、「もっと美人になれる温泉」として女性にも人気を博す(写真提供・ホテル泉慶)
エメラルドグリーンのお湯が特徴の月岡温泉。日本有数の硫黄成分含有量を誇り、「もっと美人になれる温泉」として女性にも人気を博す(写真提供・ホテル泉慶)

情緒ある街並みに、新潟の酒やワインが試飲でき、新潟生まれの干物や発酵食品が試食でき、煎餅の手焼き・絵付けが体験できるお店などが立ち並ぶ「歩きたくなる温泉街」(写真提供・月岡温泉)
情緒ある街並みに、新潟の酒やワインが試飲でき、新潟生まれの干物や発酵食品が試食でき、煎餅の手焼き・絵付けが体験できるお店などが立ち並ぶ「歩きたくなる温泉街」(写真提供・月岡温泉)

東京都の感染者数の増加を見ると予断を許さぬ緊張感が走る。

ただ全国的に見ると、まん延防止等重点措置が解除される県や、比較的落ちついている地域があることも確か。実際、各都道府県の自治体では、地域割りが実施されており、多くは「宿泊料金1泊に対して5千円の割り引きと2千円の地域クーポンがつく」というもので、地域内で、経済を回す政策だ。

地域経済の要となっている旅館経営者は、コロナに負けずに奮闘している。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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