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GoToトラベル停止で、思わずもれる温泉女将の本音 日本の原風景である湯治場の存続危機!?

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
鹿児島県妙見温泉田島本館の浴場(撮影・筆者)

昨年、緊急事態宣言発令により、全国の旅館・ホテルの9割が休館した。ただ昨秋はGoToトラベルで多くのお客がやってきて盛り返した。今年に入り、「あの時のGoToトラベルの恩恵で首の皮一枚で繋がっています」と語る女将がいかに多かったことか。『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)を書いた私は、多くの女将から本心を聞いてきた。

今春になってもコロナ収束の兆しは見えないが、現在はどうなのだろう。悩める女性が鹿児島県霧島温泉郷にいた。

古き良き趣のある田島本館。地元のおばあちゃんが入浴していた(撮影・筆者)
古き良き趣のある田島本館。地元のおばあちゃんが入浴していた(撮影・筆者)

日本で初めて国立公園に指定された霧島連山の雄大な自然があり、霧島連山の南西に点在する温泉を霧島温泉郷と称する。標高600m~850mの間に、大小9つの温泉が湧き、泉質もバリエーションに富む、実に豊かな地だ。なかでも私は妙見温泉「湯治の宿 田島本館」お風呂が好きで、霧島を訪ねる時には必ず立ち寄ることにしている。田島本館は全14室。素泊まり4400円~、1泊2食付き7800円~11200円と低価格の湯治宿。源泉が数本ある。湯船には湯花がこびり付き情緒がある。

「2020年で休館したのはGWのみです。うちの経営者が『これまでやってきたことをやるだけ』と言い続けておりますので、変わらずに湯治宿をやってきました」と語るのは、マネージャーの榎並直子さん。

「湯治」とは文字通り、お湯に浸かり身体を治すこと。日本人は秋の収穫を終えると、1ヶ月から長いと3カ月程、湯治宿に長逗留して体の疲れを取り、整える風習があった。それが昭和の高度経済成長期に、温泉場が遊興の場に変化し、さらに現在のようなレジャーや癒しの場になってきた。いまや残る湯治場はごくごく少数。それでも湯治と名の付く宿に行けば、生き生きとした力強い温泉を堪能できる。お客のほとんどは高齢者だ。

田島本館も、コロナ前は60代~70代の地元の高齢者がメインで、リピーターは3泊、4泊、長い人は半月も滞在した。田島本館には簡単な自炊場や調理器具、食器もあるから、素泊まり40%、食事つき60%の割合だったそうだ。まさに古き良き湯治場そのものだ。

シンプルながら清潔にしている田島本館(撮影・筆者)
シンプルながら清潔にしている田島本館(撮影・筆者)

「かつてはお風呂場から、いつも笑い声が聞こえたんですよ。ロビーでも、いつもお客さん同士が大きな声でお喋りして楽しんでいた。そうした憩いの場でわいわいしていた湯治場ならではの風景が、いまは全くないですね。むしろお客さんから『あのお客さんは大きな声で話している』と、注意されることもあります」(榎並さん)

コロナ禍の現在は、客層の中心が40代~50代に変化してきているそうだ。その状況を踏まえ、女性のひとり湯治用に改修した客室を見せてもらった。 

女性ひとり客でも泊まりやすいベッドが置かれた客室(撮影・筆者)
女性ひとり客でも泊まりやすいベッドが置かれた客室(撮影・筆者)

「これまでの湯治スタイルをやめて、リモートワーク用の宿泊施設にするか、ひとり客用の宿にするか、湯治場を残すか、とても悩んでいます。いまは変化のチャンスなのかもしれませんが、やっぱり寂しさもありますね。お客さんから『妙見は変わった。ホテルや旅館ばかりになった。ここは変わらないで、湯治場でいてくれ』と言われますし……、どうしようかと……」(榎並さん)

高齢者の外出が鈍いのであれば、いま動きがある若い客層を捉えなければならない。それには、従来の湯治湯から若者向けの宿泊業態へ変えなければ収益は上がらないということだ。

他の湯治場がどうなっているか気になり、馴染みの山梨県下部温泉「古湯坊 源泉館」の女将・依田由有子さんに連絡すると、「高齢の常連さんは来たくてうずうずしています。お子さんと同居していると、『子供に止められて来られない』とおっしゃる方もいますが、『我慢できないから』といらして下さる方もいます。いまはお風呂で密になるのが怖いですから、定員の半数までしか予約を取りません」と話してくれた。

ちなみに源泉館には、武田信玄が川中島の戦いで負った傷を癒した岩風呂が残っている。その50畳もの広いお風呂は、湯船の底からこんこんと新鮮なお湯が湧いている。かくいう私も、2016年の手術後に、源泉館のお風呂で湯治をして、腹部の傷痕をきれいに治した。

武田信玄が愛した岩風呂。湯治客は浴場にある神棚に手を合わせてから温泉に入る(写真提供・源泉館)
武田信玄が愛した岩風呂。湯治客は浴場にある神棚に手を合わせてから温泉に入る(写真提供・源泉館)

最後に、「コロナ禍でも湯治は残るだろうか?」と依田さんに訊ねると、「お客様はコロナ禍にこそ、湯治が必要だと思っていますよ」と明るく答えてくれた。

2016年に湯治を終えて。手術跡が綺麗になり喜ぶ筆者とお世話になったご主人・依田茂さんと女将・依田由有子さんと(撮影・筆者関係者)
2016年に湯治を終えて。手術跡が綺麗になり喜ぶ筆者とお世話になったご主人・依田茂さんと女将・依田由有子さんと(撮影・筆者関係者)

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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