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再開しないGoToトラベル。苦境の旅館女将たちが生き残りをかけた「お洒落なコロナ対策」「直筆手紙」

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
『女将は見た 温泉旅館の表と裏』に登場する秋田県夏瀬温泉都わすれ(撮影・筆者)

緊急事態宣言が発令されて1年が経とうとしている。一向に収束が見られないコロナ禍により、宿泊業に苦難がのしかかる状況は変わらない。20年以上も温泉旅館の取材を続け、昨年末に『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)を上梓した私は、温泉地を訪ねる度に現状を女将に聞いている。

取材は食事をしながら、ざっくばらんに女将の話を聞くことが多い。越後湯沢温泉・高半の女将・高橋はるみさんと。(撮影・筆者の関係者)
取材は食事をしながら、ざっくばらんに女将の話を聞くことが多い。越後湯沢温泉・高半の女将・高橋はるみさんと。(撮影・筆者の関係者)

先日訪ねた佐賀県嬉野温泉のある女将は、「すっかり着物を着なくなりましたね。コロナ禍では人材確保もままならないので、私がフロント業務やお料理出しもします。いまでは作務衣が私のユニフォームです」と話してくれた。

多くの女将は、昨年の緊急事態宣言中は3ケ月程休館し、秋に実施されたGoToトラベルで恩恵を受けたという。しかし「GoTo停止の発表で年末からキャンセルが続き、700万円の損失でした。さらに今年に入ってからの緊急事態宣言発令により前年度比70減です」とは上記の女将の話だが、どの女将も青息吐息だ。

ただ現在は、地方自治体独自の県民割りキャンペーン等が各地で始まり、少しずつではあるが旅館を使いやすくなっている。そこで、知りたいのが旅館のコロナ対策だ。

生き残るための秘策とは?

温泉旅館のコロナ対策は、基本的には宿泊業界団体のガイドラインに従っている。ただ非日常を演出したいと思う女将たちは、ひと手間もふた手間もかけている。

例えば、新潟県の旅館はピクトグラム(アイコン)を一覧表にして、コロナ対策は一目瞭然。感染拡大している時期ゆえ、お客をもてなす女将やスタッフは「三歩離れて、一歩前へ」を心がけ、お客との距離感を大切にしているそうだ。

新潟県の宿泊施設はこうしたわかりやすいピクトグラムとキャッチコピーでコロナ対策を表記(画像提供・新潟県旅館ホテル生活衛生同業組合)
新潟県の宿泊施設はこうしたわかりやすいピクトグラムとキャッチコピーでコロナ対策を表記(画像提供・新潟県旅館ホテル生活衛生同業組合)

コロナ対策を講じながらも、お洒落な空間に仕上げる女将もいる。

食事処の各テーブルの仕切りに立てたアクリルだが、照明が工夫されているので、アクリル板の存在がさほど気にならない。むしろインテリアの一部のようにも見える。そこにジャズやラテンミュージックが静かに流れていて、コロナが蔓延している現実を忘れさせてくれた。

また直接的なコロナ対策ではないが、お客との繋がりをより強くする女将もいる。

山形県かみのやま温泉古窯の女将・佐藤洋詩恵さんは、「SNSが浸透し、インターネットでは情報が溢れています。でもコロナ禍では、かえって肉筆や肉声のみが信じられます」とおっしゃっていた。

そういえば私が出会った女将たちは、お客さんや仕事で関わる人たちに、まめに手紙を書く方が多い。それも手紙の定型は気にせずに、心からの言葉のみを綴る。私も、各地の女将からお手紙を頂く。

直筆の手紙が届いたことをきっかけに女将の人柄に惹かれ、旅館の常連になっていく。結果として、ファンビジネスが成立する。人と人との距離をとらなければならないコロナ禍だからこそ、直筆の手紙の効果があるだろう。

女将の人心掌握術、お客さんを大切にする姿勢には、学ぶことがたくさんある。コロナが収束したら、温泉旅館の女将を訪ねて欲しい。

筆者の元にはこうした達筆なお便りが女将から届く(撮影・筆者)
筆者の元にはこうした達筆なお便りが女将から届く(撮影・筆者)

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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