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皇后陛下84歳に これからも国家国民のために祈り続ける

山下晋司皇室解説者
福井国体の開会式にご出席 2018年9月29日 写真:毎日新聞社/アフロ

 10月20日、皇后陛下は84歳の誕生日を迎えられた。皇后という立場で迎えられる最後の誕生日となる。そして今月で、皇太子妃としての日々、皇后としての日々をそれぞれ29年9か月という同じ時間を過ごされたことになった(正確には10月7日で同じ日数となった)。

国家国民のために祈り続ける

 今年も皇后陛下は宮内記者会からの質問に文書で回答された。回答の全文は宮内庁ホームページに掲載されるだろうから、是非読んでいただきたい。

 今年の文書回答の中で筆者が感じたことをいくつか挙げておきたい。

 平成28年8月の【象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば】の中で、陛下は「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」と仰ったが、今回の文書回答で皇后陛下は、この全身全霊を「全身」と「全霊」に分けておられる。そして、陛下が高齢により難しくなると仰っているのは「全身」という身体のことだと。「全霊」という精神の部分はこれからもお変わりないということであろう。これは陛下のお言葉が誤解されないようにとのお気持ちからだと思える。そして、陛下も皇后陛下も退位後も国家国民のために祈り続けると綴られている。ご退位によって公務から離れても、国民に心を寄せるという気持ちは何ら変わらないということである。

 脳裏から離れないこととして、拉致被害者のことを挙げ「これからも家族の方たちの気持ちに陰ながら寄り添っていきたい」と綴られた。拉致被害者については、平成14年のお誕生日の文書回答で「何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません」と怒りにも似たお気持ちを吐露されている。この問題に大きな衝撃を受けられたことは間違いないが、国民に対して、関心を持ち続けてほしいという思いが込められているのだろう。

 公務を離れたら本を読みたいと綴られている。その例として、恐らく多くの人は皇后陛下のイメージに合わないと思われるだろうが、探偵小説やジーヴスを挙げられている。文書回答は全体として重い文章だが、このくだりを拝見して思わず口元がほころびた。会話でも、皇后陛下のユーモアはいつもその場を明るく、和やかにしていることを思い出した。

魂の源泉

 皇后陛下は皇室に入られて59年6か月。来年4月10日には結婚60年を迎えられる。この間、想像もできないような厳しい状況に何度も陥られたことと拝察している。それらを乗り越えて、常に陛下を支え、国民に心を寄せ続けてこられた。その魂の源泉はいったいどこにあるのか。

 皇后陛下は戦時中に疎開体験や親族の死などを経験されている。また、様々な本や人との出会いなどから多くのことを学ばれただろう。しかし、筆者はそれだけではどうも納得できなかった。筆者のそんな疑問は、20年前のお言葉を伺ったときに解けた。もっともこれは筆者の勝手な考えであるということをお断りしておく。

愛と犠牲の不可分性

 20年前の平成10年9月、インドのニューデリーで開催されたIBBY(国際児童図書評議会)の大会に当初、皇后陛下は出席し、基調講演をされる予定だった。しかし同年5月にインドが核実験を行ったことで、この訪問は取りやめとなった。訪問は叶わなかったが、皇后陛下は英語で53分にも及ぶビデオでの基調講演をされた。その全文は宮内庁のホームページに掲載されている。

 この基調講演で皇后陛下は、子供の頃に読んだ倭建御子(やまとたけるのみこ。以下、建)と弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと。以下、弟橘)の話をされた。反乱を平定するために三浦半島から房総半島に船で向かおうとするが、海の神の怒りで海が荒れて渡れない建のために弟橘は入水し、海の神を鎮めるという話である。入水の際に弟橘は、以前、燃えさかる火の中で安否を気遣ってくれた建の優しさに対する感謝の気持を歌にしている。皇后陛下は、弟橘の「建と任務を分かち合うような、どこか意志的なものが感じられ」た、と仰った。

 以下にこのときの皇后陛下のお言葉をいくつか抜粋させていただく。

 「『いけにえ』という酷(むご)い運命を、進んで自らに受け入れながら、恐らくはこれまでの人生で、最も愛と感謝に満たされた瞬間の思い出を歌っていることに、感銘という以上に、強い衝撃を受けました」

 「愛と犠牲という二つのものが、私の中で最も近いものとして、むしろ一つのものとして感じられた」

 「弟橘の物語には、何かもっと現代にも通じる象徴性があるように感じられ」

 「愛というものが、時として過酷な形をとるものなのかも知れない」

 「愛と犠牲の不可分性への、恐れであり、畏怖(いふ)であったように思います」

 上記のような一部だけではわかりにくいと思うが、筆者は特に「愛と犠牲の不可分性」という箇所に感銘を受け、そして、"そうか・・・"と唸った。筆者はここに皇后陛下の魂の源泉を見た気がしたのである。

 陛下の、皇后陛下に対する愛は、皇后陛下にとって将来にわたって確信できるものであり、大きなものだったのだろう。皇太子時代の陛下が愛し、それに応えられた皇后陛下。お二人の判断が正しかったことは、この60年の歩みから明らかである。

これからも文学、音楽を

 来年4月30日に陛下が退位され、天皇皇后両陛下は上皇、上皇后とおなりになるが、夫婦という点ではなにも変わらない。皇后陛下は上皇后として、上皇に寄り添い、尽くしていかれるだろう。可能なら皇后陛下には文学や音楽にかける時間をできるだけ多くとっていただきたい。またお二人でプライベートの旅行も大いに楽しんでいただきたい。

 本文のはじめに触れた皇后陛下の文書回答。これが来年5月以降も含めて、皇后陛下のお気持ちを知る最後の機会になる可能性はある。毎年、この文書回答を楽しみにしていた筆者としてはさみしい限りだが、それも時代の移り変わりの中ではやむを得ないことだろう。

皇室解説者

昭和31年 大阪市生まれ、関西大学卒。20数年の宮内庁勤務後、平成13年に退職。宮内庁では昭和63年~平成7年まで長官官房総務課で報道を担当。昭和天皇の崩御・大喪の礼、平成の即位の礼・大嘗祭、秋篠宮殿下の結婚、皇太子(現在の天皇陛下)の結婚などの諸行事を報道担当として経験。平成時代の天皇皇后の中国訪問、米国訪問及び皇太子(現在の天皇陛下)のモロッコ・英国訪問に報道担当として同行。宮内庁退職後は出版社役員を経たのち独立。独立後は、BSテレ東・テレビ東京「皇室の窓スペシャル」の監修のほか、週刊誌・テレビなど各メディアでの解説、記者勉強会の講師、書籍・テレビ番組の監修、執筆、講演などを行っている。

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