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予防できた死・予防できる死 〜事故死の予防に取り組む〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

新年、明けましておめでとうございます。

 昨年も事故による死亡が毎日のように報道された。子どもも高齢者も、同じ事故死が起こり続けている。新年にあたり、年頭所感として今年の自分の目標を挙げてみたい。

1.予防できた傷害

 海外の学会では、accidentという言葉を聞くことはなく、すべて「injury(傷害)」であり、injuryの前に「preventable(予防可能な)」をつけて「preventable injury」という言葉を聞くことが多い。一方、わが国では「不慮の事故」と言われている。事故につける形容詞として、「不慮の」と「予防可能な」は正反対の考え方である。これは、事故を健康問題として考えるのか、それとも運命であり避けられないものとして考えるのかという大きな違いとなっている。

 われわれは、injuryを「傷害」と表記している。「傷害」は当該事象によって何らかの被害を受けた当事者と被害そのものを中心に置いている言葉である。一方、「事故」は漠然と状況を表した言葉である。「傷害」という言葉を使えば、当事者の健康問題へと視点を移動させることができる。

 傷害は、意図しない傷害(unintentional injury)と、意図的な傷害行為(intentional injury)に分けられている。意図しない傷害には、誤飲・中毒、異物の侵入、火傷・熱傷、気道異物、窒息、溺水、転落、交通事故、外傷、刺咬傷、熱中症、ガス中毒、感電などがあり、意図的な傷害行為には、自殺、他殺、暴力、虐待、戦争などがある。この「意図しない」や「意図的な」という言葉は一般に使われる言葉ではなく、わかりやすくて適切な日本語が必要だ。

2.予防できた死・予防できる死

 「preventable injury」という言葉と同時に、海外では「preventable death(予防可能な死)」という言葉をよく聞く。日本ではほとんど聞かない言い方だ。「死」の前につける形容詞としては、残忍な、悲惨な、不遇な、安らかな、心残りな、などがあるが、「予防可能な」という形容詞は日本語では使われない。

 WHO(世界保健機関)は、事故死の95%は予防可能であると指摘している。わが国でも、事故で死亡した場合は「予防できた死」と言う表現にして、個人も社会も「予防できた事象であった」と認識するようになればいいと思う。死亡してしまったケースでは「予防できた死」と言い、今後の予防活動の場合には「予防できる死」というようにしたい。

 ニュースとして報道する場合も、講演をする場合も、個人的に話題にするときも「予防できた」、「予防できる」を「死」の前につけて言ってみよう。皆さんも、ぜひ試みていただきたい。

3.3つのEの取り組み

 事故による傷害予防の基本的な考え方は、昨年の年始に書いたものを参照されたい。傷害が起こった状況の中から、「変えられるものを見つけ、変えられるものを変えることによって、変えたいものの発生頻度や重症度を変えること」が傷害予防である。そして、3つのE(Environment:環境・製品の改善、Education:教育、Enforcement:法制化)でアプローチする。この基本的な考え方を広め、具体的に予防を実現することがNPO法人Safe Kids Japanの役割である。

◆ Environment

 傷害予防の基本的な考え方を踏まえ、具体的な事例に取り組む。事例は、一般家庭の事例でもいいし、保育所で起こった事例でもいいし、新聞記事で報道された事例でもいい。Safe Kids Japanのネットワークを使って、関係部署や専門家と相談して具体的な解決策を提示する。それをメディアに広報してもらい、安全性が高い製品や環境が社会に広まっていくようにする。この活動を地道に続けていく。

◆ Education

 子どもの事故は「保護者の責任」、「親の不注意」とされてきたが、そう指摘するだけでは予防にはつながらない。安全に対する社会の考え方を変える必要がある。

 これまで、人々の意識や行動を変容させるには、どう取り組めばよいかがわからなかった。最近では、ネット上のニュースに対して視聴者からコメントが投稿されるようになり、時には「炎上」という現象もみられるようになった。傷害予防に関して、人々がどのように考え、どのように反応するかを分析し、傷害予防の考え方を社会に広めるにはどうしたらいいかを検討してみたい。

◆ Enforcement

 これまでの活動から、政策を動かすには戦略が不可欠であることがわかった。まずは、行政や政治家を説得するエビデンスをそろえることが必要であり、同時に傷害予防に着目する社会的な流れを作る必要がある。

 優先的に対象としたいものは、傷害を予防することが可能な解決方法が現時点で存在しているにもかかわらず、同じ事故死が起こり続けているケースである。具体的な規格化、法制化を目指して活動を展開していく予定である。

 今年も、課題は山積している。そして、次々に課題が出てくる。できるところから一つ一つの課題に具体的に取り組み、評価しながら進んでいく所存である。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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