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「この薬はコロナに効く?」 過熱する報道、新たな薬の知見に触れる際に注意すべきこと

山本健人消化器外科専門医
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

新型コロナウイルス感染症に関して、治療薬の候補となりうる薬の話題が増えてきました。

複数の薬剤に関して臨床試験が行われているものの、目覚ましい効果が証明されたとはまだ言い難い段階です。

一方、薬に対する強い期待感から、テレビ番組などで、

「〇〇が効くはずだ」

「〇〇をもっと早くに投与していれば助かったかも知れない」

といったコメントを目にすることがあります。

このような少し過熱した発信は、感染症に限らず、がんなど、治癒の難しい他の疾患でもよく見られます。

もちろん研究結果に期待感を持つのは当然のことです。

しかし、視聴者としては、こうした「薬に関する新たな知見」に触れる際に、注意した方がよいことがあります

「一般論」として二つの注意点を挙げます。

「効く」「効かない」の二択ではない

「〇〇という薬が効く」といった発信は、シンプルで分かりやすく、印象に残りやすいものです。

テレビ番組などでこうした情報が扱われると、その翌日の外来で患者さんから、

「『〇〇が△△病に効く』という話題を見たのですが、私にも使ってもらえませんか?」

と言われることもよくあります。

しかし、どんな薬の効果に関しても、

「Aという薬がBという病気に効く、あるいは効かない」

といったシンプルな「二者択一」ではないことの方が多い、という点に注意が必要です。

ここで、分かりやすい一例を挙げてみます。

インフルエンザの薬である「オセルタミビル(商品名:タミフル)」をご存知の方は多いでしょう。

「タミフルはインフルエンザに効く」という文は、一見正しいようですが、科学的にはあまり意味をなしません。

正確には、

「タミフルは、インフルエンザの症状が現れてから2日以内に内服した場合に、発熱期間を約1日短くできる(1)」

でなければならないからです。

逆に言えば、

・症状が出てから2日以降に内服を開始しても十分な効果は期待できない

・内服後にインフルエンザがすっきり治ってしまう、というような特効薬ではない

ということです(タミフルに限らず抗インフルエンザ薬がそういうタイプの薬です)。

つまり、「どういう条件下で」「どういう患者さんに」使用した場合に、「具体的にどんな効果をもたらすか」という情報が示されないと、薬の効果を語ったことにはならないのです

あらゆる薬について、同じことが言えます。

薬には、「効く」または「効かない」という、白黒はっきりした答えがあるわけではありません。

“有効性が期待できる条件を満たす患者さん” のみに、“特定のメリットを期待して使う”、というのが、多くの薬の使い方です

研究結果の解釈は難しい

医師や医学研究者が薬の効果に関して発信する際は、一般的に論文という手段を選びます。

英語で論文として発表されることで初めて、私たちは世界中で行われた研究の結果を知ることができます。

しかし、論文を正しく解釈するには、かなりの専門知識を要します

「どういう患者さんを対象にしているのか?」

「何と、どのように比較しているのか?」

「何をアウトカム(結果)に設定し、どういうデザインで行われた研究か?」

といったことを一つ一つ吟味し、それをどう日常臨床に生かすことができるか、考えを巡らせます。

一見すると良い結果に思われても、専門的見地から見れば、まだ科学的根拠としては不十分、と言える場合も多々あります

また、論文として発表されたからといって、必ずしも真実を反映しているとは限りません

例えば、「出版バイアス」というよく知られた現象があります。

「薬Aは効果が期待できそうだ」という肯定的な結果の方が、「薬Aは効果がなさそうだ」という否定的な結果より論文になりやすい、という傾向のことです。

否定的な結果だと、論文として発信しようという動機が働きにくく、また論文を書いても出版までの審査(査読)にパスしにくいからです。

ネガティブな話題よりポジティブな話題の方が世に出やすいのです

本当は効果が乏しいのに、「効果がある」とする報告の方が多くなると、世の中の論文を統合して得られた知見が必ずしも真実を反映しなくなります。

臨床試験の中には、こうしたバイアスを避けるため、計画段階から「結果がどうであれ必ず論文発表する」という厳密な規則を設けるものもあります。

専門家は、こうしたバイアスの存在を意識しながら、研究結果を慎重に扱っています

他にも様々なバイアスや、研究の持つ制限がたくさんあります。

強い期待感を持って報道された研究結果でも、その道の専門家はまだまだ慎重に見ている、といった事例は多々あります

もちろん患者さんにとっては、「効果が定かでなかったとしても、わずかな期待にかけたい」と思うのは当然でしょう。

私でも、自分が病気になったら、きっとそう思うに違いありません。

そして、いつも慎重すぎる医師が「患者の期待や希望を理解してくれない存在」に見えてしまうかもしれません

しかし、重篤な副作用などのせいで「薬を使う方が悪い結果になる」という可能性を肌感覚で理解している臨床医は、

「本当に薬によるメリットがデメリットを上回るのか」

「目の前の患者さんは、この薬によって本当にメリットが得られる存在なのか」

をいつも慎重に吟味しています。

薬に関する新たな知見の解釈は非常に難しく、かなりの専門知識を要します。

情報の受け手としても、そのつもりで情報には慎重に触れていただきたい、と強く思います。

以下の記事もご参照ください。

溢れかえる新型コロナの情報 信頼できる情報発信に尽力する医師たち

消化器外科専門医

2010年京都大学医学部卒業。医師・医学博士。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、内視鏡外科技術認定医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、1200万PV超を記録。時事メディカルなどのウェブメディアで連載。一般向け講演なども精力的に行っている。著書にシリーズ累計21万部超の「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)、「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)など多数。

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