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子供像は福島第一原発に置こう

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

ヤノベケンジ氏の作品「サン・チャイルド」が福島駅近くの「福島市子どもの夢を育む施設こむこむ館」に設置され、批判を受けて撤去されることとなった件。

福島市、批判浴びた防護服姿の子ども像を撤去へ。作者コメント「対立避けたい」

ハフポスト2018年8月28日

JR福島駅近くに設置された防護服姿の子ども像の展示を、福島市が取りやめることになった。木幡浩市長が8月28日、会見して発表した。(中略)

木幡市長は像について、「災害の教訓の継承、勇気や元気を与えるなどの観点から設置の継続を求める声がある」と理解を示した。

その一方で、「風評への懸念、作品への違和感、設置する場所の問題など設置に反対する声も多く、このように賛否が分かれる作品を『復興の象徴』として、このまま市民の皆様の前に設置し続けることは困難と判断しました」と説明した。

実際、こむこむで行われたアンケートでは110人中75名が「反対もしくは移設を」との意見だったとのこと。

個人的には、設置のニュースを聞いた際、こうした作品を駅前の、多くの人の目に入る場所に設置するのは復興の妨げになる、と感じたので、その意味では「よかった」と思うが、それよりも、多くが市民であろう当該施設の利用者が総意としてこの作品を受け入れなかったという点が当然ながら重要だ。その意味で撤去は妥当だと思う。

そのあたりの機微について、この記事が地元視点でのまとまった論考になっている。

防護服を着た子供像「サン・チャイルド」は、なぜ福島で炎上したのか

現代ビジネス2018年8月25日

2011年の作品ですから、その頃の感覚が強く表現されているのは当然のことです。作者であるヤノベ氏に悪意があったとは、少なくとも私は全く捉えていません。

しかし、人々が日常的な通勤や通学、ショッピングに訪れる福島駅前の、しかも子ども達のための施設の入り口に、突如として現れた6.2mの巨大な「2011年からの使者」に向けられたのは、歓迎の声ばかりではありませんでした。

とはいえ、これで万事めでたしとも思わない。

個人的にこの作品は、「放射能の心配のない世界を迎えた未来の姿」という作者の弁によるコンセプトよりも、放射線に対する(根拠のない、もっとはっきりいえば不必要に過剰で有害な)恐れを表現したもの(特にこの作者がガイガーカウンター付きの放射能防護服に似せて作った作品「アトムスーツ」を着てチェルノブイリで住民と握手して回り彼らを傷つけた当事者であることを考えると)のようにしか思えず好きになれないが、表現の機会を奪うことに関しては可能な限り慎重であるべきだと思うからだ。現代アートは人を不快、不安にさせることを目的とするようなものもたくさんあるわけで、「放射能こわい」は充分アートとなりうるだろう。実際、私は疎くてほとんど知らないがこの方もこの作品も現代アート界では高く評価されているようだし。

とはいえ、この作品は2011年に初めて公開されているが、今回炎上するまで、今回ほど大きな関心を集めてはいなかった。Googleトレンドでみても設置時の検索数は今回の半分程度だ。朝日新聞の記事データベースでみると「サン・チャイルド」の初出は2011年10月22日「太陽の子、照らせ未来 大阪・万博記念公園に巨大モニュメント 【大阪】」で、その後福島空港を中心に開かれた「福島現代美術ビエンナーレ」を含む各地での展示が報じられている。3体つくられたうち1体は大阪府茨木市で常設展示されている、と調べてわかったのだが、自分の当時のツイートをTwilogで探っても2011年以降、今回のことが起きるまでまったく言及していなかった。自分に関しては不勉強、不見識を恥じるしかないが、社会全体としても、今回ほどの関心は呼ばなかったとはいえるのではないか。事故の後はこの種の「放射能こわい」系の「アート」がたくさんあったから、いちいち関心を持たれる状況でもなかったのかもしれない。

Googleトレンドによる「サン・チャイルド」検索動向
Googleトレンドによる「サン・チャイルド」検索動向

つまり問題は時期と場所、というわけだ。上掲現代ビジネスの記事も含め、多くの意見が「作品自体を否定するものではないが『今、あの場所』はよくない」といった意見であるように思われる。作者自身も「展示する場所、時期、方法などによって受け取られ方は変わりますので細心の注意を払うべきでした」としている。

では、今、どこに展示すべきか。もちろんいろいろな意見があるだろうが、ひとつの意見として出してみたい。

今、「サン・チャイルド」を展示すべき場所は、福島第一原発ではないか。敷地内の安全で、かつ目立つところに。

理由はいくつかある。

1 けっこう人が来る

福島第一原発では現在も廃炉作業が続くが、一方で訪問者も増えてきている。

福島第一原発の視察者数、東京五輪までに2万人目指す 東電

AFP2018年2月6日

福島第一原子力発電所を管理する東京電力(TEPCO)は、東京夏季五輪に世界中から注目が集まるのを契機に、津波で激しく損壊した同原発施設への視察者の数を2020年までに倍増し、同地域に対するマイナスのイメージを払拭することを目指している。

2011年の東日本大震災による福島第一原発事故以降、同施設の視察が許されるのは当初、原子力専門家、議員、政府関係者と一部の報道関係者のみに限られていた。しかし、構内の大半で防護服を着用せずに作業できるほど放射線量が下がってきたことを受け、訪問者の数は次第に増えてきている。

現在は「地元住民、大使館員、学校の生徒らの集団見学の申し込みを受け付けているが、個人の申し込みはまだ受け付けていない」(上掲記事)そうだが、作業の進展によって、今後変わることもあるかもしれない。ダークツーリズムということばはそれ自体に対してさまざまな意見があるが、負の要素を持つ施設も観光の対象となりうることはいうまでもない。もちろんこの作品を、作者の意図通り「放射能の心配のない世界を迎えた未来の姿」とみてもよい。胸の「ガイガーカウンター」を本物の線量計にすればなおよいと個人的には思うが、現在の「ゼロ」のままでもよい。

2 風評被害につながらない

というのも、原発敷地内であれば、風評被害を呼ぶことはまずないと思うからだ。そもそも、線量が「ゼロ」(むろん不可能だが)でなければ「安心」できないといった考えの人々や、この作品を見ることで「福島は危険な場所」と勘違いしてしまうような人々が原発を訪れることは非常に考えにくい。仮にそうした人たちが来たとしても、見学に来れば、事故やその後の廃炉作業について詳しい説明を聞く機会があるはずだ。「大勢の人たちが平穏な日常を暮らす福島駅前」では不安や偏見を呼びかねない「防護服」姿も、原発敷地内であれば「ヘルメットを取っても平気」の象徴となる。実際、「廃炉作業が進む福島第一原子力発電所の作業員ですら、防護服を着て作業するエリアは極めて限定的」(上掲現代ビジネス記事)なのだ。

現在は地元の人など一部に限られているとしても、将来的により多くの人が実際に現地を訪れ、実際の状況を見ることは、福島の将来にとってマイナスではないと思う。一般公開すれば、反対派の皆さんが来るかもしれないし、ベルリンのホロコースト記念碑でふざけたセルフィーを撮って批判されるようなインスタ蠅の皆さんが押し寄せるかもしれないが、そういうときにもこの作品を使ってもらえばよい。そもそも股間にGM管?をつけてあるようなふざけた(ほめ言葉)作品の前で少々はっちゃけても問題はあるまいし、それで地元にいくばくかでもカネが落ちるのは悪いことではない。そのために役立つならば、作者のいう「明るい未来」につながる使われ方なのではないか。

3 廃炉に取り組む人たちの意識を高める

アート作品だから美術館に置けばよい、という意見はあちこちで見かける。見たい人だけが見ればよいというわけで、もっともだと思うが、こうした作品であるからこそ、日常的に見てもらいたい人たちがいる。それが廃炉作業に取り組む人たちだ。

廃炉作業は地道で気の長い作業であるだけでなく、悪いイメージがつきまといやすい作業でもある。モチベーションを保つのも大変だろう。事故を起こした東電の責任は否定しようもないが、現場でがんばっている人たちに対しては頭が下がる思いしかない。こうした人たちにとって、この作品を日々見ることは、会社が背負った「負の遺産」を忘れず、それでもより「明るい未来」をめざして日々の努力を続ける動機付けになるのではないか、と想像する。

そう考えるのは、日航の事例を連想するからだ。1985年8月12日に墜落事故で乗客・乗員520人が亡くなった日航は、2006年に開設した「安全啓発センター」で、事故に至る過程を解説したパネルや映像資料とともに、機体の残骸、乗客・乗務員の遺品を展示している。

日本航空 安全啓発センター

事故の教訓を風化させてはならないという思いと、安全運航の重要性を再確認する場として、私たちは安全啓発センターを2006年4月24日に開設しました。

JALグループでは、この安全啓発センターを「安全の礎」とし、すべてのグループ社員がお客さまの尊い命と財産をお預かりしている重みを忘れることなく、社会に信頼いただける安全な運航を提供していくための原点としていきます。

日航機事故から33年、経験社員5%に 事故後入社の赤坂社長「新入社員に近い体験重要」

エアライン 2018年8月12日

JALによると、事故後に入社した社員は全体の95%にのぼる。植木義晴会長ら事故当時を知る経営陣や社員は5%になった。JALの新入社員は御巣鷹山に登り、事故機の残骸などの資料を展示した社内の安全啓発センターを見学している。

「日本航空の社員にとって、事故の時にいたか、事故後に入社したかは関係ないと思う。今の新入社員のように、事故後に生まれた社員がものすごく増えている。(御巣鷹山登山やセンターの見学は)実際の体験ではないが、なるべく近い体験を新入社員に与えていくことが非常に重要だと思う」と赤坂社長は述べ、事故から30年以上が経過した中で、風化を防いでいきたいという。

東電も、あと20年もすれば事故後入社の社員が多数を占めるようになるだろう。もちろん原発事故の社会的影響は飛行機の墜落事故よりはるかに大きいし、廃炉作業はその時点でも続いているはずだから、事故自体は忘れようもないだろうが、事故当時の世論や社会の風潮を感じ取ることはより難しくなるだろう。その意味で、「2011年からの使者」を常に近くに置くことは、記憶の風化を防ぎ、廃炉作業に取り組む人たちに、自らの仕事の重要性の意識とその先に開かれる「明るい未来」へのモチベーションをもたらすだけでなく、企業としての東電が、事故と、また事故によって地元の方々が被った途方もない風評被害と向き合っていく姿勢を示す効果を持つのではないか。

4 関係者が少ない

公共の場所に置くとなれば、当然、それにふさわしいものかどうかの議論が起きやすい。今回の一件はそれが表面化したケースといえる。一方、原発の敷地内であれば、設置の可否は東電と所有者で決められる。駅前から撤去された作品は解体され当面どこかで保管されるそうだが、人の目に触れない場所で朽ちていくのを待つのももったいない。

というわけで、まあ部外者の一個人としての考えではあるが、東電や県の方々、そして作者の方、もしご賛同いただけるようであればぜひ。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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