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頑張れ泰明小学校(の子供達)

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

昨今話題になっているこの件、なかなか面白いニュースである。

公立小「アルマーニデザインの標準服」を導入 校長の独断、全部で9万、親から批判も

ハフポスト2018年2月8日

子どもが入学を予定している区立泰明小学校(和田利次校長)では、今春入学する1年生から、新しい標準服(制服)に切り替える。イタリアの高級ブランド「アルマーニ」に依頼してデザインを監修してもらったものだ。

洗い替えのシャツまでそろえると、全部で9万円だった。学校の説明によると、いまの標準服は、上着、長袖シャツ、ズボン、帽子をそろえて男子で1万7755円、女子で1万9277円。夏服が加わったこともあり、洗替えの価格を加えても、3倍以上の値上がりとみられる。

いやなかなかのものである。小学校、しかも区立でなぜ、と思うのはまあ自然で、払えない人はどうするんだとか決めた過程が不透明だ(本件は校長がほぼ独断で決めた由)とか、批判が強いようだ。

そうなるとつい悪乗り回路が働き始めてしまう。ここはひとつ、泰明小学校(の子どもたち)を「応援」してみようではないか。

東京の方はご存じかと思うが、泰明小学校は銀座5丁目にある。いわゆるみゆき通りに面していて、帝国ホテルがすぐそば、校舎も関東大震災後の復興時に建てられた歴史あるもので、東京都の歴史的建造物にも指定されている、なかなかしゃれたデザインのものだ。

一般に東京23区の区立小学校は当該地域に住む子供たちが通うものだが、泰明小学校はややちがう。上掲記事を引用すると、

同小学校は、中央区の「特認校」の一つだ。銀座5丁目という繁華街の一角に校舎があり、今年で140周年を迎える。本来なら、公立学校は指定された通学区域に住む子どもが通うが、商業地域で住んでいる子どもが少ないなどの事情がある「特認校」は、区内全域から児童を受け入れている。

すなわち、ここに子どもを通わせている親の多くは、わざわざここを選んで通わせているのであろうということだ。実際、入学希望者が多くて毎年抽選になっているらしい。

件の校長の説明も報じられている。実にアレなのでぜひリンク先で原文をお読みいただきたいのだが、一番おいしいあたりを少しだけ抜粋しておく。

なぜアルマーニ監修の標準服に? 泰明小校長は、こう保護者に説明した(全文)

ハフポスト2018年02月08日

泰明小学校という学び舎の気高さ。この伝統ある、そして気品ある空間・集団への凝集性とか、帰属意識とか、誇りとか、泰明小学校が醸し出す「美しさ」は保っていかなければと、緊張感をもって学校経営してきました。

しかし、私が泰明小学校の在るべき姿としての思い描いていることとはかけ離れた様子、事実があることも否めません。なぜ、本校を選択されたのですかと問い返したいと思う出来事や対応が多いこと、これが泰明の実態だったのでしょうかと、学校を管理する者として思い悩むこともしばしばです。

今、泰明小学校は、どこか、どれかのスイッチを押さなければそのよさが失われてしまう、そういう時です。ビジュアルアイデンティティーという概念があります。

標準服もその要因の一つであります。視覚的な同一性と申し上げたらよいでしょうか。泰明の標準服を身に付けているという潜在意識が、学校集団への同一性を育み、この集団がよい集団であって欲しい、よりよい自分であるためによい集団にしなければならない、というスクールアイデンティティーに昇華していくのだと考えます。

ブランドに拘ったり、志向したりしているわけではありませんが、泰明小学校も銀座のランドマーク、銀座ブランドであります。〔学校には当てはまらない言葉かも知れませんが〕街の歴史とともに存在するある種のトラディショナルブランドであります。

銀座の街のブランドと泰明ブランドが合わさったときに、もしかしたら、潜在意識として、学校と子供らと、街が一体化するのではないかと、また銀座にある学校らしさも生まれるのではないかと考え、アルマーニ社のデザインによる標準服への移行を決めました。

いやすごいね。「服育」なんてことばは初めて聞いた。スクールアイデンティティが銀座ブランドときたもんだ。まあ確かに銀座というのは特殊な土地柄だし、校長としてはそういう面を大きく打ち出したいんだろう。端的にいえば、そういう学校側の方針を理解する家庭の子どもを受け入れたい、そうでない人はどこかよそへ行ってくれ、という話かと思う。

その意気やよし、ではないか。区立小学校とはいえ、もとより地元の子どもは多くない。他に選択肢はいくつもある。個人的にいい方向とは思わないが、特定の学校において、そういう考え方がありえないとまでは思えない。それに、言っちゃなんだが身の丈に合わない海外高級ブランドをこれ見よがしに持ち歩く薄っぺらい人々は、麻布の公務員住宅育ちでバブル期に社会人となった私にとって確かに、「銀座」のイメージを形作る一側面ではある。

そこまでいうなら、ぜひとも徹底的に「振り切って」いただきたい。思い切りバブリーに、ゴリゴリに成金趣味を徹底しよう。

「アルマーニ社は銀座に本社を構える海外ブランドの一つ」だから採用したのだという。ならばランドセルは当然、銀座に旗艦店を構えるルイ・ヴィトンかシャネルでいきたい。「銀座ブランド」のランドセルで「鞄育」、大変結構ではないか。校章はカルティエあたりで作らせるといいね。ブランドがかち合う悪趣味なんぞ気にすることはない。通学はどんな短距離でも車で送迎必須。「車育」は銀座キッズの基本だ。京橋にベンツのヤナセ、新橋にポルシェがあるから、車はそのどちらか限定としたい。もっと高い車はいくらもあるだろうが、ここは「銀座ブランド」にこだわるべきだ。どうせ車なんか4、5台持ってるんだろうし、持ってなければ送迎専用に買えばよい。

「食育」も当然、銀座ブランドで。給食はやはり洋は『レカン』、和は『すきやばし次郎』、中なら『飛雁閣』などから日替わりで料理人に来てもらう。最近の小学校だと洋食のマナーとかも教えるようだが、銀座キッズにとってはそんなものは日常のうちだ。

自家用ヘリを持っている家も多いだろう。ペニンシュラの屋上にヘリポートがあるそうだから、遠足はそこから各自のヘリで八丈島に現地集合、なんてのもできよう。一流の子どもにふさわしい「旅育」を。

・・・閑話休題。

校長の方針に対して「子どものことを考えていない」という批判があるが、校長はもちろん考えているだろう。考えた結果がこれ、というわけで、その適否はともかく、「考えていない」わけではないはずだ。「子どものことを考えろ」というなら、そもそもなぜ自分の住む地域でなくこの小学校に通わせたいのかという点、そもそもなぜ子ども自体少ないこの地域に小学校を維持しようとするのかという点も併せて考えるべきだろう。「銀座ブランド」を欲しているのは一体誰なのか。

実際のところ、子どもたちはどんな制服だろうが気にしないのではないか。銀座ブランド糞くらえとばかりにアルマーニの制服を泥だらけに汚して遊びまわる子どもたち、「学校集団の同一性?何それおいしいの」とばかりにアルマーニの制服をどれだけ崩して着られるかを競う子どもたち。校長が天を仰いで絶望するような子どもたちがどんどん出てきてくれるといい。がんばれ子どもたち。大人たちのくだらない見栄に負けるな。

※追記

「銀座ブランド」を小学生に、ということで私がまっさきに思い浮かべるのは、たとえば制服なら壹番館、帽子はトラヤ、鞄はタニザワ、みたいな路線。そういう方がバブル臭漂う海外ブランドよりよほど本来の銀座っぽくてかっこいいと思うがね。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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