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ならば便乗値上げも禁止したらいい

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

来年4月に予定される消費税率引き上げに関連して、政府が「消費税還元セール」を禁止する法律を作ろうとしている、と報じられて話題を呼んでいる。3月の閣議決定を経て、正式に「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法案」として国会に提出された

消費税転嫁対策法案を閣議決定 還元セール禁止 悩む小売業

(産経新聞2013年3月22日)

政府は22日、消費税率の引き上げの際に、企業が増税分を商品やサービス価格に円滑に転嫁できるようにする特別措置法案を閣議決定した。

気持ちはわからなくもないが、なんとも筋悪な話だと思う。

この法案の意図は、大手を中心とする小売業者が「消費税還元セール」などとうたって、増税分を上乗せしないで価格を据え置いたり安売りしたりすることによって周囲の中小事業者が競争上不利になったり、また大手小売業者が価格据え置きのために仕入れ業者に値下げを迫ったりするといった行為を防ごうというものだろう。確かに、1997年に消費税率が3%から5%に引き上げられた際には、大手スーパー等が増税分を値引きする「消費税還元セール」を行った。それでなくても大手に押され気味の中小事業者としては、今度も同じことをされてはかなわんというわけだ。

とはいえ、当然ながらこれは事業者の手足を縛るものでもあるから、反発も出る。

消費税還元セール「禁止」案を猛批判 ユニクロやイオン

(朝日新聞2013年4月12日)

【志村亮】来年4月の消費増税を進めるため、安倍内閣が小売業者の「消費税還元セール」を取り締まる法案を閣議決定したことに対し、11日、小売業界から批判の声があがった。スーパーや洋服店などが自由に価格を決めたりセールをしたりするのを政府が規制するのはおかしいという主張だ。

特に、「消費税」ということばを使わなくても還元セールと思われるものはだめ、といったあいまいな判断を持ちだしたから、さらに混乱は広がった。

「消費税」文言なしでも禁止対象に

(NHK2013年4月23日)

いわゆる「消費税還元セール」の禁止を盛り込んだ法案を巡って、政府は、売る側が「消費税」という文言を使わなくても、消費税と関連づけた値引きと判断されれば、禁止の対象になるという認識を示し、今後、小売業界の反発も予想されます。

さすがにこれはまずいということだろうか、「火消し」にかかる方向も出始めている。概ね穏当な路線に落ち着きそうといえばそうなんだが、だとすればわざわざ新しい法律を作る必要はあるのかという話のような気もする。

「消費税」なければ原則容認=還元セール禁止で-麻生財務相

(時事通信2013年4月26日)

麻生太郎財務相は26日の閣議後記者会見で、消費税転嫁対策特別措置法案に盛り込まれた「消費税還元セール」禁止規定に関し、「『消費税』『税』などの表現を使わなければ、広告全体の状況から誰が見ても消費税を意味すると明らかな場合でない限りは禁止されない」と語った。

そもそも独占禁止法で不当廉売やら再販売価格拘束、優越的地位の濫用などは既に禁止されてるわけで、その例外の運用なんかも含めて法の枠内、公取委の権限内である程度のことができるようになっているはずだ。もちろん下請法だってあるし景表法だってある。「要請」だったら別に法に基づく必要はなかろう。規制が実効性あるものとなるように公取委の人員をドカンと増やす話とかいうならまだわかるが、なんでわざわざ新たに法律を作らなきゃいかんのか、正直よくわからない。

まあ、この件は現政権がスタートする前からいわれていたことだし(つまり政治家がわけもわからずにゴリ押ししたものではないということだ)、現政権ばかりを責めても始まらない。とはいえ、もしそうなら、わざわざ法律を作るんだから、ぜひ、消費税率引き上げに伴う便乗値上げを禁止する条項も追加して設けていただきたいところだ。消費税率引き上げとなれば、カルテルがなくても便乗値上げは起きうる。

実際、消費税導入時には、便乗値上げがあちこちで行われ、問題になったという記憶がある。97年の税率引き上げ時も、転嫁の問題と併せて、便乗値上げの問題は指摘されていた。今回も、消費税の円滑かつ適正な転嫁等に関する対策推進本部が昨年10月に決定した「消費税の円滑かつ適正な転嫁・価格表示に関する対策の基本的な方針」をみると、一応、便乗値上げ対策として、公取委が独禁法を厳正に運用する、みたいなことが書いてある。せっかく(筋悪な)転嫁禁止を法律化するんだから、この機会に(同じく筋悪な)便乗値上げ禁止も明文化したらいい。

消費税率引き上げ分の3%はまあしかたがない。それにデフレ脱却を謳い、年率2%程度のインフレ達成をめざす政権なんだからその分も上乗せすることにすれば、5%ぐらいはいいとしよう。だがそれ以上の値上げは厳しく取り締まっていただきたい。当然、その対象は大企業だけじゃなくて中小企業も含む必要があるし、卸売も小売も関係ない。ガンガン社名を公表したらいいと思う。

そんな法律で実効性があるかって?実際にはたいした効果は期待できないと思うが、法律で決まっていれば、まったく何の影響もないというほどでもなかろう。そんなもんだと思う。そしてそれは、転嫁禁止法案についても同じだ。消費税やその税率引き上げ分を転嫁するかどうかといった点以外にも、事業者には考えること、やれることが山ほどある。

税率が上がっても市況からみて値上げをすべきでないと考えればそうするし、そのためには仕入れ業者に無理難題をいうだけでなく、商品の量やパッケージ、広告宣伝や販売ルート、その他さまざまな部分を調整するだろう。この機会に値上げをしようと思った場合も同様だ。「増税分は何の工夫もなく丸ごとそのまま転嫁するのが基本」なんて考えるのは政治家やお役人の発想としかいいようがない。

そしてそうした事業者の対応は、健全な競争環境の下で行われるべきなのであって、そこに政府が人為的に介入しようとするのは、よほどのことでなければ慎むべきだろう。実際、97年の「還元セール」は、スーパー業界に特需をもたらした。私にはむしろ、今回のような政府の「おせっかい」が企業の創意工夫を阻害し、景気の足を引っ張ることの方が懸念される。

ちょっと前、安倍首相が経済界に労働者の賃金を引き上げるよう要請した際、そうする法的義務はなかったにもかかわらず、「大手」小売り各社はそれに応えた。転嫁禁止法案に反対したイオンも若手社員に手厚い賃上げを決めている。今回も、法規制でなく首相からの「要請」で対応してみてはどうだろうか。都合のいいところだけ「信頼」に訴えるみたいなやり方はあまり誠実な態度には見えない。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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