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東証を日光江戸村にしたらいい

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

新年の仕事始めの時期の風物詩の1つとして、東京証券取引所の大発会の模様がよく伝えられる。特に今年は、1月1日付で大阪証券取引所は合併して持株会社「日本取引所グループ(JPX)」が発足という記念すべき年だった。安倍政権誕生で株高への期待もあるんだろうが、いつもより華やいだ雰囲気になったようだ。

東証上昇スタート 大発会 日本取引所船出」(東京新聞2013年1月4日)

今年最初の取引となる大発会を迎えた四日の東京株式市場は、東京外国為替市場の円相場が約二年五カ月ぶりの円安水準となったことなどを好感し、日経平均株価(225種)は大幅に上昇。上げ幅は一時、前年末比で三〇〇円を超え、一万〇七〇〇円台を付けた。取引時間中としては東日本大震災前の二〇一一年三月四日以来、約一年十カ月ぶりの高値水準となった。

で、この大発会の「名物」的存在になっているのが、晴れ着姿の女性たちだ。

詳しくは知らないが、確か職員だったと思う(外部の人もいる、という情報もあったが未確認)。いわゆる「華を添える」演出の1つではあるんだろうが、一方で、女性職員に着物着用を強制するのは男女差別ではないか、という意見も昔からある。で、最近も論争が起きたようだ。

大発会で女性職員が晴れ着を着るのは差別」(Togetter)

こうした主張自体にそれほど違和感はない。まあ常識的に考えればそうなる。とはいえ、ここで晴れ着の女性を出してることの意図というのを考えると、もう少し別の考え方があるのではないか、と思った。もちろん「前向き」に、だ(ここで悪乗り回路起動)。ツイッターでいろいろアイデアもいただいたので、それらをまとめて書いてみる。

記憶をたどると、20年ちょっと前ぐらいまでは、新年の仕事始めの日に女性、特に未婚の若い女性たちが振袖などの着物を着てくる、というのは、どのくらい一般的だったかは知らないが、それほど珍しくもない習慣だったように思う。少なくとも私が当時いた職場ではそうだった。それがだんだん消えていったのはいつごろのことだろう、と考えると、おそらく1990年ごろが境目になったのではないだろうか。

つまり、「仕事始め」という習慣だ。もちろん職場によってちがうんだろうが、自分がいた職場では、当時、新年の最初の営業日は、実際には仕事をしなかった。職場で互いに挨拶をして、あちこちからの挨拶回りを受けて、職場のみんなで食事をして酒を飲む。もちろん職場でだ。元日に親戚の家へ挨拶回りに行くような感じのことを、職場でやっていたということになる。

そういった場に、職場の未婚の若い女性社員は振袖を着てきていた。彼女らがいやいやそうしていたのかどうかはわからないが、全員がいやいやだったとは正直思えない。実際、振袖を着る数少ない機会ではあったから、自分の意志で着ていた人も少なからずいただろう。少なくとも私がいた職場では、若い未婚女性社員の全員がそうしていたわけではなかったから、上司に「強制」されたというようなこともなかったと思う。

もちろん、当時の女性職員たちの置かれた職場環境(当時はまだ均等法が施行されてそれほどたっていなかったから、職場のほとんどの女性職員は「女性社員」として入社した人たちだった)や、社会の風潮(女性職員は男性職員の花嫁候補、みたいなことを言う人もまだふつうにいた)などから、そうすることを暗黙裡に望まれて事実上そうせざるを得なかった面もあっただろうことは否定できない。

そういう習慣は、当然ながら、新年の初日は仕事をしないということによって可能となっていた。だから、バブルが崩壊して余裕もなくなって、新年初日からふつうに仕事をするようになると、振袖を着る習慣はなくなった(もちろん、バブル崩壊がなくても、均等法が行き渡れば早晩消滅する運命だったろう)。想像だが、日本企業で同様の習慣があったところの多くも、似たような推移をたどったのではないかと思う。今はもうほとんどないのではないか。

その意味で東証は、数少ない例外ということになるが、ではなぜ残ったのだろうか。これも想像だが、やはり株取引の場、という要素が大きいのだろう。あの業界では験を担いだり迷信を信じたりする人も多い(ちなみに東証の近くには兜町という地名の元になった兜神社があって今でも業界関係者が参拝するらしい)し、何より景気がよさそうな雰囲気を重んずる(なにせ景気の「気」は気持ちの「気」、などというし)。

「晴れ着の女性」はまさにそうした、この先株価が上がりそうな縁起のいいイメージ、あるいは景気のよさそうなイメージの象徴というわけだ。実際、大発会を伝える報道では、晴れ着の女性の姿を映像で伝えるのがお約束となっている。となると、いちがいに否定するのもどうかという意見が出てくるのも、是非はともかく意図は理解できる。

問題は、男女で差があるということだろう。着物だって私物(もしくは自分で借りたもの)なんだろうし。

しかし待て。女性の晴れ着姿が「景気のいいイメージ」だというのはいいとして、では男性の晴れ着姿は「景気のいいイメージ」ではないのだろうか。

否。断じて、そんなことはない。

であれば、答えは簡単だ。

男女とも、和服を着ればいいのだ。職務として。

仕事の際、それにふさわしい服装をすることはビジネスピープルの基本であろう。証券取引所職員にとって株式取引が活性化することは、職務に沿ったものであるはずだ。何をためらうことがあろうか。男女とも着ればいいのだ。制服のある職場などどこにでもある。たまたまそれが和服であるだけの話だ。

仕事着なのだから、当然、会社が買って制服として支給するとよい。それなら、正月に限った話でもなかろう。それで景気がよくなるなら1年中着ればいい。実際、明治初期は和服姿で取引をやっていたと東証のウェブサイトにも出ている。毎日大発会気分でご祝儀相場。めでたいではないか。もちろん、全員である必要はない。見学者の目に触れる場所にいる人や経営陣とかだけでもいいとは思うが、やはりここはみんなで着た方が気分も盛り上がるというものだろう。

女性がきらびやかな振袖であるとすれば、男性はやはり紋付袴ということになるんだろうか。それでは少しもったいない。ここは一番、甲冑も勇ましい武者姿にしてはどうか。株取引は「戦い」なんだし。社長は兜の緒をきりりと締め、勇ましい鎧を身につけた武将スタイルで軍配を手に、なんてスタイルがよろしいかと思う。

女性はお姫様スタイルで華やかにいくもよし、袴姿に凛々しいたすきがけでいくもよし。もっと「戦いの場」にふさわしい格好ということなら、今年の大河ドラマにちなんでこんな感じもアリかもしれない。

いいではないか。勇ましいではないか。株価も上がりそうではないか。

そこまでやれば、東証は外国人向けの観光スポットとして大きな飛躍を遂げることとなるだろう。もちろん今でも観光スポットではあるんだろうが、立会場で実際に取引をしているわけではないので、正直な話、見学してもあんまり面白くない。しかし、いつ行っても着物の男女が働いてるとなれば話は別だ。せっかくだから、外国人向けに晴れ着で、昔の立会場での取引とかもやってみせればいい。どうせ今はほぼ空いてる場所なのだ。もちろん、これなら日本人の見学者の皆さんも大満足だろう。観光需要が盛り上がれば株価にも反映する(我ながら乱暴な理屈だ)だろうから、東証としても取り組む価値はあろう(強引に)。

景気づけなら、ついでにもう少し派手にしよう。取引開始の合図は、戦闘開始というわけで、やはり法螺貝しかない。株価が上がれば和太鼓をドンドコ打ち鳴らして雰囲気を盛り上げ、株価が下がれば半鐘をカンカン打ち鳴らして火消しが纏を振る(なんか時代がごっちゃになってきた)。今は電子取引だから、なんて言っていてはもったいない。立会場での取引の再現が難しいなら、我が国が誇るデジタル技術で、ホログラムで場立ちの皆さんを投影するのだ。当然、株価の動向をリアルタイムで反映する。ときどき忍者姿の職員が走り抜けたりすれば、観光客の皆さんも大喜びで大喝采まちがいなしだ。

なんだか日光江戸村みたいな感じだが、むしろ日光江戸村でいいのかもしれない。兜町は日本橋にも近いし、周囲はどことなく古めかしい雰囲気が漂っていたりもする(江戸時代っていうより昭和だけど)。ついでだから、見学に来られた外国人観光客の皆さんには、東証のすぐ近くを流れる日本橋川から屋形船を出して、舟遊びも楽しんでいただけるようにするといい。そのまま両国やら浅草やらまで行くのも簡単だ。

東証がここまでやってくれたら、兜町界隈の証券会社の皆さんもぜひ一枚乗っていただきたい。みんな着物を制服にして、兜町全体をさながら江戸の街のようにしてしまう。そこらじゅうに和服の人たちが歩いていれば、これはもう一大観光スポットだ。東証前の広場っぽくなっているあたりでは江戸風の大道芸なんかもやったらいいと思う。二八そばの屋台とかもあったらいいなあ。

そうなったら、晴れて経営統合した大証も負けてはいられまい。こちらはなんといっても世界初の先物市場だった堂島米会所の伝統を継ぐ由緒正しい市場だ。ぜひ皆さんそろって町人姿で取引に励んでいただきたい。女性の皆様は町娘とかまあその線で。

というわけで、男女差別問題も日本経済の活性化も一網打尽に片付ける世紀の妙案(棒読み)だと自画自賛しつつ、そろそろネタも尽きたのでこのあたりで撤収。おあとがよろしいようで。

※あらかじめ追記

まじめな話、東証のあの振袖姿の女性たちが、大発会のために雇ったコンパニオンだというのであれば、何も問題はないと思う。モーターショーで車の横に立っているコンパニオンのお姉さんたちと同じ扱いだ。あるいは、女性職員として採用の際に、あれを正式の職務とする前提でやっていれば、それもアリだとは思う(そもそもあれをやりたくて入社した人もいるかもしれない)。会社の受付にはたいてい女性が座っているのとさして変わらない話だろうし。しかしそうでない場合、いかに「華を添える」必要があるとしても、今の世の中からすれば疑問の声が上がるのは無理もないと思う。東証としては、もし説明できる事情があるなら、そのあたりはっきりさせておいた方がいいのではないだろうか。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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