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ネットメディアの業界団体が「自殺報道への考え方」を公表 元毎日新聞・編集編成局長の小川一さんに聞く

山寺香一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」広報室長
インタビューに応える小川一さん(撮影 八木沼卓)

近年、有名人などの自殺がセンセーショナルに報じられた後に自殺者が増加する現象が相次いで報告され、メディア各社ではそれを防ぐための取り組みが行われはじめている。ネットメディア61媒体で作る一般社団法人「インターネットメディア協会(JIMA)」は2023年9月、自殺報道の方向性を示した「自殺報道についての考え方」を公表した。業界団体としてのこうした動きは、まだ珍しい。協会内で議論を提起し取りまとめ役を担った同協会元理事の小川一さんは、毎日新聞で社会部長や編集編成局長などを務め、退職後の2022年4月からNPO法人自殺対策支援センターライフリンクで広報を担当する異色の経歴を持つ。小川さんに、JIMAの取り組みとその意義、そして小川さん自身の自殺報道への考え方の大きな変化などについて聞いた。

一般社団法人「インターネットメディア協会(JIMA)」とは?              インターネットメディア事業や関連事業を行う法人または媒体が集まり、組織している団体。メディアやプラットフォームが生活者(インターネットユーザー)にとって、より信頼される存在になることを目的に様々な活動を行っている(JIMAのホームページより抜粋)。ネット専門のメディアの他、大手新聞社やテレビ局、出版社のデジタル部門(媒体)、プラットフォームなどが幅広く参加している。

新聞社を退職後、自殺対策のNPOで働くようになったのはなぜですか?

毎日新聞を退職して間もなく、大阪市のクリニックでの放火殺人事件が起きました。事件を起こしたのは私と同世代の男で、多くの他者を巻き込んで自らも死亡したことから「拡大自殺」とも報じられました。社会的に孤立していたことが動機の一つと知って、衝撃を受けました。「今後すごい数の孤独・孤立が社会を覆い、それが牙をむいて社会を襲うのではないか」という危機感を強く覚えました。

同世代の孤独・孤立をなくす活動に携わりたいと思っていたところ、X(旧Twitter)を見たらライフリンクの求人ツイートが目に飛び込んできて、すぐに応募しました。

その後の2022年6月、JIMAで自殺報道について考えるプロジェクトを立ち上げられました。自殺報道には、新聞社時代から関心があったのですか?

そういうわけではありませんでした。2008年から1年間、毎日新聞で社会部長を務めました。その間に、当時国の自殺対策を担当していた内閣府の担当室の方が二人、WHO作成の自殺報道に関するメディアガイドラインの翻訳を持って訪ねて来られました。1時間ほど話を聞きましたが、政府機関がメディアの報道に注文をつけることに違和感もありました。今考えるとお恥ずかしい話ですが、当時は事件報道が犯罪被害者に配慮した方向に変化してきていたものの、自殺に関する報道に配慮するという空気はまだ強くありませんでした。

小川さんの自殺報道に対する考えは、どのように変化したのですか?

2022年4月にライフリンクに入職した後のことです。自殺対策の現場から見たメディア報道は、メディアの内部にいた時とは全く違って見えました。同年5月に有名男性タレントが亡くなった際、「自殺をセンセーショナルに報じないこと」と記されたWHO自殺報道ガイドラインを逸脱し、現場から中継する放送を見て驚きました。

また同じ頃、あるテレビ局が生徒の自殺事案について報じた際、生徒が死に至るまでの足取りを克明に再現したVTRを放送していたことにも驚きました。報じる側はまじめに熱心に取材した結果でしょうから、なおさら衝撃を受けました。「センセーショナルな報道の影響で自殺者が増加することを、知らないことの罪」「まじめさゆえの悲劇」を痛感し、かつてメディアにいた人間として「動かなければ」と思いました。

JIMAでの自殺報道に関する取り組みについて、教えてください。

2022年6月にネット、テレビ、新聞の8媒体の有志からなる「自殺報道を考えるプロジェクト」を立ち上げて議論を重ねて、2023年9月に「自殺報道についての考え方」を公表しました。メディアに向けたいわゆる報道ガイドラインとは趣旨が異なり、報道のあり方について、メディアに具体的な要請をするものではありません。メディアだけでなく、プラットフォーム、ネットユーザーなどすべての発信者と議論を深めていくためのたたき台と考えています。

(*筆者注)                             「自殺報道についての考え方」では、自殺をセンセーショナルに報じることで自殺者数の増加が起こることは世界各国の100以上の研究で実証されていることを冒頭で確認し、「この認識の共有が、議論と実践の出発点になります」と記している。
次に、「報道にあたってのチェックポイント」では、有名人の自殺報道がセンセーショナルになりがちな背景として「かつて報道によるメディアの数字の競争は、テレビの視聴率競争、雑誌の部数競争を意味していました。しかし、現在はネットのページビュー数の競争が加わり、新聞社、テレビ局、出版社など既存メディアをはじめ、ネット専門のメディア、SNS、個人ブログに至るまであらゆる媒体が参戦する激しい競争が繰り広げられています」と説明。
こうした中で、自殺報道で留意すべきポイントとして「(1)速報を流す」「(2)現場リポート」「(3)過去のコンテンツを繰り返し流す」「(4)独自報道の競争と後追い報道」を挙げるなど、メディア側の視点や経験に基づいてまとめられているのが特徴だ。                    

「ガイドライン」ではなく「考え方」としたのは、どうしてですか?

私が協会内で自殺報道に関する議論を提起したのは、自殺対策のNPOに入職して間もない時期でした。2022年5月に亡くなった有名男性タレントに関する報道について、教育の専門家や視聴者から批判の声が上がっていました。そのため、JIMAの会員からは肯定的な声があった一方で、「メディアがメディアを縛るものをなぜ作るのか?」といった意見もありました。長くメディアにいた人間として、「報道の自由」の観点からよく理解できるものでした。

しかし、メディアが自殺報道について考えていないわけではありません。JIMAがメディアの責任者、記者を対象に実施したアンケート調査では、約9割が自殺報道に際して「悩んでいる」と回答したのです。

そこで内部で議論を重ね、ルールを課すのではなく、「考え方」として方向性を示すこととしました。会員社に順守を義務付けるものではなく、「考え方」の公開を機に、勉強会を開くなどして議論を深めるきっかけにできればと考えました。ネットを取り巻く状況は刻々と変化するため、そうした動きに対応して随時アップデートしていけるような柔軟なものです。会員社では、これをきっかけに初めて自殺報道に関する社内勉強会を開いた社もあります。

ネット上でのニュースの拡散力・影響力は非常に大きく、センセーショナルな自殺報道の拡散が課題となっています。

毎日新聞時代にはデジタル担当の取締役を務め、JIMAの理事でもありました。有名人の訃報記事はよく読まれるので、PV(ページビュー)数を稼ぐために、小出しにして繰り返し報じがちになる空気を肌感覚で知っています。

メディアの経営環境が厳しいことがそうした流れにつながっているのですが、一方で、これはあらゆるメディアにある現代的な罪であり「流れを止めなければ」という思いもありました。しかし、競争が激化する環境の中で、自浄作用として一社で自殺報道への対応を強化するのは難しいところがあります。協会としての姿勢を打ち出し、業界に一石を投じることには意味があると考えています。

メディアの自殺報道は、どのように変わるとよいと思いますか?

競う方向が、センセーショナルさではなく、寄り添う方向に変わったらよいと思っています。WHO自殺報道ガイドラインは、センセーショナルな自殺報道の後に自殺者数が増加する「ウェルテル効果」とは逆に、「死にたい」「消えたい」気持ちを抱えながらも生きている人の体験談を伝えることなどが自殺を抑止する「パパゲーノ効果」を紹介しています。センセーショナルに報じることがもたらす影響を強く認識し、報道が生きる力を生み出せる可能性を知ること。その両輪で進めることが大切だと考えています。

私が社会部記者だった頃は、犯罪被害者の属性や被害の詳細が克明に報道されている時代でした。しかし、今はメディア内で被害者に寄り添う姿勢が広く共有され、報道は変化しました。自殺報道についても、メディアの内部から「当然こうだよね」という意識が共有され浸透していくことで、変化していけばよいと思っています。こうした動きが、メディアへの信頼を高めることにもつながるのではないでしょうか。

小川 一(おがわ はじめ)
1958年生まれ。京都市出身。1981年毎日新聞社入社、社会部長、編集編成局長、取締役などを経て現在は客員編集委員。一般社団法人インターネットメディア協会・元理事、同協会自殺報道プロジェクトチームメンバー。2022年4月、自殺対策のNPO法人ライフリンクに入職、広報担当。他に成城大学非常勤講師、日本ファクトチェックセンター運営委員などを務める。

ウェルテル効果とは?                               メディアが有名人などの自殺をセンセーショナルに報じた後、自殺者数が増える現象。 1774 年にゲーテが出版した 『 若きウェルテルの悩み 』に由来する。主人公のウェルテルは愛が実らず失意に陥り自殺することになるが、その後、ヨーロッパ各地でこの本を読み影響を受けた若者が、ウェルテルと同じ方法で相次いで自殺する現象が起きた。

パパゲーノ効果とは?                         メディア報道が自殺を抑止する現象。モーツァルトのオペラ『 魔笛 』の登場人物であるパパゲーノにちなみ、名付けられた。 オペラの中でパパゲーノは、愛する恋人を失った喪失感や絶望により自殺を決意するが、あることをきっかけに自殺を思いとどまる。厳しい境遇で死にたい気持ちを抱えた人が、その危機を乗り越える(肯定的に対処した)物語を伝えることは、自殺を抑制する効果があるとされている。

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◆記事を読んでつらい気持ちになったら。気持ちを落ち着ける方法や相談窓口などを紹介しています。

「こころのオンライン避難所」https://jscp.or.jp/lp/selfcare/

            いのち支える自殺対策推進センター(イラスト・ 村本咲)
            いのち支える自殺対策推進センター(イラスト・ 村本咲)

◆つらい気持ちを相談できる場所があります。

<電話やSNSによる相談窓口>

・#いのちSOS(電話相談)https://www.lifelink.or.jp/inochisos/

・チャイルドライン(電話相談など)https://childline.or.jp/index.html

・生きづらびっと(SNS相談)https://yorisoi-chat.jp/

・あなたのいばしょ(SNS相談)https://talkme.jp/

・こころのほっとチャット(SNS相談)https://www.npo-tms.or.jp/service/sns.html

・10代20代の女の子専用LINE(SNS相談)https://page.line.me/ahl0608p?openQrModal=true

<相談窓口をまとめたページ>

・厚生労働省 まもろうよこころ https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/

一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」広報室長

厚生労働大臣指定法人・一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)」広報室長として、自殺問題・自殺対策について広く知っていただくための情報発信に取り組む。元新聞記者。2003年に毎日新聞社入社、仙台支局、東京本社・夕刊編集部、同・生活報道部、さいたま支局、東京本社・くらし医療部にて自殺対策や子どもの貧困問題、児童虐待問題などを取材。2021年3月に退職し、同4月より現職。著書に、少年事件の背景にあった貧困・虐待問題に迫ったノンフィクション「誰もボクを見ていない~なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか~」(ポプラ文庫)。

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