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精神科医・張賢徳×自殺対策実務家・清水康之 自殺対策は新ステージ「本丸」へ 今後求められることとは?

山寺香一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」広報室長
精神科医の張賢徳さん(左)とJSCPの清水康之代表理事(右)=撮影、八木沼卓

精神科医であり日本自殺予防学会理事長の張賢徳さんは、医学生の時に友の死に直面したのをきっかけに自殺研究の道に入り、主に精神医学の立場から自殺予防を訴え続けてきた。一方、一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)の清水康之代表理事(NPO法人自殺対策支援センターライフリンク代表を兼務)は、「自殺は社会の問題」と訴え、自殺を減らすために社会資源を総動員する取り組みに奔走してきた。それぞれ異なる立場から自殺の予防・対策を推進してきた二人が、自殺対策の現在地と目指すべき今後の姿、そしてコロナ禍の日本で自殺者数の急増が起きた社会文化的背景などについて語り合った。

自殺問題に向き合う原点

いのち支える自殺対策推進センター作成
いのち支える自殺対策推進センター作成

清水

初めて張さんにお目にかかったのは、20年以上前にさかのぼる。日本の自殺者数が1998年に急増し3万人を超えてから2、3年が経ち、すぐに減ると考えられていたが高止まりし始めた時期だった。当時私はNHKの報道ディレクターで、親を自殺で亡くした子どもたちが体験談を語るシンポジウムを取材していた。その中で、東京自殺防止センター創設者の西原由記子さんと張さんが登壇されていたのをお見掛けした。

当時はまだ、自殺は「個人的な問題」という捉え方が強く、社会的・公的な対策はなかった。遺児たちが声を上げはじめるなど自殺を巡る問題が噴出してきていたが、社会がどう対処すればよいか分からないような時期だった。そんな中で大学病院の然るべき立場の方が現場に出てきて、痛みを抱えた遺児に向き合おうとされていた。その、火中の栗を拾うような姿を見て、この方は「筋金入りだ」と感じたのが第一印象だった。

私が自殺問題に取り組むようになったのは、個人的な経験が元にある。東京大学の医学部に通い医師の国家試験を10日後くらいに控えた夜に、親友から電話がかかってきた。たわいもない話で「何だろう?」と思ったが、私は寸暇を惜しむような気持ちだったので、20~30分で電話を切り上げた。次の日も、その次の日も電話がかかってきて、私は同じような態度を取った。その翌日と翌々日も電話が鳴ったけれど、居留守をつかった。その次の日、電話は鳴らなかった。2日後に別の友人から「あいつが自殺したぞ」と知らされた。

非常に大きな衝撃を受け、文字通り目の前が真っ白になって眠れない日々が始まった。国家試験には、友人が会場まで連れて行ってくれて何とか合格できたが、親友の死と罪悪感が頭を離れず、「このままじゃ、自分が駄目になる」と思った。自分が前に進むために自殺の問題に正面から取り組もうと心に決め、医師になって2、3カ月で精神科医になる道を選んだ。これが、私の原点だ。

精神科医の張賢徳さん=撮影、八木沼卓
精神科医の張賢徳さん=撮影、八木沼卓

清水

ご友人が亡くなられて、「前に進むために自殺の問題に正面から取り組もうと決めた」とおっしゃった。でも逆に「一切かかわりのない道に進む」とか、「目をそらす」という選択肢もあったと思う。あえて向き合ったのはなぜか?

それらの選択も、決して否定されるべきことではない生き方だと思う。でも私がなぜ向かい合う道を選んだかというと、「それが自分だ」としか説明のしようがない。「逃げない」「向かっていくしかない」というのが、私の性格だから。

清水

当時、リスクを顧みずに壇上に立つ張さんの姿が印象的だったが、今の「逃げない」というお話で腑に落ちた。

ご遺族の問題については、大学院時代に東京で、自殺の個別事案を調査する心理学的剖検を行い、多数のご遺族と直に接する機会があった。最初は淡々と調査を進めるつもりで始めたが、遺された方の壮絶な苦しみに触れて「これは大変な問題なんだ」と痛感し、涙が出た。

その経験の後、あしなが育英会の若者たちが、自死遺児であることをカミングアウトして、「自殺って言えない」という冊子を出版し、社会に思いを訴える動きを知った(この冊子は、後に「自殺って言えなかった。」(サンマーク出版)というタイトルで書籍化)。この声を無視することは、私にはできないと思った。

清水

私が自殺対策に携わることになった原点も、あしなが育英会の同じ冊子であり、張さんの思いとすごく重なる。冊子を読んで、自死遺児たちの「親が死んでしまったのは自分のせいではないか」「止められなかった自分が悪いのではないか」という深い苦しみを知った。同時に、彼らが苦しんでいることの原因の一端は私たちにあるのではないかとも思った。つまり、自殺に対し誤解や偏見を持つことが、結果として遺児が大切な人を亡くした悲しみを受容するプロセスの足を引っ張っている。立ち上がった彼らの姿を伝えると同時に、我々社会の側が変わる必要があることを訴えるドキュメンタリーを作らなければと思った。

JSCPの清水康之代表理事=撮影、八木沼卓
JSCPの清水康之代表理事=撮影、八木沼卓

あしなが育英会に取材を申し込んだが最初は断られた。遺児たちのサマーキャンプに参加させてもらう中で信頼関係を築き、一人の大学生を紹介してもらうことができた。ただその時私は、「名前も顔も隠さずに取材させてほしい」と提案した。当時担当していた「クローズアップ現代」は30分の番組で、自死遺児が顔も名前も隠して出れば、「親を自殺で亡くした子は、顔も名前も隠して生きなければならない存在だ」という裏メッセージを伝えることになってしまう。この提案は、あしなが育英会の職員や彼の先輩たちから大反対を受けたが、本人と半年以上かけて、番組に素顔で出ることのメリット・デメリットを含めて対話を続ける中で受諾してくれ、2001年に放送にこぎつけた。

番組の反響はとても大きく、今後は自死遺族支援が進んでいくのではないかと思ったが、別の大事件が起きると社会の関心はすべてそちらに流れてしまった。リスクを負って取材に応じてくれた遺児たちの信頼に応えるためにも、その後2本の番組を作ったが、結果は同じだった。

「このまま番組を作っていても、自殺対策を進めるのは難しそうだ」と思い始めた。並行して自殺対策に関わる方々の取材を続けていく中で、精神科医の張さんをはじめ、多重債務問題など各分野のキーパーソンに出会った。その方々がつながる必要性を強く感じたが、各現場が非常にお忙しくて難しい。そんな時、「自分は専門家ではないから専門分野のことはできないが、つなぐ役割はできるのではないか」と気づいた。そして、迷いに迷った末に2004年にNHKを辞め、NPO法人ライフリンクを立ち上げた。

ライフリンクが果たした役割

私はNHK時代の清水さんから取材を受けたことがあり、ほどなくして「辞める」「ライフリンクを立ち上げる」という知らせを立て続けにいただいた。最初に聞いた時は驚くと同時に、「この人は本物なのか?」と、正直まだ半信半疑だった。

清水

それはそうだと思う。

でも今は、清水さんのことも、その後の活動も分かっているから、リスペクトしている。私が自殺について説明する時に使う「自殺プロセス」という図がある(下図)。これを見ると、自殺に至るには段階があり、各段階で異なる支援が重要であることが分かる。右の「うつ状態」のあたりでは精神医学・医療が大事であり、左の「ライフイベント」のあたりは社会的な対策が重要になる。そしてその途中は、自殺のプロセスから脱出するための様々な支援が必要であることを表している。

出典:張賢徳,『自殺予防の基本戦略』,中山書店,2011
出典:張賢徳,『自殺予防の基本戦略』,中山書店,2011

医療現場の話で言うと、自殺に至る最終段階では救命救急や精神科の医療従事者、もう少し手前の段階では、うつになって最初に受診する可能性が高い内科や心療内科などの医療従事者にも自殺の問題を知ってもらう必要がある。もっと広く見ると、図の左にいくほど公衆衛生的な視点から人々のメンタルヘルスや健康をどう守るかが大切になる。

現場ではこれらの連携が大切であることが分かっていても、日々忙しい中でなかなか時間的にも体力的にも手が回らない。けれど、自殺者を減らすにはこれら全てを知った上でコーディネートしてくれる存在(コーディネーター)が必要であり、その推進力になる何かが必要だ。私は、このコーディネーターが清水さんであり、推進力となったのは自殺対策基本法(2006年施行)だと思っている。だから、ライフリンクと清水さんが果たしてきた役割は非常に大きい。

清水

自殺対策の基本は、パソコンやスマホに例えるとOSだと思っている。そのOSに当たるのが、自殺対策基本法だ。OSがあるから、いろいろなアプリ、すなわち各分野の専門家、が機能し、アプリ間の連携も図れるようになる。でも、OSだけでアプリがなければ何も生まれない。やはり、それらが相互に性能を高め合っていくことが、結果として自殺対策のパフォーマンスを向上させることになると思っている。

自殺対策は、次のステージ「本丸」へ

精神科医の張賢徳さん=撮影、八木沼卓
精神科医の張賢徳さん=撮影、八木沼卓

今改めて思うのは、OSである自殺対策基本法の施行により、国として自殺対策に取り組む基盤ができた。それを実行に移し、1998年から2011年まで続いた自殺者3万人時代が終焉を迎えたことは、大変大きな成功事例だと思う。ところが、コロナ禍の2020年7月から自殺者数がまた大きく増えてしまった。

自殺の傾向は社会情勢を如実に反映して変化する。「山一ショック」に象徴される深刻な経済不況に見舞われた1998年には中高年男性の自殺が増えた。一方、コロナ禍には女性と若者の自殺がまず増えた。飲食業やホテル・観光業が直撃を受け、そこを支える女性や若者、非正規雇用者にしわ寄せがいった形だ。

こうした急増が起こる背景を考えると、広い意味では日本人の自殺観とか、いのちに対する価値観や宗教観のような大きな問題に行き着く。

社会的に負のインパクトが大きい出来事が起きた時、これだけ自殺が急増する社会は珍しい。そこを、もっと真剣に考えないといけない。OSであるハード面はだいぶ整ってきたが、コロナ禍で自殺が大幅に増えた今改めて、もう少しソフトな部分、すなわち教育について考えていく必要があるのではないか。そしてここからが、いよいよ本丸ではないかと考えている。

清水

日本で自殺の急増が起こるのはなぜか?

日本人の、自殺に対する心のハードルの低さに問題がある。欧米では、うつ病が重いほど自殺の危険は高いと言われている。一方で日本人は、軽いうつ状態でも一線を越えてしまう人が多い。このことは、データでも裏付けられている。この違いには、宗教を含めた社会文化的な背景がある。例えば、キリスト教圏では小さい頃から聖書の絵本で「自殺はしてはいけない」と教え込まれるので、大人になってつらい出来事に直面した時に自殺が選択肢に上がりにくい。

一方で、私もそうだが日本で生まれ育った人は、小学校に入る前から時代劇で切腹を見てきて、ある意味でリスペクトさえしている。また、仏教や神道では自殺を明確に禁じていないことの影響もあり、つらい出来事に直面した時に責任の取り方としても、「自殺」が選択肢に上がってきやすくなる。そういう下地があるから、今回のコロナのように社会に激震が走るような出来事が起こり軽いうつの人が増えた時、自殺者数が急激に増える現象が起こってしまう。

日本の文化や歴史には、素晴らしい美徳が多数ある。だが、特に自殺に関しては注意しなくてはいけない。

JSCPの清水康之代表理事=撮影、八木沼卓
JSCPの清水康之代表理事=撮影、八木沼卓

清水

今の自殺者数は年間2万人台前半で、1998年に自殺が急増する前と同水準だ。張さんがおっしゃるように、ここからがまさに第二段階だといえる。一人一人が自分の存在に意味を感じながら生きることができるような社会、あるいは、自分が自分の人生を生きているという感覚を持てるような社会にどうやってしていくのか、問われているのではないか。

イスラム教徒の自殺率は低いと知り、自殺対策のヒントを求めてイスラム教徒の多いトルコを訪れたことがある。その時、イスラム教では人間は神が作り出したものなので、「最後は必ず神が守ってくれる」という安心感があるという話を聞いた。

一方で日本は、一神教以外の人が大多数だ。行動の基準が「周囲にどう評価されるか」になりがちで、さらにインターネットが普及しSNSが広がるとよりその傾向が強まっていく。結果、自分の生きたい人生からどんどんかけ離れていってしまう。

SNS相談でよくあるのは、「受験に失敗したら親や周囲の評価が一変した。自分は今まで何のために苦労してきたのか。もう生きるのをやめたい」といった相談だ。借金や困窮などの「マイナス要素を取り除く」自殺対策はそれなりに進んできたが、生きることを支える「プラス要素を増やす」自殺対策は、まだまだ足りない。そこを強化していかなければならない。

同感だ。診察で、うつ状態の重症度がさほど深くはない患者さんに「こんな世の中でどうして生きる意味があるのか」と聞かれることがある。それはもう、一精神科医の範疇を超えている。

今の日本社会では、「生きる意味」に目を向けないようにして何とか生きている人が多い。例えば、受験教育の中だけで育ってきたような人は傍目にはエリートに見えても、自分の生きる意味を深く考えたことのない人が多く、大きな危うさを秘めている。そうした人が増えていて、すでにそちらの方がマジョリティの世の中になってしまっているのではないかと感じている。

清水

今後、日本で求められていることとは?

いのちを大切にする思想を、早い段階から人々の意識に根付かせる必要があるのではないか。その手段として重要なのは学校教育であり、小学校1年生とか義務教育の早い段階からそうした授業を取り入れていく必要がある。

そして一人一人が自分の選んだ道を進めるよう、ありきたりな言葉だが、価値観の多様性を認めていく世の中でないといけないと、強く思う。

明日を少しでもよく生きるために、伝えたいこと

精神科医の張賢徳さん(左)とJSCPの清水康之代表理事(右)=撮影、八木沼卓
精神科医の張賢徳さん(左)とJSCPの清水康之代表理事(右)=撮影、八木沼卓

最近、あるお坊さんの「宿命を使命に変えなさい」という言葉が、私にとても響いた。私自身のことで言えば、在日韓国人三世で日本で生まれ育った。かつては、普通の日本人であればどんなに良かったか、と思ったこともある。でも途中で開き直り、「私の意味って何だろう」「私にしかない意味とは、何だろう」と考えてきた。

親友の死も大変なショックだったが、それも使命に変えて生きようと強く思っている。張賢徳以上のものにはなれないのだから、それを受け入れ、使命にしていこうと。それを偉そうに言うつもりはない。みんなそれぞれに宿命を抱えていて、「なんで私がこんなつらい目に……」と恨む気持ちになることもあると思う。でも何か意味があるから、その中で宿命を使命に変え、生きる意味を見つけてほしいと願っている。

清水

今日の対談のことを、かつて取材させてもらった遺児たちに報告したい。私自身、火中の栗を拾いに行く張さんの姿にすごく励まされた。そういう、自分が「これが課題だ」と感じたことに逃げずに向き合っていく姿から、子どもたちに「人生捨てたもんじゃない」と伝わることがあると思う。

先ほど言ったように、自殺対策は第二ステージに入り、ソフト面をどうしていくかがますます重要になっている。今まで以上にハードルは多いと思うが、やりがいがある大きな仕事になると思う。

清水

ぜひ一緒に、やっていきましょう。

もちろん。できることはやっていく。ぜひ力を合わせていきましょう。

張賢徳(ちょう・よしのり)
1991年、東京大学医学部医学科卒業後、帝京大学医学部精神神経科学教室に入局。1997年、英国ケンブリッジ大学精神医学博士号取得。2008年から2021年まで帝京大学医学部教授・附属溝口病院精神神経科科長。2021年4月より、帝京大学医学部附属溝口病院精神科客員教授。同年9月より、一般社団法人日本うつ病センター六番町メンタルクリニック院長。2017年より、一般社団法人日本自殺予防学会理事長。専門は臨床精神医学と自殺予防学で、社会心理学や宗教学にも関心を寄せている。著書に、「人はなぜ自殺するのか」「うつ病新時代」など。

清水康之(しみず・やすゆき)
1972年、東京生まれ。1997年、NHKに報道ディレクターとして入局。自死遺児たちを1年がかりで取材し、「お父さん、死なないで ~親が自殺 遺された子どもたち~」(クローズアップ現代)を放送。2004年にNHKを退局し、NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」を設立。2006年、「自殺対策の法制化を求める3万人署名(結果10万人分集まる)」を企画・展開して、「自殺対策基本法」成立の原動力にもなった。2019年、一般社団法人いのち支える自殺対策推進センターを設立。

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◆記事を読んでつらい気持ちになったら。気持ちを落ち着ける方法や相談窓口などを紹介しています。

「こころのオンライン避難所」https://jscp.or.jp/lp/selfcare/

           いのち支える自殺対策推進センター(イラスト・ 村本咲)
           いのち支える自殺対策推進センター(イラスト・ 村本咲)

◆つらい気持ちを相談できる場所があります。

<電話やSNSによる相談窓口>

・#いのちSOS(電話相談)https://www.lifelink.or.jp/inochisos/

・チャイルドライン(電話相談など)https://childline.or.jp/index.html

・生きづらびっと(SNS相談)https://yorisoi-chat.jp/

・あなたのいばしょ(SNS相談)https://talkme.jp/

・こころのほっとチャット(SNS相談)https://www.npo-tms.or.jp/service/sns.html

・10代20代の女の子専用LINE(SNS相談)https://page.line.me/ahl0608p?openQrModal=true

<相談窓口をまとめたページ>

・厚生労働省 まもろうよこころ https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/

一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」広報室長

厚生労働大臣指定法人・一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)」広報室長として、自殺問題・自殺対策について広く知っていただくための情報発信に取り組む。元新聞記者。2003年に毎日新聞社入社、仙台支局、東京本社・夕刊編集部、同・生活報道部、さいたま支局、東京本社・くらし医療部にて自殺対策や子どもの貧困問題、児童虐待問題などを取材。2021年3月に退職し、同4月より現職。著書に、少年事件の背景にあった貧困・虐待問題に迫ったノンフィクション「誰もボクを見ていない~なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか~」(ポプラ文庫)。

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