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与野党とも同じ「分配」重視では給料は絶対に上がらない。「さらに失われる40年」になる。その理由とは?

山田順作家、ジャーナリスト
あとは国民の審判を待つだけ(写真:つのだよしお/アフロ)

■与野党とも目指すは「中間層」の復活

 10月14日、衆議院が解散され、10月31日の投票に向けての選挙戦が始まった。選挙戦を左右するのは、なりよりも政策(選挙公約)である。しかし、不思議なことに与野党とも「分配」を重視し、政策はほとんど同じだ。

 自民党の岸田首相は「成長と分配の好循環」を唱え、立憲民主党の枝野党首は「分配なくして成長なし」と訴え、ともに「分厚い中間層」を再生させると言っている。

 つまり、かつての「1億総中流社会」を復活させるというわけだが、そのために絶対必要なのは、給料のアップだろう。

■分配政策は中国の「共同富裕」とそっくり

 そこで、与野党の政策で給料が上がるのかどうかと考えると、これが絶望的。残念ながら、与野党どちらが政権を取っても、日本は「さらに失われる40年」になっていくと言わざるをえない。

 なぜ、こんな結論になってしまうのだろうか?

 その最大の理由は、与野党とも給料が上がらなかった原因がわかっていないからだ。そうでなければ、「分配」重視の政策など言い出すわけがない。

 しかも、分配の原資を「持っている層」に求めるなら、これは完全な左翼的社会主義政策である。結果的、全員が貧しくなってしまう。

 中国の習近平主席は、8月に「共同富裕」(富を富裕層から貧困層へ再分配する)という政策を打ち出した。現在、与野党が打ち出している政策は、まさにこれとそっくりではないか。

■人口減が経済成長できない最大の原因

 大前提として、給料が上がる(=国民1人1人の所得が上がる)ためには、経済成長が必要だ。しかし、日本はこの30年間、ほとんど経済成長しなかった。それは、生産年齢人口が減ったうえに総人口も減っていく、人口減社会になったからだ。日本の15~64歳の生産年齢人口の割合は、1992年の69.92%を境に30年連続で減少中だ。

 ここ数年、日本では年間50万人近くの人口が失われている。これは、50万人分(地方の中規模都市に匹敵)の消費が失われるということで、内需依存型の日本経済にとっては致命的だ。

 歴代政権はこれを財政出動で解消しようとしてきたが、ことごとく失敗した。

■「令和版所得倍増」は単なる夢想 

 岸田首相は、「分配して経済の好循環をつくり出す」と言っている。しかし、分配だけでは所得は一時的にしか上がらない。1回の分配なら、それで終わりである。

 野党は、配る層は違うとはいえ、どこも一律10〜20万円の給付金を配布すると言っている。これは、所得補填かもしれないが、ただのバラマキであり、本質的な所得増にはならない。

 会社でもそうだが、売り上げと利益が上がらないのに、給料が上がるわけがない。

 経済学では「3面等価の原則」が言われている。

 これは、生産面から見ても分配(所得)面から見ても支出面から見ても国内総生産(GDP)は同じ値になるというもの。つまり、国民の給料(=所得)はGDPと同じなので、GDPが増えない限り給料は上がらない。GDPが増えて新たに生み出された富が分配されることにより、給料は上がる。

 岸田首相が目指す「令和版所得倍増」が実現するとしたら、そのときには、GDPが現在の約500兆円から倍の1000兆円になっていなければならない。年間1%も成長できない国で、これができると言えるのは夢想家だけだ。

■原因は労働者の生産性が低すぎること

 本当に不思議だが、与野党とも、政治の力、つまり政治的な強制をすれば給料を上げられると思っている。自民党はそのため、給料を上げる企業に優遇措置を実施するとしている。しかし、政治の圧力で給料を上げても、それは一過性であり、経済成長には結びつかない。

 また、与野党とも日本人の給料が上がらないのは、これまでの政権の経済政策の失敗にあったと思い込んでいる。つまり、新自由主義、アベノミクスがいけなかったなどと言っている。企業が内部留保を溜め込んで、社員に分配していないのが問題だともしている。

 しかし、本当の原因は違う。経済成長ができていないことのほかに、もう一つ大きな原因がある。それは、日本の労働者の生産性があまりに低いことだ。OECDのデータによると、2019年の日本の1人当たり労働生産性は、8万1183ドルで、韓国の8万2252ドルより低く、OECD加盟37カ国中26位に低迷している。

 こうした労働生産性の低さは、日本人の稼ぐ力が衰えたことを意味している。

■日本の労働者は海外から取り残されてしまった

 いまや、日本の労働者のクオリティ、平均的な仕事のスキルは、海外の労働者以下である。それなのに、企業が海外並みの給料を払うわけがない。

 英語ができない、デジタルができない、アイデアがない、紙とハンコで仕事をし、会議ばかりやり、用もないのに会社に居座り残業をする。これで、給料が上がるわけがない。この時代、まともな経営者なら、すべてAIに置き換えてしまおうと考えるだろう。

 なぜ、日本の労働者のクオリティ、スキルが落ちたのだろうか? これは落ちたというより、昔のままで、海外が上がったと言ったほうが的確だ。もっと言えば、日本の労働者は海外から取り残されてしまったのである。現在のままなら、日本の労働者を海外の企業は雇用しない。

 もう一つ、日本の労働者の給料が上がらないのは、日本経済の構造が大転換してしまったことも大きく影響している。

■海外で得た利益は日本に還元されない

 現在、ほとんどの日本企業はグローバル化しており、売り上げと利益の過半は海外で稼いでいる。とくに、ものづくり産業は、ほぼ海外に出て行ってしまっている。

 日本のものづくり産業の海外売上高比率を見ると、数多くの企業が50%を超えている。村田製作所、TDK、ヤマハ発動機、ホンダ、コマツ、日本電産、ファナック、ブリヂストンなど名だたる大企業は80%以上、日本最大の企業トヨタ自動車も75%を海外で売り上げている。

 人口減で国内の売り上げが減る一方なのだから、外需シフトするのは当然だ。いわゆる「空洞化」である。このように、現在の日本経済は昔とは構造的に大きく異なっている。ところが、このことが政治家の頭の中にない。

 これらの企業は、現地で生産して現地で販売する。たとえば、トヨタ自動車は北米市場向けのクルマは北米で現地生産している。となると、その売り上げと利益は現地のものとなり、日本に還元されない。ドルのまま現地で従業員に支払われ、利益は再投資されるか、数多くを占める外国人株主に配当される。つまり、日本に持ち込まれた分以外は、日本のGDPにはまったく貢献していない。

■空洞化した日本では公金は海外に流れるだけ

 経産省によると、2019年度末における海外現地法人数は2万5693社(製造業が1万1199社、非製造業が1万4494社)となっている。これらの海外現地法人は、約600万人の現地従業者を雇用している。日本の労働力人口は約6600万人とされるから、日本企業は10人に1人を海外で雇用していることになる。

 こうした海外事業は、国内が横ばいか減少しているのに比べ、大きく成長している。つまり、給料も上がっている。しかし、国内に取り残された労働者の給料は上がらない。

 そんななかで、旧来の頭で企業を助成し、労働者を保護しても、公金が海外に流れるだけで、経済成長にはつながらない。

 日本経済が内需依存だからといって、財政出動でいくら公金をばらまいても、ドブにおカネを捨てているのと同じだ。ところが、政治家は票欲しさにバラマキをやり続けている。今回の公約も、ほとんどがバラマキである。

■海外での利益を国内の賃金アップにつなげる

 おおざっぱに言って、日本の輸出100兆円に対し、海外現地法人の売上高は300兆円と3倍になっている。したがって海外事業を通じて得られた利益が、本社企業の従業員の賃金アップにつながるような施策を考えるべきだろう。

 これまで政府は、日本企業が海外で得た利益を国内に還元させるための税制改正に熱心ではなかった。国内での分配より、海外から国内への利益還流を促すことのほうがはるかに大事なのに、ほとんど手をつけてこなかった。

 与野党とも、もっと日本経済の現実を真摯に見つめ、それに即した政策を立てなければならない。分配による労働者保護、弱者保護ばかり考えている政治家は、物事の本質が見えていない。

■教育を変えないと給料は上がらない

 分配より大事なのは、日本の労働者のスキル、クオリティを高めることだ。そのためには、就業教育、学校教育を大きく変えなければならない。

 国際公用語である英語ができ、コンピュータができ、考える力が身に付く。これまでの画一教育から、こういう教育に変えなければ、日本人はますます稼げなくなる。

 公明党は、0~18歳までのすべての子どもに対し、一人一律10万円相当を支給するとしている。しかし、現在の教育にいくらおカネを出しても、デジタル時代の稼ぐ力は身に付かない。

 教育の改革に加え必要なのは、一刻も早く、新卒一括採用、年功序列、年功賃金、終身雇用をやめることだ。これをやめなければ、日本人の給料は上がらない。給料はスキル、成果に対して支払われるものだからだ。

 また、バラマキの原資を国債にすることは、将来世代にツケを回すことだから、これもできる限りやめるべきだ。

 このままでは、政治により、次世代の子供たちはますます貧しくなってしまうだろう。そして、日本経済は衰退し続け、日本は確実に「さらに失われる40年」に突入していくだろう。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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