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国民を欺く「TAG」(物品貿易協定)という造語を使うのをやめてほしい!

山田順作家、ジャーナリスト
日本に「為替条項」を要求するムニューチン米財務長官(写真:ロイター/アフロ)

 10月13日、インドネシア・バリ島で行われたG20財務相・中央銀行総裁会議後のムニューチン米財務長官の発言をめぐって、日本政府が反発している。

 ムニューチン米財務長官の発言の主旨は、「日本との通商協定に為替条項を盛り込むことがアメリカの目標だ」というものだが、茂木経済再生担当大臣は、「(先の日米交渉では)為替のかの字もなかった」「いま日米間で為替の話が問題になっていることはない」(14日、NHK「日曜討論」)と、この発言を全面否定したのである。

 このような日米間の齟齬は、いまに始まったことではないので驚かないが、ここで、どうしても問題にしなければならないことがある。それは、日米交渉そのものではなく、それに対する呼び方だ。

 9月末の日米交渉の合意以来、日本政府と日本の大多数のメディアが、これを「TAG」(物品貿易協定)と呼んでいることだ。

■『日本経済新聞』(10月13日)「日本にも為替条項要求へ 米財務長官、TAG交渉巡り」

■『日本経済新聞』(10月14日)「日米物品協定交渉、為替議論に否定的 茂木経財相」

■『NHK』(10月14日)「茂木経済再生相 TAG交渉での為替議論に否定的」

 このように、『日本経済新聞』や『NHK』は、見出しに「TAG」および「日米物品協定」を堂々と使っている。『産経新聞』(10月13日)は見出しこそ、「米の対日「為替条項」要求、新たな火種の可能性」としているが、記事内では「日米物品貿易協定(TAG)」を使っている。同じく『時事通信』(10月13日)も見出しは「日本に「為替条項」要求へ=貿易協定で円安阻止狙う―米財務長官」としつつも、記事内では「物品貿易協定(TAG)」を使っている。

 すでに、「TAG」というのは、日本政府が勝手につくった造語なのが明らかになっている。先日の交渉後の日米声明を受けて、9月26日の『ニューヨークタイムズ』紙は、「US, Japan Agree to Negotiate a Free Trade Agreement」(アメリカと日本はFTA交渉することを同意した)という記事を掲載した。

 これで明らかなように、日米両政府は「TAG」(Trade Agreement on Goods)などという貿易交渉はしていない。しているのは、FTA交渉である。

 トランプ大統領は安倍首相との会談後、国連での記者会見で「日本は長年、貿易の議論をしたがらなかったが、いまはやる気になった」「日本はすごい量の防衛装備品を買うことになった」と述べた。また、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表も、「日本とは、2国間の自由貿易協定(FTA)締結に向け協議を開始することで合意した」と述べた。

 しかし、安倍首相は日本のメディアに対して、「日米の物品貿易に関するTAG交渉は、これまで日本が結んできた包括的なFTAとは、まったく異なるもの」と言ってしまった。つまり、すべてはここから始まったのだが、このウソはその後、米大使館の声明文と日本政府の訳文との相違などで明らかになってしまった。

 日本政府はなぜ、こんな姑息なことまでして、国民に誤解を与えるようなことをするのだろうか? アメリカと2国間FTA交渉をすることが、国民に隠さなければならないほどのことなのか? もっと、国民を信用すべきなのではなかろうか。

 そして、なぜメディアは、この日本政府の国民に対する“背信行為”に乗っかった報道をするのだろうか? これでは、トランプが攻撃する「フェイクニュース」と同じではないか。メディアがこれを続ければ、野党の不毛な政府攻撃が続きかねない。

 先の会見で、ムニューチン米財務長官はこう述べている。

 “Our objective would be that the currency issues... We’d like to include (them) in future trade agreements. With everybody. I’m not singling out Japan on that,” (われわれの為替問題に関する目標は---将来の通商合意にそれを含めるということだ。どの国ともである。日本だけを例外とするものではない)

 アメリカはすでにNAFTA再交渉による「米国・メキシコ・カナダ協定」(USMCA)の合意で、為替条項を呑ませている。そもそも「FTA」(自由貿易協定)などと言っているが、自由貿易をするなら本来協定など必要ない。FTAとは、自由に貿易できないための規制をつくって合意することだ。

 メキシコとカナダは、自動車への25%の追加関税の適用除外をすることと引き換えに、年間260万台の数量枠を設けることで合意している。

 政府もメディアも、今日限り「TAG」を使うのをやめてほしい。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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