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北朝鮮の「核実験、ICBM中止」を大歓迎するトランプ、ポンペオは正気か?“強硬派”は偽装なのか?

山田順作家、ジャーナリスト
じつはとんでもない弱気のディール大好き大統領かも?(写真:ロイター/アフロ)

 4月20日、北朝鮮が「核実験とICBMの発射実験を中止し核実験場を廃棄する」と発表したことに対して、トランプ大統領のツイッターがまたも弾けた。

 “North Korea has agreed to suspend all Nuclear Tests and close up a major test site. This is very good news for North Korea and the World- big progress! Look forward to our Summit. 3:50 PM- 20 Apr 2018”(北朝鮮が核実験を中止することと中心になる実験場を閉鎖することに同意した。これは北朝鮮にとっても世界にとってもグッドニュースで、大きな進展だ! 首脳会談が待ち遠しい)

 本当に、なんという楽観ぶりだろうか。トランプにとってのツイッターは“オレさま自慢”の最強ツールだから、まあ、こうなるのは仕方ない。しかし、「戦争か平和か」という深刻な問題に関して、この程度の書き込みで済ますことが信じられない。

 彼が“ロケットマン”“病気の子犬”と呼んだ金正恩が、いずれ、こうした声明を出すことをトランプは知っていたはずだ。なぜなら、トランプはポンペオCIA長官(次の国務省長官)を極秘訪朝させ、金正恩と会談させていたからだ。それなのに、いまさらのように「big progress」(大きな進展)と言うのはなぜなのだろうか? もしや、ポンペオ極秘訪朝はたいした成果がなかったのだろうか?

 ところで、このポンペオ極秘訪朝に関して、先のこの欄での私の記事『日米首脳会談は成功なのか? もしや安倍首相はポンペオ訪朝を知らされていなかったのでは?』を訂正しておきたい。私は、この記事で「まさか、首脳会談になるまで知らされていなかったとは信じたくないが、そうだったのか? もし安倍首相が、ポンペオ訪朝を『ワシントンポスト』紙の報道で初めて知り、トランプのツイッターで確認したとしたら、日米同盟とはいったいなんなのか?」と書いたが、これはまったくの情報不足だった。

 というのは、日本はアメリカ側から早い段階で情報提供を受けていたからだ。

 このことは、歳川隆雄氏が「現代ビジネス」の記事『日本はCIA長官「極秘訪朝」を事前に知らされていた』で初めて明らかにしている。歳川氏の記事によると、首相訪米前の12日午後、ワシントン入りした谷内正太郎国家安全保障局長がボルトン大統領補佐官とホワイトハウスで会談した際に、ポンペオ極秘訪朝を伝えられたという。

 とすれば、北朝鮮の出方は日本側もわかっていたと推察できる。トランプが“楽観”というか“ノーテンキ”なツイッターで「big progress」と言った後、安倍晋三首相は記者団に囲まれこう述べている。

「(今回の北朝鮮の表明は)前向きな動きと歓迎したい」

 これは、トランプと同じトーンで、トランプが歓迎を表明したのだから日本側もそう言うほかないということだが、その後、こう釘を刺したことは、大いに評価できる。

「この動きが核、大量破壊兵器、ミサイルの完全、検証可能、不可逆的な廃棄につながっていくかを注視していきたい」

 麻生太郎副総理・財務相も、訪問先のワシントンで、次のように述べた。

「きちんと現場状況を調査したうえでないと、口だけではコメントできない」と指摘したうえで、「実験場をやめるという条件でカネを払ったが、それ(実験場)は続き、カネは取られっぱなしになった」

 要するに、北朝鮮が口先でなにを言おうと信じるなということだ。どう見ても、トランプ発言などより、日本側の発言のほうが冷静であるし、現実を見ている。

 よくよく見ていけば、今回ロケットマンが表明したことは、すでに昨年暮れの時点で現実になっていることだ。北朝鮮は、核爆弾およびICBMの開発に成功し、それを保持していると宣言したからだ。これが事実でない可能性があるとしても、そうであるならば、いまさら、核実験やICBM実験の中止をしてもなんの問題もない。実際、もうそうしてしまっている。それが、なぜ「前進」なのだろうか?トランプの頭の中を疑う。

 いずれにしても、この27日に迫った「南北会談」の結果が待たれるが、いまのところ、まだ状況は混沌としている。韓国の文在寅大統領は、19日、メディアとの懇親ランチ会で、北朝鮮が朝鮮半島からの米軍撤退の要求を取り下げたことを明らかにした。北朝鮮は「体制保証」(regime security)とアメリカの「敵視政策」(hostile policy)の転換だけを求めているというのだ。本当なのだろうか?

 また、韓国とアメリカの報道によると、北朝鮮はポンペオに「完全な非核化」(complete denuclearization)の意思を示したという。ところが、具体的な非核化の対象や期間は明らかにしていないというのだから、話にならない。北が「リビア方式」、すなわち、即座に「武器」(核とミサイル)を捨てない限り、米朝首脳会談の前提は成り立たないはずだ。したがって、そのプロセスとスケジューリングがポンペオの“下交渉”の仕事だが、ポンペオはそれができたのだろうか?

 このような状況のなかで、いま囁かれている大きな懸念がある。それは、トランプがじつは単なる口先だけの“強硬派”(hawk)で、自分と似ている(体重が130キロということばかりか性格まで)ロケットマンに妥協してしまうのではないかということだ。

 つまり、北の核を容認して、ICBMを放棄させることだけで、和平を結んでしまうということだ。 

 トランプはテレビに出て「You’re fired!」(お前はクビだ!)と言いまくったことで、パフォーマンスの快感を知ってしまった。つまり、ともかく北朝鮮と和平を結ぶというパフォーマンスだけが大事で、そのことで中間選挙を乗り切れる、そして、歴史に残る“偉大な大統領”になれると信じているというのだ。なにしろ、自由や人権、民主主義より「deal」(取引)しか頭にない大統領だから、ロケットマンと握手した記念写真をどこでどう撮るかのほうが大事なのだろう。

 実際のところ、「完全で検証可能かつ不可逆的な核放棄」(CVID: complete, verifiable and irreversible disarmament)というのは、簡単にできるものではない。いくら、プログラムを組んでも、北朝鮮は隠し持とうとするだろう。したがって、たとえば3カ月と期限を切って、その間にIAEA(国際原子力期間)が施設を査察する。その間に、北が自発的に提出してきた核兵器を解体するというようなことになるだろう。もちろん、「完全なる非核化」は、この程度のことでは達成できない。しかし、トランプとポンペオは、これでOKしてしまうだろうというのだ。

 そんなバカな、ポンペオは「強硬派」だからトランプは起用したのではないかという反論がある。しかし、ポンペオは4月12日の上院外交委員会で行われた指名承認のヒアリングで、北朝鮮が「不可逆的な非核化の措置を講じなければ見返りを与えない」とは述べたが、「体制転換(regime change)を求めない」とも言ったのである。この点だけでも「強硬派」とは言いがたい。

 じつは、トランプがポンペオやボルトンを起用したのは、彼らがトランプの言うことを全部聞く「イエスマン」だからという。上院外交委員会のヒアリングでも、ポンペオは民主党の重鎮議員から「あなたはトランプに対して、それは違うと言えなければ、単なる“イエスマン”ではないか」と詰問されている。ポンペオはウエストポイントきっての秀才で、ハーバードのロースクールで法務博士の資格を修得しているインテリ軍人。超まじめな男だ。そんなだから、無知であることを誇りとするトランプに使われていいのかと言外に諭されたのだが、ポンペイには通じなかった。

 いずれにしても、米朝首脳会談は異例の出来事だ。また、ポンペオの極秘訪朝も、外交のプロトコルからは考えられない出来事である。そういうなかで、トランプは日米会談後の記者会見で、"If the meeting when I'm there isn't fruitful, I will respectfully leave the meeting."(もし出席した会談で成果がなかったら、オレは丁重に立ち去る)とも述べた。

 トランプに本当に立ち去る気があるのか? 非常に疑わしい。理由はなんであれ、もし立ち去れば、文字通り、思慮の足りない“史上最低の大統領”のレッテルを貼られるだろう。

 

 いずれにせよ、朝鮮戦争の和平が成立し、アメリカ・韓国と北朝鮮の対立が終われば、それがたとえ“エセ和平”であったとしても、ボッタクられるのは日本だ。本当に平和条約の締結となれば、日本は北朝鮮に賠償金として少なくとも200億ドルを支払うことになる。さらに無償の経済支援も行わなければならい。

 これらを概算すれば、来年の消費税増税による税収増はすべて吹っ飛ぶだろう。私たちはなんのために働き、この国のために納税をしているのだろうか?

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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