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アップル参入後の電子書籍市場を予測する。「2016年に2000億円」はありえない!≪3≫

山田順作家、ジャーナリスト

■突然だったアップルの「iBookstore」日本版のオープン

これまで、日本の電子出版の現状を見て「2016年に市場規模が2000億円になる」というような予測は、希望的観測にすぎないということを述べてきた。日本の電子書籍売上の8割が漫画だから、この先、紙版のコミックがそっくり電子に置きかえられるくらいの変化が起きないと、2000億円なんて無理だろう、と述べてきた。

では、こうしたなかでのアップルの「iBookstore」日本版のオープンをどうとらえればいいのだろうか? なにより、「iBookstore」日本版は成功するのだろうか? 「Kindle Store」が確実にシェアを伸ばしているように、「iBookstore」も日本勢のシェアを奪っていくのだろうか?

「iBookstore」日本版がオープンしたの3月5日の夜だった。このオープンは事前になんのアナウンスメントもなかったため、見たユーザーはびっくりした。私も知らなかったので驚いた。しかし、その後すぐに正式発表があり、電子書籍アプリ「iBooks」のアップデート版「iBooks 3.1」のリリースとともに、「iBookstore」日本版は静かにスタートした。

アップルがなにか新しいことをするときは、いつも騒ぎ起こる。だから、静かなスタートは意外で、この静かさは3週間以上たったいまも続いている。

ただし、アップルの参戦は、今後、確実に日本の電子書籍市場を変えていくだろう。

■日本のスマホ市場の6割以上を「iPhone」が占めている

まず、確実に言えるのが、「iPhone」の出荷台数が約1700万台、「iPad」が約380万台(2012年9月末現在、MM総研調べ)ということからいって、今後「iBookstore」は間違いなく大きなシェアを獲得するということだ。なにしろ、日本のスマホ市場の6割以上を「iPhone」が占めているのだから、これは当然だろう。

アマゾンの「Kindle Store」、あるいはほかの電子書店の場合、電子書籍専用端末なら即販売できるが、スマホだとユーザーにストアアプリをインストールしてもらわないと販売できない。しかし、「iPhone」なら、「iBookstore」をインストールする必要はあるが、実際にはついているのと同じだ。

しかも決済は簡単。音楽配信サービスなどと同じ「Apple ID」でOKである。

つまり、スマホで電子書籍を読むことが定着した以上、iPhoneユーザーなら、間違いなく「iBookstore」を使う。すでに、「App Store」で単体アプリ書籍に親しんでいるユーザーなら、問題なく移行する。実際、すでにこうした動きが起こっている。

また、「iBookstore」から購入した本は、「iCloud」を経由して、本そのものや途中まで読んだブックマークなどを複数の端末で同期できる。つまり、通勤では「iPhone」で読み、自宅では「iPad」で読む、といったことも手軽にできる。こう考えると、「iBookstore」の成功は、約束されているようなものだ。

■「iBookstore」と「Kindle Store」の併存時代になる

これまで「Kindle Store」が後発なのに伸びてきたのは、スマホのユーザーの多くが「Kindle」アプリをインストールするか、ネット経由で電子書籍を購入してきたからだ。紙の本をアマゾンの通販で買っているユーザーはもとより、スマホでアマゾンから電子書籍を買おうとするユーザーは、たいてい「Kindle」アプリをインストールしてきた。

品ぞろえ、価格にもよるが、いくつもの電子書店アプリをインストールして使いこなすのは、けっこう面倒である。電子書店の品ぞろえ、点数が同じ程度なら、ユーザーはいちばん便利なところにしかいかない。それが「Kindle Store」であり、これからはiPhoneユーザーには「iBookstore」が加わったということだ。

電子書籍は技術(イノベーション)でなく、サービス。アマゾンの成功はそこにあり、アップルもこの点は同じだ。日本勢の電子書店は、このサービスにおいて劣っている。アマゾン、アップルが参戦したいま、わざわざ、日本の電子書店経由で電子書籍を買うだろうか?

そこで、業界で言われているのが、「電子書籍のキーラーコンテンツである漫画に強いところしか残らない」ということだ。

中堅出版社のデジタル担当者は、こう言う。

「現在、全方位外交で、すべての電子書店に配信していますが、非常に面倒。制作するに当たって、電子書店それぞれの仕様に合わせなければならないうえ、10社以上から売上が上がってくるので、それをいちいち著作者別に分けて配分したりするので、膨大な手間がかかるからです。ですので、今後は、売上を見て付き合わないところも出るかもしれませんね」

つまり、「iBookstore」と「Kindle Store」が市場を2分してしまえば、それ以外の電子書店は、売上を見て切り捨てるかもしれないということだ。

■アマゾンが5割、アップルが2割、残りの3割が日本勢

では、本当に「iBookstore」と「Kindle Store」が市場を2分するようなことが起こるのだろうか?

前出の大手出版社のデジタル担当者とは別の者の担当者がこう言う。

「今年の2月が終わった時点で、うちの社のデジタルの売上はアマゾンが5割を超えました。アマゾンは驚くべきスピードでシェアを伸ばしています。ただ、アップルも始まったので、今後は、アマゾンが5割、アップルが2割、残りの3割が日本勢ということで落ち着くんではないですか」

これを聞いて、私もこの予測でほぼ間違いないと思う。

では残る3割は、どこなのだろうか?

「漫画に強いRenta、eBookJapan、パピレスなんかは、なんとか残るでしょうね。楽天?honto? ソニー? さあ、どうでしょうかね。こればかりは、予測が難しい。ただ、コンテンツを出す側は、どこが脱落していくか見ていればいいだけでしょう」

この2週間、何人かの業界人にあったが、彼らが口をそろえたのは「やはりアマゾンは強かった」ということだ。その理由を、こう言った人間がいたが、なるほどと思った。

「アマゾンの場合、すでに紙の本を買うユーザーを大量にもっていて、彼らが電子書籍市場に参入してきたので強いんですよ。なにしろ、アマゾンで検索するユーザーは、はじめから本にお金を払う気のあるユーザーです。それに対して、スマホやPCで単に検索するのは、タダの情報しかいらないユーザーです。この差は大きいとは思いませんか? しかも検索すれば「Kindle」本も同時に表示されるんですよ」

■「iBookstore」の特徴は、漫画コンテンツの充実

それでは、ここから話を戻して、さらにくわしく「iBookstore」を考えてみよう。現在、「iBookstore」には、どんなコンテンツがあるのだろうか? 前回の記事で取り上げた日経新聞の記事も紹介していたが、コンテンツは他の電子書店に比べると多種多彩だ。

まずは、現時点で、講談社、集英社、小学館、角川書店、文藝春秋、学研、幻冬舎などの大手・中堅はみな参加して、ノンフィクションや文芸の新刊、旧刊が出ている。また、人気漫画も数多く出されている。

たとえば、『ONE PIECE』(尾田栄一郎)、『テルマエ・ロマエ』(ヤマザキマリ)、『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)といったところは、みな揃っている。その結果、これらの漫画はみなランキングの上位に来ている。

漫画を読むなら「iPhone」だと画面が小さいというユーザーがいる。しかし、それほど問題ではない。というのは、コアユーザーはすでにガラケーで漫画を読んできたからだ。

電子書店が成功するには、タイトル数が豊富にあることが必要とされる。アップルは、いまもって取り扱いタイトル数を公表せず、ただ「数万点」とだけしているが、漫画に関しては豊富といっていい。

「iBookstore」では、毎週水曜日に新作が更新されるので、、今後、漫画タイトルはさらに充実していくものと思われる。

■電子書籍の特性を活かしたリッチコンテンツ

「iBookstore」がほかの電子書店と大きく異なっている点がある。

それは、2年前の「iPad」発売時点で話題になった「リッチコンテンツ」があるということだ。電子書籍が単に紙の書籍を電子化したものではないことは、すでに当たり前のことになっているが、そうしたコンテンツを出すところが、これまでの日本の電子書店にはなかった。

そこに、「iBookstore」がオープンしたので、また、こうしたリッチコンテンツが登場した。

今回も「iPad」発売のときと同じように、作家の村上龍氏が、自身の制作会社「村上龍電子本製作所」から、これに挑戦している。村上氏の電子オリジナル作品『心はあなたのもとに』では、小説中に出てくるメールの文面が、まるで本当にメールをやりとりしているかのようなビジュアル効果で、各章に現れる演出がなされている。村上作品以外でもリッチコンテンツがある。たとえば、『ぴよちゃんのおはなしずかん おてがみきたよ』という絵本は音声付きだ。

このように、動画や音楽が入ったリッチコンテンツを出せるのが、「iBookstore」の大きな特徴だ。アップルは、昨年から「App Store」で「iBooks Author」という電子書籍制作アプリケーションを無料で提供している。これを使うと、リッチコンテンツが制作できる。ということは、今後アップルのデバイス上では、こうしたリッチコンテンツがどんどん充実していくと思われる。ただし、それは、今回オープンした「iBookstore」ではないようだ。このことは、第4回記事で詳述する。

■紙の書籍ではできない数々の試みがスタート

電子書籍が、紙の書籍とは違う点をふまえ、「iBookstore」では、リッチコンテンツ以外の新しい試みも行われている。

たとえば、株式会社オールアバウトは、総合情報サイト「All About」のガイドが執筆した記事をテーマごとにパッケージ化した「まとめコンテンツ」を250円、新たに書き下ろしたものを250~350円で販売し始めた。 これは、元になる紙がなく、ウェブ上でのかたちを変えたコンテンツの進化形といえる。オールアバウトでは、なんと、こうしたコンテンツを3月6日時点で3315冊も用意したという。

また、角川書店では電子書籍向けに書き下ろした作品を「Amazonの3.11」を100円で刊行した。この激安価格は紙では実行できないが、電子ではできる。角川としては、この激安価格に読者がどう食いつくを試したというわけだ。同じように、文藝春秋は重松清氏の作品『コーヒーもう一杯』を100円で販売し、当初、ランキング1位を獲得した。

さらに、幻冬舎は小路幸也氏が電子書籍向けに書き下ろした長編小説『旅者の歌』を5回に分けて配信する手法を初めて採用。1回目は無料にした。そして、2回目以降を315円にした。これは、最初はタダで、あとからその分を回収するフリーミアム戦略である。

紙では体裁でページに制限がいるが、電子なら自由なページ数に分割して販売できるというデジタルの特徴を活かした販売方法である。(第4回記事につづく)

*この記事は、自身のサイトに書いた記事 《 「iBookstore」日本版のオープンで、今後の電子出版市場はどうなるのか?(3月10日)》に、最新情報を入れて、大幅に加筆したものです。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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