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新たなコロナ治療薬「モルヌピラビル」の発音が難しい!どんな薬?名前はどうやって決まっているの?

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(写真:PantherMedia/イメージマート)

2021年12月24日に、新型コロナウイルス感染症治療薬「モルヌピラビル」が、医薬品医療機器等法第 14条の3に基づく特例承認となりました。国内初の経口治療薬です。どんな効果があり、どのように使用する薬剤なのでしょうか?そしてどうしてこんなに呼びづらい名前がついているのでしょうか?今回はモルヌピラビルをなるべくわかりやすく解説してみます。

モルヌピラビルの働き

モルヌピラビルはSARS-CoV-2(いわゆる新型コロナウイルス)がRNA(リボ核酸:ウイルスのタンパク合成のための情報が入っている)を合成する際に変異を起こさせて、ウイルスの増殖を阻害する薬剤です。平たくいうと、遺伝子の媒体であるRNAを合成するときに、必要な材料とそっくりな偽の材料をあげて、ちゃんとしたRNAを作らせなくしてしまう薬剤です。ファビピラビル(アビガン)がこの仲間です。第3相試験(治験の最終段階)では、重症化リスクのある入院していないCOVID-19患者さんを対象に、モルヌピラビルとプラセボ(偽薬)を用いて効果が立証されました。

モルヌピラビルの効果

新薬を評価する際には、「どんな患者さんで」、「どんな効果が得られたか」を知っておくことが重要です。第3相試験では、多施設共同プラセボ対照ランダム化二重盲検試験が行われました。この試験では、さまざまな施設の、さまざまな人種の、軽症または中等症のCOVID-19と診断された、入院していない成人が対象となっています。

重症化リスクは、60歳以上、活動性の癌、慢性腎臓病、慢性閉塞性肺疾患、BMI30以上、重篤な心臓疾患、糖尿病のうちの1つ以上を有することが条件とされています。

対象者をランダムに2つのグループにわけて、一方にはモルヌピラビル800mgを1日2回、もう一方にはプラセボを1日2回投与して、死亡率や入院率を比較しました。

結果は、28日後に死亡もしくは入院していた割合が、モルヌピラビル群で6.8%(709例中48例)、プラセボ群が9.7%(699例中68例)となり、これらのリスクが軽減できるというものでした。死亡はモルヌピラビル群1人(0.1%)で、プラセボ群が9人(1.3%)ということです。相対的に入院や死亡のリスクを30%程度減らせるという効果となります。特にこれまで一人を救うためにかけてきた努力を考えると、死亡リスクを下げられるというのは本当にありがたいです。

誰にでもつかえるのか?

実はモルヌピラビルは、ワクチン未接種の人を対象として治験を行なっています。ですので、ワクチンを接種していたら同じ効果が得られるかは不透明です。単純に効果が上乗せされるのかどうかはまだわかりません。また、ヒトの核酸(DNAやRNA)合成にどのような影響があるかは未知ですので、妊婦には使用ができません。そして、重症化リスクを有する人を対象に試験が行われているので、処方するのは、基本的には重症化リスクを有する人になります。

ワクチンを打っていない重症化リスクを有する人がどれだけいるのかという問題はありますが、まだ1回もワクチンを受けていない人も多数いらっしゃることも事実です。そして、高齢者施設や病院でブレイクスルークラスタ感染が起こり始めておりますので、投薬で重症化が防げるなら、強い武器になります。いわゆる抗体カクテル製剤、カシリビマブ・イムデビマブ(ロナプリーブ)も選択肢としてありますが、入院が必要になってきますので、ある程度の棲み分けがなされてくるものと考えられます。

一つ言えることは、この薬剤を処方する際は医療機関として登録が必要で、厚生労働省が配分することになっています。どこに行ってもすぐに出てくる薬剤という位置付けにはなりません。

なんでそんなに呼びづらいの!?

モルヌピラビルは、北欧神話に登場する雷神「トール(Thor)」が持つハンマー「ミョルニル(Mjölnir)」にちなんで名付けられました。日本では「トール」は「ソー」として知られ、MARVEL映画「マイティ・ソー」では「ミョルニル」も「ムジョルニア」と翻訳されていたのであまり馴染みがないかもしれません。でもヒーローが持つ武器が元になっていると、ちょっとかっこいいですよね。もともとミョルニルは古ノルド語で「粉砕するもの」を意味します。粉にして飲みやすくできるんですね…ってそれでは粉砕されるものだから違います。雷神の強力な一撃のように、憎きウイルスを打ち砕きたいという願いが込められているものと考えます。そう思うと、呼びづらいけど頑張って呼んでみようかなと思いますよね。なお日本での販売名は「ラゲブリオ」です。語源はさっぱりわかりません。エヴァンゲリオンは多分関係ないです。

薬剤の語源は結構探ると面白く、救急でよく使用される強心薬「塩酸ドパミン」の商品名「イノバン」は、「命の番人」が語源とされます。近年は、名前のイメージだけが先行したマーケティングや、薬効を水増ししたかのような宣伝を防ぐため、形容詞や、過剰なイメージを想起させる言葉が含まれた語源は宣伝しないように日本製薬工業協会で申し合わせがなされているようです。薬剤の効果については、冷静に臨床試験データを参考に評価し、適切な使用が求められます。強い武器も、使用者が使用法を誤ればただの破壊兵器になりかねません。これからさまざまな新薬が登場すると思いますが、上手に向き合いたいですね。

参考文献

Jayk Bernal A, Gomes da Silva MM, Musungaie DB, et al.

Molnupiravir for Oral Treatment of Covid-19 in Nonhospitalized Patients.

N Engl J Med. 2021;10.1056/NEJMoa2116044.

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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