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ゾンビ化の材料!?フグ毒に気をつけて!

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
美味しいフグ。でも毒には要注意!(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

自ら調理したフグで中毒死したというニュースがありました。大変残念です。毎年20-30人程度がフグ中毒となり、数名がお亡くなりになっています(厚生労働省データより)。フグに毒があるということは一般に周知されていると思うのですが、ご自身で調理して毒にやられるという事故が後を断ちません。毒の存在部位や、季節による毒性の強さは、フグの種類によって異なっています(肉にすら毒があり、食に向かないものもあります)。ふぐ調理師という免許がある通り、調理には専門知識が必要で、素人考えで調理すると痛い目を見ます。一介の医師には見た目で分類するのは困難です。医師としては、勝手にフグを食べないでくださいとお願いする他ないのですが、今回は、フグ毒を摂取するとどうなるのか、どうやって治療するのかということをまとめてみたいと思います。

フグ毒の正体は?

フグ毒をおこしているのは、テトロドトキシンという物質。細菌が産生するアルカロイドの一種です。神経の細胞内外でのナトリウムイオンのやりとりを邪魔することで、神経の伝道を遮断させてしまう効果を持ちます。運動神経、知覚神経、自律神経の全てで神経を遮断し、恐ろしい病態を引き起こします。これは食後数十分から数時間で起こります。軽症例であれば、手足の痺れや、嘔吐下痢などで済みますが、運動神経麻痺が重篤化すると、手足が動かせなくなる他、呼吸をするための筋肉も動かせなくなるので呼吸ができなくなります。その他、自律神経の障害から血圧が低下したり徐脈になったり不整脈が起こったりと、生命維持が困難になります(文献1)。死亡の原因となるのは、呼吸不全や循環不全です。

最重症例では呼吸が止まり、低血圧となり脈も触れなくなり、自律神経障害のために瞳孔が開いてきます。これはあたかも死んでいるようです。1500年代ころ、ハイチの方ではブードゥー教の化学者がテトロドトキシンのような神経毒を利用してゾンビを作っていたそうです(文献2)。神経毒を用いて睡眠時に似た状態を作り出し、いわゆる仮死状態に持って行くのがゾンビのなり方だったのですね。やり方がわかったところでやりたくはないです。関係ないですが、最近のゾンビ映画はこうした古典的なゾンビではなく、ウイルス感染による現象として描かれることが多いですね…。

話を戻しまして、このように薬理反応でバイタルサインが低下することがあるので、薬物中毒が疑われるときは脳死判定してはならないとされております。そして、一見して呼吸が停止しているように見えても、なんとか呼吸や循環を維持して上げることができれば助けることができるかもしれません。

診断は「フグを食べた」という情報が聴取でき、フグ毒と思われる症状を呈していることでなされます。救急ではとにかく呼吸や循環のサポートを行いますが、原因がわからなければ感染症の重症病態などと間違われてしまいます。フグを食べた後に手足がしびれたり、消化管症状を呈したりするなど、なんらか体調の変動を感じたら、早めにご相談ください。自分で釣ったフグを捌いて食べたと言うのは後ろめたいかもしれませんが、正直に教えて欲しいです。

フグ毒の治療法は?

残念ながら特効薬的な解毒薬はありません。しかし、テトロドトキシンは多くがそのまま尿から排泄され、半減期は数時間程度と考えられています。なんとか1日〜数日の間、人工呼吸や循環管理(昇圧薬や、時には体外循環など)を行うことで時間を稼ぎ、命を繋ぐのが治療となります。

予防法としては、食べない他にはありません。テトロドトキシンは熱に強く水に溶けにくいので、焼いても煮ても洗ってもどうしようもありません。

医療従事者にとって注意が必要なのは、症状が悪化するかもしれないので、しっかり経過観察しなければならないという点。それから、呼吸が止まるような状況に陥っても意識が保たれることがあるという点です。あれこれの侵襲的な治療を行うのであれば、鎮静や鎮痛を適切に行う必要があります。それらしい人がいらしたら、親切に対応してあげたいなと思います。

まとめ

フグ鍋が恋しい季節になってまいりました。これから旬を迎えるフグですが、是非とも免許を持った人に調理していただければと思います。

くれぐれも、釣ったフグをご自身で捌いて召し上がるということがないように、重ねてお願いいたします。

異常を自覚したら早めに、動けなくなる前にご相談ください。

参考文献

1. How CK, et al. Tetrodotoxin poisoning. Am J Emerg Med 2003; 21(1): 51-4.

2. Tara C Smith. Zombie infections: epidemiology, treatment, and prevention:BMJ 2015;351:h6423.

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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