Yahoo!ニュース

マスクは熱中症のリスクを上げる?上手な水分摂取の方法は?

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
マスク着用とスポーツの両立(写真:アフロ)

熱中症とは?

まだまだ残暑厳しいですね。8月30日も全国200箇所以上で猛暑日と観測されました。まだまだ熱中症に対して気が抜けません。前回、熱中症は自宅からの搬送が多いので気をつけましょうという話を書きました。そもそも熱中症とはなんでしょうか?今更聞けない熱中症についての情報をまとめておきましょう。

熱中症の診断

熱中症は、暑熱環境にいる、もしくは暑熱環境にいた後に全身症状を起こしたもので、他の原因疾患を除外することで診断されます。

熱中症ガイドライン2015

一言で述べるのが難しいのですが、「高体温に起因した諸症状を呈する状態で、他の疾患が原因ではないもの」とでもいいましょうか。数年前までは熱けいれん(筋肉が痙攣する、こむら返り)、熱失神(短時間の意識消失発作)、熱疲労(倦怠感、嘔気嘔吐、頭痛など)、熱射病(体温が40℃を超え脳機能障害を呈する)という分類があり、こういう症状があったら熱中症かなという判断がなされていました。実際のところ、本当に症状は多岐に渡ります。必ずしも意識障害を伴うとは限りませんし、手足をつったりということも起こらないことが多いです。めまいや立ちくらみ、大量発汗、口渇、頭痛、嘔吐、倦怠感、せん妄、小脳失調などの様々な症状を呈するのです。我々は患者さんがなんらかの体調不良を訴えていた場合、どんな環境にいたのかどれほど水分摂取ができていたのかなどを参考に、熱中症かどうかを判断します。

どうして熱中症に?

熱中症は、体が熱の処理をできなくなることで陥ります。人間は運動や栄養の代謝など、日々生きているだけでもエネルギー産生をします。こうしてエネルギーを作る過程で熱を産生して、血液循環で熱を全身に運び、皮膚表面から熱を放散するというプロセスで体温を調節しています。熱を産生し過ぎたり、熱が全身に運ばれなかったり、放散されなかったりで、熱が体にこもると熱中症になってしまうのです。暑い時期の運動で熱放散が追いつかなくなるのは当然なのですが、高齢になると脱水になりやすく、発汗しにくくなるので、特に熱中症のリスクが高まります。長風呂で高体温となり意識を失う人もいらっしゃいますが、あれもいわば熱中症ですね。

熱中症の原因(著者作成)
熱中症の原因(著者作成)

熱中症予防

熱中症の予防は、とにかく高温環境に身を置かないことが大事です。前回触れた冷房の使用による冷涼な環境づくりが求められます。そして、もう一つ大事なことが水分摂取です。脱水になると熱の運搬ができなくなってしまいますし、汗を出して気化熱で熱を放散させるということもできなくなります。

とにかく水を飲めば良いかというと、そう言うわけではありません。水分摂取においては注意点があり、水とともに塩分も取らなければなりません。スポーツや肉体労働では特にですが、水分と一緒にナトリウム(Na)をはじめとした塩分の喪失を起こします。水ばかり取っていても電解質が薄まってしまうので、注意が必要なのです。運動中の水分摂取についてはガイドラインがあり、過剰に水分のみを取ると、低Na血症を起こして時に死に至るとされています(Hew-Butler T, et al. Clin J Sport Med. 2015 Jul;25(4):303-20.)。

病気ではなく、水分を多量に摂取して低Na血症となり痙攣発作を起こした人が救急搬送されてきたことは何度かあります。アスリートでも死亡例があるようで、ガイドラインでは「喉の渇きを感じない限り必要以上の水分を取る必要はない」と提言されています。とはいえ、喉の渇きを感じる頃には、すでにかなりの量の水分が失われているはずですから、自己管理が難しいところです。脱水は絶対に避けたいので、こまめに少しずつ水分摂取して体と相談してください。

塩分含有の補水に関しては、食塩を0.1~0.2%程度含んだものが推奨されています。1Lの水に食塩1~2gで、これは100mlあたり40~80mg程度のNaになります。市販のスポーツドリンクなどは、このように100mlあたりどの程度のNaが含まれているかが記載されています。例えばポカリスエットは100mlあたり49mgのNaを含んでおり、経口補水液のOS-1は115mgです。一般的にスポーツドリンクは塩分濃度が比較的低めです。最近、スポーツドリンクは薄めて飲むのが良いというような話を聞くのですが、薄めたらどの程度の塩分含有量になるのかも考えながらやっていただければと思います。個人的には薄めない方が良いのではないかと思います。

マスクで熱中症リスクは高まるのか?

コロナ禍において、マスク着用は生活の基本のようにもなっております。一方で、マスクが熱中症のリスクになるのではないかという懸念もあるようです。結論から言うと、マスク着用はそこまで熱中症リスクを高めないのではないかと考えています。

今年、日本救急医学会、日本臨床救急医学会、日本感染症学会、日本呼吸器学会のワーキンググループが熱中症予防に関するコンセンサス・ステートメントを作成しました。ここで5つの提言がなされており、そのうちの1つがマスクに関するものです。この様に述べられております。

マスク着用により、身体に負担がかかりますので、適宜マスクをはずして休憩することも大切です。ただし感染対策上重要ですので、マスクを外す際はフィジカルディスタンシングに配慮し、周囲環境などに十分に注意を払ってください。また口渇感によらず頻回に水分も摂取しましょう。

「身体に負担」という記載になっており、熱中症のリスクになるというところまでは踏みこまれていません。正直なところ、マスクと熱中症に関してはエビデンスが乏しい状況なのです。今のところわかっているのは、マスクをつけてジョギングをしたら、心拍数、呼吸数、血中二酸化炭素濃度が上昇し、身体負担がかかるかもしれないという点です。人間は犬の様に呼吸で体温調節しているわけではないので、身体の一部分をマスクで覆っただけで体温調節できなくなるとは考えにくいです。ただ、マスクを着用することで、水分摂取の機会が妨げられたり、水分摂取よりもマスク着用を優先したりすると、熱中症リスクが高まると思います。無理せず、頻回に水分や塩分を補給し、都度適切なマスク着用を心掛けてほしいです。

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

薬師寺泰匡の最近の記事