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SDGsの多くの問題と関わる食品ロス問題 日本企業に必要な意識とは【特別企画】

食品ロス問題ジャーナリスト・井出留美のSDGs世界最新レポート

近年、日本においても食品ロス(=本来食べられるにもかかわらず、廃棄されている食品)が大きな問題として注目されるようになってきました。

農林水産省の平成28年度推計によると、日本国内における食品流通量は年間8,088万トン。その内食品ロスが占めたのは全体の約8%となる643万トンでした。この量は東京都民が1年間に食べる食品量に匹敵します。

この問題に早くから注目し、警鐘を鳴らしてきたのがジャーナリストの井出留美さんです。

節約や「もったいない」以外の観点で語られることの少なかった日本の食品ロスについて、生産面や流通面などさまざまな観点から切り込み、ヤフーニュース個人でも400本以上の記事を執筆してきました。

いまや食品ロスは、「持続可能な開発目標(以下SDGs)」が掲げる17目標のうち、貧困や飢餓、水・衛生、生産・消費など、多くの課題とも密接に関わる問題としても注目されています。

日本においてこの問題を抜本的に解決するには、何から取り組むべきなのか。生産者、販売者、そして消費者がそれぞれ考えなければならないことは何なのか。井出さんにじっくりとお話を伺いました。

日本が「食品ロス先進国」となってしまった理由

広報担当として、ブランド貢献だけでなく、社会課題の解決にも取り組んできた井出さん
広報担当として、ブランド貢献だけでなく、社会課題の解決にも取り組んできた井出さん

――井出さんは食品ロスの解消に向けて精力的な活動を続けられていますが、この問題に取り組むようになった直接のきっかけは何だったのでしょうか。

井出: 2つの支援活動に携わったことで、「本当に必要としている人に、必要とする食品を届けたい」という強い気持ちが生まれ、その結果として食品ロスに取り組むようになりました。

まず1つは、2011年の東日本大震災発生後に取り組んだ支援活動です。

当時の私は日本ケロッグ社の広報責任者を一人で担当していたのですが、「自社食品を支援食料として届けたい」という社長から指名され、その任務を託されました。そこで関係省庁に連絡をとったうえで、ケロッグ社から食品を避難所に届ける、という活動をしていました。

ところが、ある組織では提供した食品が、実際には配布されていない事態になっていることを知りました。理由を確認したところ、「避難所内の人数よりも、少し物資数が少なかった。これを配布すると不公平になるから」とのことでした。

世帯の人数や年齢構成などに応じて上手に振り分ければいいのに、平等であることを重視するあまり、物資を配らないことを選択したのです。結果としてその食品はダメになり、廃棄されてしまいました。同じ食品であるにもかかわらず「メーカーが違うから(平等じゃないから)配らない」という話も聞きました。

未曾有の大震災で、命をつなぐ食べ物が、必要な人に届かない。この理不尽さは何なのだろう、必要な人に命の綱である食べ物が届けられないことを非常にもどかしく思いました。

――もう1つは何でしょうか。

井出:日本ケロッグ社の広報担当時代の2008年からフードバンクという支援活動に取り組んだことでした。

包装の傷みや印字ミスなどのせいで、品質に問題がないにもかかわらず市場に流通させることができなくなった食品を、福祉施設などに無料で提供する活動です。企業側は食品を廃棄しないで済むため、支援活動でありながらWin-Winになれます。

フードバンク発祥の国であるアメリカでは既に50年以上前から行われていますが、日本ではまだまだ知られていない活動でした。

――日本では、こういう取り組みに対する歴史がとても浅いという印象です。

井出:そうですね。アメリカでは、意図せざる万一の食品事故の場合、食品寄贈者の責任を免除する法律(「ビル・エマーソン善きサマリア人食料寄附法」)も整備されていますし、税制優遇など、寄贈者側のメリットも大きくなっています。

一方で日本は、2019年10月1日に「食品ロス削減推進法(食品ロスの削減の推進に関する法律)」が施行されたことで、ようやく法整備がはじまった段階です。

――食品ロスへの取り組み開始は、かなり直近の話だったのですね。

井出:取り組みが遅れた要因は、日本人の食品の安全性に対する過剰な意識にあると思います。昔はそれほどでもありませんでしたが、2000年の食品メーカー集団食中毒事件を契機に著しく変化し、もはや製薬業界並みに高い品質管理基準を求めるようになった印象です。

もちろん安全意識は大切ですが、賞味期限を過ぎたら何でも捨てる、という感覚のままでは食品ロスは増えていく一方でしょう。食品に対する「安全性の担保」と「資源活用」のバランスが、日本は安全に傾いています。日本は食品ロス大国となってしまっています。

小売店の欠品回避意識が、食品ロスの問題を加速化させる

食品ロスの統計データには返品分の数が含まれていないため、実際はもっと深刻な問題だという
食品ロスの統計データには返品分の数が含まれていないため、実際はもっと深刻な問題だという

――食品ロスは、食品が市場で飽和しているからこそ生じる問題だと思いますが、これは生産する側の責任が大きいのでしょうか。

井出:食品ロスは、どこかが一方的に悪い、という単純な問題ではありません。もちろん食品が過剰供給されているからこそ飽和状態になるのですが、それを生み出す大きな要因となっているのは、スーパーやコンビニ、百貨店など小売店のビジネスモデルです。

例えばスーパーやコンビニ、デパ地下では、いつも棚にびっしりと商品が並べられていますが、あれは小売店側が商品の欠品による販売機会の損失を避けたいため、常に商品を補充しているのです。

欠品に対する小売店側からメーカーへの圧力は凄まじく、ひどい場合には機会損失が発生した分のお金の補填や取引停止を迫られることまであります。そのためほとんどのメーカーが、過剰生産せざるを得ない状況になっているのです。

――あの商品棚に、そのような背景があったとは知りませんでした。

井出:返品についても、小売店側が相当有利な仕組みになっています。公正取引委員会は、優越的地位の濫用を禁じています。にもかかわらず、不当な返品が存在するので、それを防止するためのマニュアルを経済産業省などが2017年に公開しています。

メーカー側としては、戻された商品が小売店でどんな管理をされていたかわからないため、消費者向けに再販(再度の販売)はできません。パッケージはコンクリートや再生紙、中身の食品は堆肥や家畜の餌としてリサイクルに回すしかないのです。

本来であれば、必要数だけ生産し、必要数だけ販売するのが商売のあるべき姿です。それが、1960〜70年代にかけて広域量販店が全国展開していく中、「大量に生産し、大量に販売するシステム」が定着しました。結果として消費者の利便性は高まった一方、大量の食品ロスを生む一因となってしまったのです。

――小売店側で改善に取り組んでいる事例はあるのでしょうか。

井出:改善への取り組みは広まっています。例えば、九州のあるスーパーでは「欠品を許容し、お客様に一番良いモノを届ける」をモットーとし、海が時化ている日は鮮魚コーナーがスカスカになることを許容しています。また、北海道のセイコーマートは、コンビニでありながら、賞味期限切れ前商品の値引き販売などを積極的に実施しています。

大手でも、イオンが食品ロス削減に向け、2025年までに食品廃棄物を半減すると宣言。廃棄物を資源として活用していく「食品資源循環モデル」の構築に取り組んでいます。ぜひこういう動きに積極的に取り組んで欲しいですね。

参考記事:イオン、食品廃棄物を2025年までに半減へ   食品ロス削減へ向けた各界の動き

食品ロスは誰にとっても身近な問題だからこそ、誰もが変わらなければならない

食品ロス解消のために期待したいのはテクノロジー、そして全ての人の意識変化
食品ロス解消のために期待したいのはテクノロジー、そして全ての人の意識変化

――食品ロスの解消に向け、私たち消費者はどういう取り組みをしていくべきでしょうか。

井出:まずは身近な食品ロスを見つけ、しっかり声をあげていくことでしょう。

例えばコンビニでは、クリスマスケーキやバレンタインチョコ、恵方巻きなどで発生する大量生産・大量破棄の問題があります。社員による無断発注の問題もありました。スーパーのように値引きなどで積極的に在庫を捌けない背景には、見切り(値引き)より廃棄した方が本部の取り分が大きい「コンビニ会計」の仕組みがあります。

そして食品ロスは、問題意識の薄い消費者側の問題でもあります。

大量廃棄は、単に無駄が発生するだけの問題にとどまらず、気候に対しても悪影響を与えます。また、売れ残り食品や飲食店の食べ残しによって生じる諸々のコストは、事業者が負担するだけにとどまりません。結局は食品の価格に転嫁されてしまいますし、焼却処分にかかる費用のほとんどは、私たちが自治体に収めた税金によるものです。

だからこそ消費者は。「これはおかしい!」と声をあげていく必要があるのです。

――消費者の需要に合わせた生産管理は現実的ではないのでしょうか。

井出:ファミリーマートでは、2019年から大型のクリスマスケーキの販売については完全予約制となりました。小型のケーキは25日夜にも商品棚にたくさん詰まっていましたが、第一歩と言えると思います。

小売店側としては、こういう取り組みを行うと潜在顧客の需要が減り、売り上げが落ちてしまう懸念を抱くでしょう。しかし、過剰生産による食品ロスが削減できることで、利益率を上げることも期待できます。実際そのような結果も出ています。

――食品ロスの解消によって、小売店側は経済的メリットを見込むこともできるのですね。

井出:今後期待されるのは電子タグの活用です。生産管理やマーケティング支援、フードサプライチェーンの過剰在庫や賞味期限切れ問題の解消が見込まれます。

リアルタイムで在庫状況が管理・把握・記録できるようになれば、適正量の食品を都度納品することが可能になります。回収トラブルが発生した際も、「何時何分のどの商品が対象」という特定ができれば、これまで数十万個単位で回収・廃棄となっていたケースも、数十個単位での対応で解決となるかもしれません。

機能面やコスト面での改善の余地は大きいですが、時間帯に合わせての自動値下げ(ダイナミックプライシング)や会計のスピーディー化、万引防止など、電子タグ活用にはさまざまなメリットが期待されます。

――テクノロジーの活用が食品ロスの解消に貢献できる部分は大きいのですね。

井出:気象データを活用した生産管理や在庫管理は、既に効果が実証されつつあります。

例えば相模屋食料はお豆腐の販売で、日本気象協会と連携。「夏は、前日との気温差が大きいほど体感温度で暑くなったと感じやすく、寄せ豆腐(冷奴)が売れやすい」というデータが明らかに。このデータに基づいて納品量を調整したことで、年間で実に30%の在庫ロス解消につながりました。

このように、生産者だけでなく小売店にとっても最適な販売スキームを構築できれば、消費者も含め誰もが得をできる世界に近づくはずです。

――食品ロスの解消の重要性について、井出さんが発信を続ける理由を理解することができました。今回2020年2月より配信開始の『食品ロス問題ジャーナリスト・井出留美のSDGs世界最新レポート』という連載シリーズでは、どのような情報を発信されていくのでしょうか。

井出:連載シリーズは有料版ということで、企業でSDGsに取り組む人や、既存の商慣習を変えて食品ロスや経営コストを削減したい人を対象にした記事の配信を予定しています。

――なるほど。特にSDGsについては、必要とわかっていても「何から取り組むべきか」と悩んでいる企業が多いという印象です。

井出:私は一般企業で14年半、NPOで3年ほど広報担当業務に従事してきました。SDGsに対し、企業は何から取り組むべきなのかについて、企業的視点での提案ができると思います。

SDGsの1・2・6・12などを中心に、コスト削減や働き方改革、ひいては生き方改革も見据えた「持続可能な取り組み」をぜひ紹介していきたいですね。

――では最後に、井出さん自身が情報発信によって期待したいことについて教えてください。

井出:これまでニュース個人での継続的な発信や書籍の上梓により、伝える機会が広がったことで、食品ロスという問題の認知拡大にささやかながら貢献ができたと思います。

この問題は、より多くの人にとって「知る」だけではなく「行動する」ことが重要になります。生産者、流通業者、消費者、小売店の全てに変わって欲しいと思いますし、変わらなければいけません。私の情報発信がその変化のきっかけとなることを期待したいですね。

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井出 留美(いで るみ)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン(株)、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。311食料支援で食料廃棄に憤りを覚え、誕生日を冠した(株)office3.11設立。日本初のフードバンクの広報を委託され、PRアワードグランプリソーシャルコミュニケーション部門最優秀賞へと導いた。近著に『食品ロスをなくしたら1か月5,000円の得!』『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』。食品ロス問題を全国的に注目されるレベルまで引き上げたとして2018年、第二回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018受賞。

食品ロス問題ジャーナリスト・井出留美のSDGs世界最新レポート

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の定期購読記事を執筆しているオーサーのご紹介として、編集部がオーサーにインタビューし制作したものです】

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