【中学受験】コロナ禍の私学・塾と、変わる保護者の意識

(写真:アフロ)

コロナ禍で中学受験に対する価値観が変わりはじめている。私学は教育改革と相まって、それぞれの方針を打ち出している一方で、塾関係者はほとんど変わらず、あるいは意図的に変わらないように振る舞っているケースが目立つ。そんな中、保護者の意識は目に見えて変わりはじめている。実際に筆者が見聞した状況や意見を元に考えてみたいと思う。

中学受験をやめる人・はじめる人

5月以降、筆者の元には2つの全く異なる相談が多数寄せられるようになった。1つは、中学受験塾や私学への不信である。通っている塾や私学がオンライン対応をしようとしない、あるいはオンライン授業のクオリティーが低すぎるというものだ。1度そういう視点を得ると、今まで見えなかった問題も気になってくる。そもそも今までの授業は子どものためになっていたのか? 塾や学校は本当に子どものことを考えているのか? 先生によってあまりにも授業の質や対応が違うのではないか? そういった疑問から、受験自体を考え直した方が良いのではないか、というものだ。

もう1つが、公立の学校の対応があまりにも酷いから、今まで全く考えていなかったけれど受験を考えはじめた、というものだ。また、不安定で予測できない時代だからこそ、大企業に就職するための学歴が必要で、そのために少しでも大学進学実績のよい私学を受験させたいという声も多かった。

偏差値では測れない多様化する私学

どちらの考えも理解できるものだが、塾業界や私学と、また様々な企業と同時に関わっている身としては、これらの相談に簡単に答えることはできない。完全にケース・バイ・ケースであり、問題はかなり複雑である。まず、私学と言ってもコロナ禍の対応は様々だ。一切オンラインに踏み切れなかった学校もある一方で、先生たちが一丸となってオンライン授業を作った学校もある。当然その2極の間には、特定の先生だけが頑張っていた学校もあるし、アウトソーシングをした学校もある。そして、それらが上手く行った学校もあれば、上手く行ったとは言えない学校もある。うまく行っているように見せているだけの学校もある。

実情は通っている生徒に聞くのが一番だが、聖学院(東京都北区)や、かえつ有明(東京都江東区)など21世紀型教育においてもリーダーシップを取っていた学校の対応は早く、生徒や保護者の評判もよく、自粛期間中も生き生きとしていた。一方でそれらの学校と同じようにオンライン授業への対応を謳っている学校でも、生徒や保護者からは「もう少しなんとかして欲しい」「オンラインにすれば良いってものではない」という声も聞かれた。こればかりは、ホームページや塾からの情報では全く分からない。注意しなければいけないのは、偏差値とは対応していないということだ。高偏差値で人気がある学校が、オンラインや新しい教育においても優れているかというと、全くそんなことはない。実態から評価まで、多種多様で、一言で「私学」と括ることはできない。その辺を多くの塾は隠している、あるいは把握していない。

変わらないことへの疑問

塾業界の場合は、規模に関わらず元に戻ろうとする力学が働いている。生活面や部活など授業以外の側面も多い学校と違い、授業が商品である塾にとってオンラインの諸刃の剣はより鋭利である。抱える講師が多いほど、その質を担保するのは難しく、保護者に授業が筒抜けになってしまうオンラインは避けたいと考えている経営者も少なくない。一方で、教室でよい授業ができる講師でなければ、オンラインでよい授業はできないため、生徒や保護者からはより良い先生を探しやすくなったとも言える。

どちらにしても、社会が大きく変わっていく中で、変わらないことは不自然であるし、その社会で生きていくために、従来と同じ学びで良いはずはない。本質的なことは変わらないという意見もあるだろうが、松尾芭蕉に「不易流行」という言葉がある。本質的なことは、時代に合わせて形を変えながら残っていくということだ。塾選びも学校選びも、また学びの方法も、時代に合ったものを選ぶ必要がある。さらに何よりも大事なのが、それらが個性に合っているかどうかだ。誰もが予測できないと認める時代において、相性の良い方法や場所は、一般化されたシステムであるはずがない。中学受験をするのは小学生である。自分自身でそういう視点に立つことは難しい生徒がほとんどだ。だからこそ、今一度、保護者が自分の経験と重ねすぎず、受験を捉え直すことが必要ではないか。(矢萩邦彦/知窓学舎教養の未来研究所