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「うんこ文化」を考え、全ての人が気持ちよく排便を 石川で保健師・榊原千秋さんら「学会」設立

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
榊原千秋さん監修の“育便”の絵本『そのとき うんちは どこにいる?』(筆者撮影)

 排便に関する悩みは下痢や便秘、その両方が交互に起こるなど、さまざま。ネット上には情報が溢れているものの、原因や症状は個人差が大きく、どれが自分に合うか分からない。また、なかなか相談しにくい。そこで排便についてさまざまな立場からオープンに語り合い、情報を共有・発信する場として学会が設立された。保健師の榊原千秋さん(59)=石川県小松市=は一般社団法人「うんこ文化学会」を立ち上げ、11月には第1回学術集会を開催する。気持ちのよい排便は、その人の健康と福祉に貢献するという視点から学際的な研究・教育・交流を目指す。どんな思いがあるのか。

一般社団法人「うんこ文化学会」を立ち上げた保健師の榊原千秋さん(筆者撮影)
一般社団法人「うんこ文化学会」を立ち上げた保健師の榊原千秋さん(筆者撮影)

 保健師・助産師・看護師である榊原さんは2015年に排便の相談窓口「おまかせうんチッチ」を開設。昨年からは毎週水曜日、午後1時から4時まで予約制で排便に関する相談を受ける「うんこの保健室」という事業を始めた。相談者は0歳児の母親から100歳まで、相談内容も多種多様である。

排便の姿勢・保温・服薬・体操・食事から改善

 ゴルフが趣味の元気な80代男性は、20年近く下痢に悩んできた。「水様便」といって茶色い液体のような便が出ることが悩みだった。「ブリストル便性スケール」「ブリストル便量スケール」をもとに2週間、排便チェック表をつけると1日に15回と頻便の傾向があり、医師から処方された下剤を内服していることが分かった。

ブリストル便性スケール(榊原さん提供)
ブリストル便性スケール(榊原さん提供)

便量スケール(榊原さん提供)。相談では「ブリストル便性スケール」に基づいて「普通便」とそれより「やや硬い」「やや軟らかい」状態の便がバナナ1本分程度出るよう調整する
便量スケール(榊原さん提供)。相談では「ブリストル便性スケール」に基づいて「普通便」とそれより「やや硬い」「やや軟らかい」状態の便がバナナ1本分程度出るよう調整する

 そこで、排便のしくみや内服している下剤の効用について伝え、便の性状を確認しながら、1カ月以上かけて下剤を減らした。腹部をマッサージし温めることで自然に腸が動き始め、高発酵性食物繊維を取り入れることで腸内環境も改善。気持ちよく排便できるようになった。

「相談者の『下痢と頻便をどうにかして欲しい』という思いは切実でした。1か月経ったある日『すごいです。便意を感じてトイレに行ったら、ドスンと30センチもある立派な便がでました。もう二度とこんなうんこはできないと諦めていました。もう、これで大丈夫です』と笑顔で卒業していかれました」(榊原さん)

 ちなみに「健康なうんこ」とは、軟らか過ぎず、硬過ぎず、色は焦げ茶。バナナ1本分程度の量の便がコンスタントに出ることが望ましい。適切な排便周期は人によって異なり、1日2回でも3日に1回でも、その人に合ったペースで。気持ちよく、健康な形状・量の便が安定して出れば問題はないそうだ。

妊娠中から腸内環境を整える“腸活”が必要

 生まれて3週間の赤ちゃんの母親から「赤ちゃんが便秘なんです」という相談もあった。綿棒で肛門を刺激する「綿棒浣腸」などを試したが、なかなか改善しないので相談に来た。「赤ちゃんのお腹をさすってあげて、ホットパックでお腹と腰の周りを温めてから、おっぱいを飲ませるといい」などと助言した。

 新生児の便秘に悩む母親に話を聞くと「私も高校時代から便秘」とのこと。常在腸内細菌は、出産時に母親から約6割を得るため、妊娠中から腸内環境を整える“腸活”が必要である。この菌は1歳になるまでにその働きが確立される。このような理由から乳児は親と一緒に風呂に入るなど、スキンシップをすることも大切だという。榊原さんは排便の仕組みのベースとなる知識を、絵本などを使って親子に分かりやすく伝えている。

こども園で絵本『そのとき うんちは どこにいる?」の読み聞かせをする榊原さんら(本人提供)
こども園で絵本『そのとき うんちは どこにいる?」の読み聞かせをする榊原さんら(本人提供)

 障がいのある小学生を育てる母親は、男児のオムツを外すトレーニングで悩んでいた。榊原さんは「座った時、便座にお尻が沈みこんでいませんか」「つま先が床と離れていませんか」と質問。正しい姿勢を次のように解説した。

「理想的なのは(オーギュスト・)ロダンの“考える人”のポーズです。前かがみでつま先を立てて踏ん張ることができるとスムーズに排便が促されます。足がブラブラしていたら便器の前に小さな台を置くように勧め、へその周りをマッサージすることで便秘傾向が改善されました」

新型コロナで運動不足から便秘に

 新型コロナウイルスの感染拡大により学校部活動が制限されるなど、子ども達は運動する機会が減っている。榊原さんは「コロナ禍も、気持ちのよい排便を妨げる悪影響を生んでいる」と話す。

「運動不足により便秘気味になっている子は少なくありません。食事の量が減っている子もいます。拒食症の傾向が見られることも。すると女の子は生理が止まります。放っておくと、将来、不妊の原因になるかもしれません」

 榊原さんは「子どものころから『食べたものが、うんこになる』という意識を持って生活することが大切」と強調する。硬い便を出そうといきんだり、下痢が続いたりすることで肛門周辺への刺激が続くと痔になりやすくなる。相談者の中には20歳になる前に3度も痔の手術を受けた若者がいた。

「もっと早く相談してほしかった。痔を繰り返すのは肛門周辺の血流が悪い方が多いです。シャワーだけで済まさず、湯に浸かって身体を温めるように勧めています。幼いころから、自分のうんこや体に関心を持ってほしい」

排便は自己否定と肯定が交差する現象

「気持ちのよい排便」は、心の健康にも影響を及ぼすと考えている。オーストリアの精神医学者、ジークムント・フロイト(1856年―1939年)が「肛門期(1~3歳)には快感を得る部位が口唇から肛門へと移動するため、欲求を排便によって満たそうとする」と述べている点を挙げ、「排便をコントロールできると、うんこが愛おしいと思える」と話す。

「排便とは自己否定と肯定が交差する現象だと思います。母親が『いいうんこが出たね』と子どもを褒めると自己肯定感が高まるし、トイレトレーニングがうまくいかずに叱ってばかりいると、自己肯定感が下がってしまいます。排便にまつわるマイナスイメージは大人になっても影響を及ぼし、気持ちよい排便を妨げる行動を取ってしまうこともあります」

「玄米ホットパック」は布製の袋に玄米が入っており、電子レンジで加温して腹や腰に当てる。大人用、赤ちゃん用がある(筆者撮影)
「玄米ホットパック」は布製の袋に玄米が入っており、電子レンジで加温して腹や腰に当てる。大人用、赤ちゃん用がある(筆者撮影)

赤ちゃん用の「玄米ホットパック」(榊原さん提供)
赤ちゃん用の「玄米ホットパック」(榊原さん提供)

 子どものころ、「うんこは汚い、臭い」と排便をマイナスにとらえてしまうと、健康な排便習慣が身につかない。男子トイレで個室に入っていて「○○ちゃん、うんこしている。くさ~い」とからかわれ、学校で大便をしたくなっても我慢するようになった子どもが便秘になることも。乳児の時から下剤を使い始め、やめ時が分からず軟便が続き、保育園・幼稚園や学校で便失禁。子どもが自信をなくして不登校などの原因になるケースもあるという。

 幼いころから“うんこ”を前向きなイメージで捉え、ちゃんと出すことが健康だと学ぶ「便育」をしていく必要がある。その情報拠点となるのが日本うんこ文化学会である。

40歳で金沢大学大学院に進み排便ケアを研究

「日本うんこ文化学会」は、排便をあえて文化と捉え、排便のケアや便を気持ちよく出す文化の創成と発展を目指している。医学、薬学、看護学、社会学、介護福祉学、社会福祉学、栄養学、保健学、教育学、建築学、文化人類学、心理学などの分野の参加者が調査・研究に取り組み、発信していくために創設された。榊原さんが代表理事を務め、副代表は小松大学保健医療学部看護学科在宅看護学教授の徳田真由美さんとなっている。

 榊原さんは20代のころから保健師として活動し、排便ケアの重要性を感じていた。40歳で金沢大学大学院の修士課程、博士課程へと進み、高齢者の排便ケアについて研究、その後は大学の教員となって訪問看護師と保健師の育成に携わった。2015年に退職して小松市内に「ちひろ助産院」「訪問看護ステーションややのいえ」などを整備し、利用者の相談に応じるとますます排便ケアに力を入れることになった。

 排便ケアの専門家「POO(プー)マスター」を育成するプログラムを独自に考案。全国各地で養成講座を開き、500人近い専門家を育てている。POOマスターを育成する機関としては「うんこ文化センター おまかせうんチッチ」を立ち上げた。その拠点は「とんとんひろば」である。さまざまな呼称が出てくるが、整理すると「ややのいえ」と「とんとんひろば」はいずれもコミュニティスペースであり、スタッフが連携して多主体・多職種ネットワークを形成し、排便ケアを含めた介護・育児の支援を担っている。

「すっきりん」の窓口である「とんとんひろば」に置かれたシンボル旗(榊原さん提供)
「すっきりん」の窓口である「とんとんひろば」に置かれたシンボル旗(榊原さん提供)

 また、小松市は2019年度から排便ケアを支援する「コンチネンスパートナー」の養成をスタート、榊原さんはこの育成プログラムをコーディネートした。21人の「パートナー」が誕生し、彼らが所属する施設などを「すっきりん」という窓口に指定し、12カ所で相談業務に応じている。同市は「コンチネンスケア(排泄ケア)先進都市こまつの推進」をスローガンに掲げており、日本うんこ文化学会と自治体のタッグは、すでに強固である。

悩みを気軽に相談できる地域づくりが目標

 榊原さんは「排便ケアは地域を変える」と考えている。なぜなら排便の課題が解決できれば副交感神経が優位になり、機嫌のいい人が増えるのでコミュニティーヘルスにもつながる。「うんこの悩みを気軽に相談できる地域づくり」は目標である。日本うんこ文化学会を立ち上げて法人格を取得するにあたり、印鑑を作って行政窓口や金融機関などで手続きを行った。

「行く先々で『日本うんこ文化学会様』と連呼され、多くの方に知っていただける機会になったことは“うんこ”を恥ずかしがらずに語っていいんだというアピールになったと思いますし、認知されている実感もありました。職責上、医療・介護の現場で排便ケアの重要性を語ってきましたが、学会設立を契機に学際的な取り組みによって多くの人が関わります。うんこをしない人はいません。誰もが不調を感じる前から排便ケアに取り組む意識を持つことを願っています」

日本うんこ文化学会第1回学術集会の詳細(同学会提供)
日本うんこ文化学会第1回学術集会の詳細(同学会提供)

 日本うんこ文化学会の設立総会と第1回学術集会は11月6日から2日間、石川県小松市で開かれる。「広々と 気持ちよく出す を叶える『うんこ文化』学の創成」をテーマとし、オンライン参加も可能。オンデマンド配信を予定している。

Zoomで取材を受ける榊原さん(筆者撮影)
Zoomで取材を受ける榊原さん(筆者撮影)

 榊原 千秋(さかきばら・ちあき) 1962年2月生まれ、愛媛県宇和島市出身。結婚を機に石川県小松市へ。同県立公衆衛生専門学校保健婦助産婦科卒業、町役場や在宅介護支援センターの保健師、ケアマネジャーなどを経て金沢大学医学系研究科保健学専攻で学び、2012年に博士課程後期修了。その間から同大学医薬保健研究域保健学系看護学類の助手・助教・講師を務め、2015年「合同会社プラスぽぽぽ」「コミュニティスペースややのいえ」を設立し、ちひろ助産院、「うんこ文化センター おまかせうんチッチ」、2016年に「訪問看護ステーションややのいえ」を立ち上げる。2018年にはおまかせうんチッチの拠点となる「コミュニティスペースとんとんひろば」を開設。保健師、助産師、看護師、コンチネンスアドバイザー(NPO法人日本コンチネンス協会認定)。

※参考文献など

・絵本『そのとき うんちは どこにいる?』(榊原千秋監修、きたがわめぐみ作、日本看護協会出版会、2020年5月)

・『おまかせうんチッチ 排便ケアプロフェッショナルを目ざす人のための MY own UNKO BOOK』(榊原千秋著、木星舎、2019年9月)

・「ややのいえ&とんとんひろば」ホームページ

https://sorabuta.com/wp/kaigostation_yaya/

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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