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後輩が演じた『I AM ZLATAN』、納得のグランプリ『LFG』ヨコハマ・フットボール映画2023

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
ズラタン・イブラヒモビッチの若き日を描いた『I AM ZLATAN』。

 週末の6月17日と18日、横浜市の「かなっくホール」にて、ヨコハマ・フットボール映画祭(YFFF)2023が開催されていた。

 YFFFは国内外のフットボール映画を集めて、2011年から横浜市にて毎年開催。今年で13回目を数え、今年はFIFA+からも取材を受けている。かなっくホールでの上映は昨日で終わったが、見逃した方にもチャンスはある。本日19日から23日まで、シネマ・ジャック&ベティでも「追っかけ上映」されるからだ。

 私は17日に『I AM ZLATAN / ズラタン・イブラヒモビッチ』と『LFG-モノ言うチャンピオンたち-』を鑑賞。前者は21日、後者は22日に追っかけ上映される。どちらもサッカーファンには(もちろん、サッカーファン以外にも)ぜひご覧いただきたい秀作。ネタバレにならない程度に、それぞれの作品を紹介したい。

故郷のマルメでの悪童時代、そしてアヤックスからユベントスへのジャンプアップが同時進行する『I AM ZLATAN』
故郷のマルメでの悪童時代、そしてアヤックスからユベントスへのジャンプアップが同時進行する『I AM ZLATAN』

 最初に紹介する『I AM ZLATAN』は、今季41歳で現役引退を発表した、ズラタン・イブラヒモビッチの半生を描いたスウェーデンの作品である。この規格外のフットボーラーについては、今さら多くを語るまでもないだろう。

 生まれも育ちも、スウェーデンのマルメというズラタン。だが、父親はボスニア・ヘルツェゴビナ出身で、母親はクロアチア出身の移民2世である。スウェーデンは「移民に寛容な国」というイメージがあるが、当然ながら移民ゆえの格差や軋轢は存在する。

 本作は、故郷のマルメでの悪童時代のストーリー、そしてアヤックスでの不遇の時代を経てユベントスへの移籍を果たすまでのストーリーが、交互に進行。それぞれ丁寧に描かれているので、サッカーに詳しくない人でも、困惑することはないはずだ。

 有名選手のバイオグラフィーを扱った映像作品の場合、どうしても気になるのが「再現性」。どれだけルックスや雰囲気が本物と似ているのか。プレーや立ち居振る舞いに違和感はないか。サッカーファンであれば、なおのこと気になってしまう。

 青年期のズラタンを演じた、グラニト・ルシティ(Granit Rushiti)は2000年の生まれ。国籍はスウェーデンだが、アルバニア語も母語であることから、おそらくコソボにルーツを持っているのだろう。身長は190センチなので、本物よりも5センチ低いが、まあ許容範囲内。

 それ以上に重要なのが、彼がマルメFFのユース出身であることだ。つまり、ズラタンの後輩に当たる(道理で上手かったわけだ)。家庭内でのセルボ・クロアチア語での会話にも、リアリティが感じられた。「もう少し顔立ちが似ていれば」とも思ったが、偉大な先輩を存分に演じきったことを評価したい。

「男子より実績があるのに、なぜ報酬は男子よりも低いの?」という疑問から立ち上がった女子アメリカ代表を描く『LFG』
「男子より実績があるのに、なぜ報酬は男子よりも低いの?」という疑問から立ち上がった女子アメリカ代表を描く『LFG』

 続いて紹介する『LFG』は、女子アメリカ代表のドキュメンタリーである。今年の7月、オーストラリアとニュージーランドで女子ワールドカップが開催されるが、アメリカはディフェンディングチャンピオン。過去8回のワールドカップで、最多4回の優勝を果たしている。

 ちなみに男子のアメリカ代表は、過去22回のワールドカップで本大会に出場したのは10回で、最高成績は1930年大会のベスト4。それに対して女子は、過去すべてのワールドカップで、3位以上の成績を残している。つまりアメリカは、サッカーにおいて「女子のほうが実績を残している国」なのである。

 ところがUSSF(合衆国サッカー連盟)から支払われる報酬は、男女の代表チームに明らかな格差があった。これを是正するべく、キャプテンだったミーガン・ラピノーを中心に、USSFに対して「男女同一賃金(イコール・ペイ)」を訴える。2019年の女子ワールドカップ直前のことであった。

 本作は、アメリカ女子代表の「イコール・ペイ」について、CNNが徹底的に密着したドキュメンタリー。2019年3月8日の「国際女性デー」を起点として、同年6月から7月にフランスで開催されたワールドカップ、さらにその後の訴訟の経緯と意外な結末までを見事に描ききっている。

 本作は「フットボール映画」でありながら、プレーを描いたシーンは4分の1にも満たない。それ以外は、訴訟に向けた戦い(メディア戦略含む)、そして仲間たちの連携と淡々とした日常。練習や試合に集中すべきサッカー選手が、途方もない訴訟の準備をする。それがどれだけ大変であるかは、容易に想像できるだろう。

 なぜ彼女たちは、オフ・ザ・ピッチでの戦いに、これほどの情熱を傾けていたのか? それはイコール・ペイの問題が、単にアメリカ女子サッカーだけの問題ではなく、あらゆる女性アスリートの問題、さらには全世界の女性の人権にも関わる問題であることに、彼女たちが気付いてしまったからだ。

 サッカーにあまり関心がない人にも、そしてジェンダー問題に疎い私のような男性にも、ぜひ観てほしい作品。今年のYFFFアワードのグランプリに輝いたのも、きっと納得できるはずだ。なお、タイトルの『LFG』の意味については、本作の冒頭で確認できるので、あえてここでは明かさない。

<この稿、了。写真はすべてYFFF提供>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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