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天皇杯の魅力「ジャイキリ」を予感させた好ゲーム【準々決勝】ブラウブリッツ秋田vs福山シティFC

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
J3王者のブラウブリッツ秋田に敗れ、ファンに挨拶する福山シティFCの選手たち。

■福山は今大会の「東京クルセイド」である

 12月23日、天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の準々決勝2試合が開催された。2年前までは天皇誕生日の祝日で、毎年のように天皇杯の試合が日中に行われていたが、令和の時代は平日。よって、ユアテックスタジアム仙台でのブラウブリッツ秋田vs福山シティFC、そしてノエビアスタジアム神戸での徳島ヴォルティスvs Honda FCは、いずれも19時キックオフとなった。

 準々決勝の取材は、仙台でのゲーム一択であった。現地の寒さが気にはなったものの、熱い試合になるという確信があったからだ。この準々決勝から登場する秋田は、今季のJ3を28試合無敗で優勝。同時に、J2昇格と天皇杯出場も決めている。対する福山は、JFLの下の地域リーグのさら下。広島県1部の所属ながら、今大会はバレイン下関、三菱水島FC、アルテリーヴォ和歌山、そして福井ユナイテッドFCという、いずれも地域リーグの格上を撃破している。

 天皇杯をはじめとする、カップ戦の一番の醍醐味といえば、カテゴリーの下位チームが上位チームに打ち勝つ「ジャイキリ(ジャイアント・キリング)」であろう。人気サッカー漫画のタイトルにもなっているが、むしろ今回の福山の躍進は、ビッグコミックスペリオールで連載中の『フットボールネーション』(大武ユキ)の世界観に近い。この作品は、東京都3部所属の東京クルセイドが「本気で天皇杯を獲りにいく」という破天荒な設定。今大会での福山は、まさに「東京クルセイド」そのものである。

 カテゴリーが3つ下で、選手は全員がアマチュア。そんな福山が、果たして秋田に勝利することは可能なのだろうか。今季就任した吉田謙監督の下、フィジカルと走力とゴールへの意識に磨きをかけ、堂々たるJ3制覇を果たした秋田であったが、以後の6試合は1勝2分3敗。今月に入ってから勝利はなく、逆に3失点で敗れた試合が2つあった。理論派で知られる福山の小谷野拓夢監督が、綿密なスカウティングに基づいて入念な準備をチームに施したならば、あるいは「ジャイキリ」は実現可能なのかもしれない。

同点のままハーフタイムを迎えようとした福山だったが、アディショナルタイムのCKから痛恨の失点。
同点のままハーフタイムを迎えようとした福山だったが、アディショナルタイムのCKから痛恨の失点。

■天皇杯の醍醐味が凝縮された同点ゴール

 序盤は球際での秋田の迫力に、福山が翻弄される時間帯が続いた。福山にしてみれば、県リーグはもちろん、天皇杯でも経験したことのない圧力に感じられたはずだ。12分を過ぎてからは、本来のパスサッカーが機能し始めるが、J3王者は注意深く観察しながらチャンスを窺う。そして15分、ついに秋田が先制。相手のパスをカットした茂平が、自ら持ち込んでシュート。ポスト右にはじかれるも、冷静に右足で押し込んだ。

 今大会、初めて先制された福山。しかし大きく崩れることなく、すぐさま自分たちのスタイルを取り戻してゆく。さらに41分には、高山剛とのパス交換から吉井佑将が抜け出してシュート。いったんは相手GKにブロックされるも、こぼれ球を角度のない地点からゴール右隅にたたき込んだ。今季の失点がリーグ最少(1試合平均0.53点)の秋田に対し、県1部の福山が同点ゴールを挙げる。それはまさに、天皇杯の醍醐味が凝縮された瞬間であった。

 このままハーフタイムを迎えれば、福山にも十分に勝機は見出だせそうだ。誰もがそう感じたアディショナルタイム1分、秋田はCKのチャンスを得る。キッカーは、正確なセットプレーが武器の江口直生。右足から放たれた弾道は、ニアサイドで韓浩康の頭を経由し、ファーで待ち構えていた久富賢がネットを揺らす。今季の秋田の得点は、およそ半分がセットプレーによるもの。「いかにも秋田らしい」という以上に、Jクラブの意地が感じられる勝ち越しゴールであった。

 エンドが替わった後半は、積極的な攻撃から福山がチャンスを作るようになり、守備面でも相手にシュートを打たせない展開が続く。ようやくスコアが動いたのは88分。FKのチャンスを迎えた秋田は、江口のキックが福山の7枚の壁を軽々と越え、GK平田陸の逆を突いてニアサイドに収まった。前半には14本ものシュートを放った秋田だったが、後半はFKによるこの1本のみ。3−1で勝利した秋田が、初の準決勝に駒を進めた。

福山の小谷野拓夢監督(右)。大卒1年目の若き指揮官は、この日の敗因について「自分の力不足」と語った。
福山の小谷野拓夢監督(右)。大卒1年目の若き指揮官は、この日の敗因について「自分の力不足」と語った。

■すべてのアマチュアチームにも拍手を!

「ブレることなく、チーム一丸となってここまで勝ち進めたことについては、選手を褒めたいと思います。前半15分あたりから、自分たちのやりたいサッカーができるようになって、同点ゴールにもつながりました。それだけに(前半終了間際での)失点は痛かった。相手とのフィジカルの差も痛感しました」

 試合後の小谷野監督のコメントである。奇しくも明日(12月24日)が、23回目の誕生日。これほど若い指導者が(しかも就任1年目で)、ここまでチームを導いたことに、まず驚かされる。一方で気になるのが、どこまで秋田のスカウティグができていたのか、ということ。小谷野監督の答えは、少し意外なものであった。

「福井戦から中2日で、しかも分析できるのが自分しかいないので、スカウティングには限界がありました。それでも睡眠時間を削って、可能な限りの分析を試みたんですが、秋田は(リーグ最終節の試合から)メンバーがほとんど変わってしまって……。そこは自分の力不足だと思っています」

 この日の秋田は3日前の最終節から、2得点に絡んだ江口以外の10人を入れ替えていた。むしろ第33節のスタメンが近かったのだが、そこまでスカウティングに費やす余裕もマンパワーもなかったのだろう。加えて選手層も限られており、中2日の負担は秋田以上だった。そうした状況にもかかわらず、若き指導者に率いられた県1部のアマチュア軍団は、J3王者を相手に堂々と渡り合い、劇的な「ジャイキリ」を予感させる戦いさえ見せていた。

 そんな福山には、最上級のリスペクトをこめて拍手を送りたい。そしてこの日、徳島に0-3で敗れたHonda、さらには今大会に出場した、すべてのアマチュアチームにも拍手を! 今後の天皇杯はJクラブ同士の対戦となるが、ここまでの大会を盛り上げてくれたのは、間違いなく彼らアマチュアだったのだから。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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