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天皇杯で実現した関西リーグのリターンマッチ 【3回戦】アルテリーヴォ和歌山vsFC TIAMO枚方

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
和歌山と枚方による関西リーグ勢同士の対戦は、延長戦の末に和歌山が逆転勝利した。

■コンペティティブな関西リーグ勢同士の対戦

 10月28日、天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の3回戦7試合が開催された。今回、私がチョイスしたのは、和歌山県代表のアルテリーヴォ和歌山と大阪府代表のFC TIAMO枚方という顔合わせ。会場は、ヤンマースタジアム長居である。和歌山は2009年以来、12大会連続の天皇杯出場。対する枚方は、今大会が初出場。両者は関西リーグ1部に所属しており、今季の順位は枚方が1位、和歌山は6位である。

 試合前日、和歌山のトレーニングを取材した。巨大な工場の煙突が間近に見える、人工芝のグラウンドでの前日練習は、9時30分から11時まで。メンバー全員が、おそろいの黒いトレーニングウェアを身にまとっていた。和歌山もまた、将来のJリーグ入りを目指しているクラブだが、カテゴリーはJ1から数えて5部。全員が働きながらプレーしており、当然ながら活動予算も限られている。それでも和歌山は、地域リーグの中では「ちゃんとしている」感が強いクラブだ。

 今季は8チーム中6位に終わったものの、関西1部での優勝は2回。今季はコロナ禍の影響で、リーグ戦が半分の7試合の短期決戦となった上に、怪我人の続出にも悩まされた。チームの立て直しに苦労しているうちに、シーズンが終わってしまった感は否めない。全国で9つある地域リーグのうち、関西リーグは関東リーグと並んでコンペティティブなリーグ。14年に奈良クラブとFC大阪がJFLに昇格して以降、それ以外の「上を目指す」クラブが、ずっとしのぎを削る状況が続いている。

 そんな中、今季の関西リーグを初めて制し、JFL昇格を懸けた地域CL(全国地域サッカーチャンピオンズリーグ)出場を果たしたのが、こちらもJリーグ入りを目指している枚方。もっとも今季は、1位、2位(AS.Laranja Kyoto)、3位(Cento Cuore HARIMA)が勝ち点13で並ぶ大接戦であった。得失点差で枚方が優勝できたのは、和歌山に5−0で大勝したことが大きかった。9日後に迫る地域CLを意識しながらの枚方、そしてリーグ戦でのリベンジに燃える和歌山。それが、この試合の構図であった。

昨シーズンに枚方に加入した、元日本代表の二川孝広(左)。試合の流れを変えるべく延長後半で登場。
昨シーズンに枚方に加入した、元日本代表の二川孝広(左)。試合の流れを変えるべく延長後半で登場。

■枚方に2点先制されるも、心が折れなかった和歌山

 試合は序盤から枚方がペースを握り、和歌山が跳ね返すという展開から始まった。リーグ戦では大勝している枚方であったが、チームを率いる小川佳純監督は、この日の相手に違和感を覚えていたという。いわく「リーグ戦の時は前線で蹴り込んでくるサッカーだったんですが、今回はそうでなかった」。一方、和歌山の北口雄一監督は「リーグ戦では前線でタメを作れる選手が(怪我で)不在で蹴っていましたが、今回はビルドアップして前で勝負することができました」。

 小川監督も北口監督も、今季からの就任。加えて今季の関西リーグは、1回戦総当たりの変則レギュレーションだった。そのため、たった1回の対戦でのイメージに引きずられてしまったのは、無理からぬ話であろう。それでも、先制したのは枚方。42分、木田直樹による右からのクロスにチョ・ヨンチョルが頭でネットを揺らす。さらにエンドが替わった53分、木田がドリブルで持ち込んで左足を振り抜いて追加点。

 しかし、和歌山の選手たちは、決して心が折れることはなかった。彼らが反撃の狼煙をあげたのは68分。井ノ内拓也が左サイドから持ち上がり、思い切り放ったシュートは、GK武田博行のファンブルを誘ってオウンゴールとなる。その2分後には、武田が味方に送ったボールを白明哲がヘディングでクリアし、最後は山本大稀がワンタッチで同点ゴールとした。その後も両者は互いに譲らず、勝敗の行方は延長戦に委ねられることとなる。

 延長前半終了後、枚方は4枚目の交代カードを切る。木田に代えて投入されたのは、元日本代表の二川孝弘、40歳。今季の二川はゲーム終盤での起用は多いが、ここ一番で流れを変える技量は今も健在だ。和歌山とのリーグ戦、見事な直接FKによるダメ押しの5点目を決めたのも、10番を担う大ベテラン。しかし、この試合最後のゴールを決めたのは和歌山だった。109分、山本の左からのラストパスに、途中出場の林祥太が右足ダイレクトで突き刺し、これが決勝ゴールとなった。

今季から枚方を率いる小川佳純監督。制約と兼務が多い地域リーグだが「その分、やりがいを感じる」と語る。
今季から枚方を率いる小川佳純監督。制約と兼務が多い地域リーグだが「その分、やりがいを感じる」と語る。

■4回戦に進出した和歌山、地域CLに切り替える枚方

 かくして和歌山は、関西リーグのライバルに3−2で逆転勝利し、見事にリベンジと4回戦進出を果たすこととなった。これまで12回の出場経験がある和歌山だが、そのうち7回は延長戦で敗れている。前回大会は2回戦でセレッソ大阪と対戦し、1−1のスコアで延長戦まで粘ったものの、消耗しきった末に1−3で終戦となった。しかし今回は、自分たちでボールを動かすことで、逆に相手を消耗させることに成功。北口監督の的確なベンチワークも奏功して、関西チャンピオンを圧倒した。

 この日のMVPは、1ゴール1アシストの山本だが、影のMVPはベンチ外の久保裕一だろう。久保は地元出身の元Jリーガーで、ジェフユナイテッド千葉やファジアーノ岡山などでプレー。今季限りの引退を発表していたが、リーグ戦最終節でサスペンドとなってしまった。キャプテンの大北啓介は「もう一度、久保と一緒にプレーするためにも、このままシーズンを終わらせるわけにはいかない。できるだけ長く、このチームでやりたいという思いがありました」と語る。

 一方、敗れた枚方の小川監督は、名古屋グランパスのファンには懐かしい名前であろう。昨年、最後のクラブとなったアルビレックス新潟で、35歳で現役を引退。選んだ進路は、地域リーグでの監督業であった。まったく未経験からのスタートだったが、僅差とはいえ厳しい関西リーグを制した手腕は見事と言えよう。実は今季の枚方は、ここまでの公式戦で無敗。小川監督にとっては、これが監督人生で初の敗戦となってしまった。

 試合翌日、枚方のトレーニング場を訪れてみると、選手も指揮官も地域CLに切り替えていた。今回の敗戦について、小川監督は「2点リードしている状況から勝ち切る経験は、今季のリーグ戦ではなかったので、その意味でいい教訓になったと思います」と前向きな様子。11月6日から始まる地域CLの初戦で対戦するのは、新潟医療福祉大学に勝利して4回戦進出を果たした、福井ユナイテッドFCである。天皇杯4回戦が開催されるのは12月12日と13日。その前に、JFL昇格を懸けた戦いにも注目したい。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

※FC TIAMO枚方の小川佳純監督と二川孝広選手のインタビューは、宇都宮徹壱ウェブマガジンにて来週掲載予定。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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