Yahoo!ニュース

地元飲食事業者とサポーターを繋ぐ鹿島アントラーズ 「鹿行の『食』を届けるプロジェクト」が生まれた背景

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
地域連携チームマネージャーの吉田誠一氏(左)とプロジェクトを担当した櫻井奨貴氏。

■なぜ鹿島は「食」にフォーカスしたのか?

 新型コロナウイルスの感染拡大により、依然として再開の見通しが立たないJリーグ。そんな中、最多タイトル数を誇る鹿島アントラーズが、興味深い活動を開始して話題になっている。4月1日にリリースした「鹿行(ろっこう)の『食』を届けるプロジェクト」である。

 鹿島のホームタウンである鹿行5市(鹿嶋、潮来、神栖、行方、鉾田)および周辺地域にある、通販やテイクアウト、デリバリーが可能な飲食事業者を特別サイトで紹介。なかには鹿島のホームゲームに出店している事業者もあり、鹿島サポーターはもちろん、「アウェー飯」を懐かしむ他のサポーターにも好評を博している。

「発想の原点にあったのは、東京をはじめとする首都圏の人たちに、ここの産品を買っていただくということ。そのためには鹿島アントラーズという地元のクラブをハブとして使っていただくことで、鹿行の美味しいものを広く知っていただき、食べていただくということですね」

 そう語るのは、地域連携チームマネージャーの吉田誠一氏である。鹿島の地域連携チームは、いわゆるホームタウン活動を行うセクションで、メンバーは8名。それにしても、なぜ鹿島は「食」にフォーカスしたのだろうか。今回のプロジェクトを担当した櫻井奨貴氏はこう説明する。

「札幌商工会議所が『緊急在庫処分SOS!』というHPを立ち上げていたのを、社長の小泉(文明)が見つけて、ビジネスチャットツールのSlackで全社員に共有したのがきっかけです。社長はよく『これ、面白い!』と思った記事のリンクをSlackに貼るんですが、その時に『ウチでも地元の飲食情報を提供できないだろうか』と着手したのが、われわれ地域連携チームでした」

鹿島アントラーズの小泉文明社長。Slackで全社員に共有した記事が、プロジェクト発足のきっかけとなった。
鹿島アントラーズの小泉文明社長。Slackで全社員に共有した記事が、プロジェクト発足のきっかけとなった。

■「われわれは地域の皆さんに何を提供すべきなのか」

 ピッチ上での勝負強さばかりが話題を集める鹿島だが、一方で注目したいのが「ノンフットボール」でのビジネスである。カシマサッカースタジアムの指定管理者である強みを活かし、試合以外でのビジネスチャンスを積極的に作ってきた実績がクラブにはあった。ただし今回のプロジェクトは「これまでのノンフットボールビジネスとは一線を画したものです」と吉田氏。

「従来のノンフットボールビジネスというのは、たとえば(スタジアムに併設された)カシマウェルネスプラザであったり、スタジアムを活用したさまざまなイベントであったりを指しています。今は試合もないし、人を集めたイベントもできません。そうした中で、われわれは地域の皆さんに何を提供すべきなのか。いろいろ議論するうちに『地域とクラブが支え合っていくことを、まずは考えていく必要がある』という結論に至りました」

 今回のコロナ禍が、さまざまな業界に深刻なダメージをもたらす中、最初に影響を受けたのが飲食業界であったのは周知のとおり。鹿島のホームゲームが行われなくなったことで、スタジアムのみならず鹿行全域の飲食店は大打撃を被っていた。地域の衰退は、クラブにとっても死活問題。その思いは、とりわけ地域連携チームの中で共有されていたようだ。続いて櫻井氏。

「われわれの仕事は、試合やイベントを行ってナンボのところがありました。それができず、在宅やクラブハウスに閉じこもる日々が続いていますが、このプロジェクトで新たなモチベーションが生まれましたね。他の部署も喜んで協力してくれましたし、お店からもお礼のメールをたくさんいただきました。プロジェクトをスタートさせた時は、正直なところ先が読めない部分もありました。でも結果として、これだけの反響をいただけたので、本当にやってよかったです」

鹿島の代表的なスタジアムグルメのひとつ「ハラミメシ」。ハラミを豆腐と一緒に煮込んで、ごはんにかければ完成。
鹿島の代表的なスタジアムグルメのひとつ「ハラミメシ」。ハラミを豆腐と一緒に煮込んで、ごはんにかければ完成。

■名物スタグル「ハラミメシ」が自宅で食べられる!

 鹿島が「#いまできることをみんなで 鹿行の『食』を届けるプロジェクト」を公式サイトで発表したのは4月1日。小泉社長のSlackでの投稿から、わずか2営業日後でのリリースであった。鹿島の人気スタグルのひとつ、「ハラミメシ」を販売している居酒屋ドリームは、その1週間後に「出店」している。店長の宮内憲氏は「3月29日にいったん店を閉めていて、これからどうしようかと思っていました」と振り返り、こう続ける。

「通販はやったことがなかったので、どれくらい売れるか見当もつかない。20〜30袋くらいのストックしかなかったんですが、初日でいきなり500件以上の注文があって、本当にびっくりしましたね。最近はテイクアウトも始めましたが、メインは完全に通販です。このペースを月末までキープできれば、前年比と同じくらいの売上が立ちそうです」

 鹿島のホームゲームでは、1試合で1500食が売れることもあったというハラミメシ。モツ煮込みやハム焼きと並ぶ人気メニューだけに、鹿島サポーターならずとも「こんな時だからこそ食べて応援したい」と思うのは当然であろう。実は私も注文してみたのだが、商品850円に宅配などの手数料がかかるので、総額で1895円。それでも、3食分くらいのボリュームがあったので十分に満足している。再び、宮内氏のコメント。

「最初は通販という発想もなかったので、単純に『素晴らしい取り組みだな』って思っていました。でも今となっては、このプロジェクトのおかげで生活ができていますから(笑)。それとクラブを通して、サポーターとのつながりを強く感じています。SNS上でも、たくさんの鹿島サポの皆さんから励ましの言葉をいただきました。早くスタジアムで、また皆さんとお会いしたいですね」

【註】その後、宮内氏から「当店の事情で4月23日をもって通販を停止します」との連絡をいただいた。

鹿島が始めたプロジェクトが他クラブにも広がれば、全国で「食」を通じたサポーターの連帯が生まれるかもしれない。
鹿島が始めたプロジェクトが他クラブにも広がれば、全国で「食」を通じたサポーターの連帯が生まれるかもしれない。

■「メルカリならでは」のプロジェクトにあらず

 ところで鹿島は昨年8月、クラブの経営権を日本製鉄が手放し、IT企業のメルカリが取得したことが話題になった。そして同社の社長だった小泉氏が、子会社となったクラブの社長に就任(現在はメルカリの会長を兼任)。これを機に、フロントも現場も一気にIT化が進んだ。そうした経緯もあり、今回のプロジェクトのスピード感は、メルカリの企業文化によるものと私は考えていた。

「親会社がメルカリになって以降、マネージャーの決裁権が大きくなったので、スピード感が増したのと、消費者向きの視点を強めたのは間違いないですね。ただし、もともと鹿島にはボトムアップで『やろうよ!』という文化があったのも事実です。今回のケースもすべてが『メルカリならでは』ということではないと思います」

 私の仮説に対して、吉田氏は物腰柔らかく、そう否定する。もともと鹿島が培ってきた、地域とのつながりがあったことが大前提。「メルカリならでは」という要素は、今回のプロジェクトにはほとんど感じられないと櫻井氏も指摘する。

「プロジェクト立ち上げのスピード感は、むしろ『アントラーズならでは』だと思っています。サイトの仕組みにしても、申込みフォームにしても、実に単純そのもの。そこに『メルカリでないとできない』ものはないです(笑)。ですので、他のJクラブもぜひ参考にしていただきたいですね」

 実はこのプロジェクトをリリースして以降、他クラブから「ウチでも参考にしたい」という問い合わせを受けているという。鹿島アントラーズは、単にタイトル数やガバナンスだけで、Jクラブの規範となっているわけではない。今後、プロジェクトがさらなる広がりを見せれば、他のホームタウンの飲食事業者に光明を与えるのみならず、全国のサポーターにも「食」を通じた連帯が生まれるかもしれない。鹿島の次の一手に注目したい。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

宇都宮徹壱の最近の記事