Yahoo!ニュース

「スタジアムにいる5万人、それぞれにドラマがある」──マニアックだけではない、ひらちゃんの新著

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
「ひらちゃん」の愛称でJリーグファンに絶大な人気を誇る平畠啓史さん。

 Jリーグファンには、圧倒的な人気と知名度を誇るお笑いタレント、平畠啓史さん(以下「ひらちゃん」と表記させていただく)。2作目の著書『今日も、Jリーグ日和。ひらちゃん流マニアックなサッカーの楽しみ方』が上梓されたので、著者インタビューさせていただく機会を得た。本書は、サッカーダイジェストの連載『アディショナルタイムに独り言』の7年分のコラムからの選りすぐりと、描き下ろしを加えたもので構成されている。

「7年前の文章を読んでみて、実は『もうちょっと恥ずかしいんかな』って思っていたんですよ。でも、自分で言うのも何ですけど、意外と読めたんですよね(苦笑)。もしかしたら成長がないというか、根本的に面白がる部分が変わっていないのかもしれないですけど」

 コラムで扱う対象はさまざまだが、共通するのがサブタイトルにもある「マニアック」な眼差し。ただし、ひらちゃんが言うところのマニアックは「これ知らんやろ?」という上から目線ではなく、むしろサッカーファンに「わかる、わかる!」と共感させるものだ。そしてひらちゃんの眼差しは、選手や監督のみならず、名もなきサポーターやクラブスタッフ、さらにはマスコットにまで等しく向けられている。

「サッカーの本って、どちらかと言うと戦術とかシステムとか、選手や監督のドラマみたいなものが多いじゃないですか。でも選手や監督にドラマがあるように、試合を観に来るサポーターとか、ピッチで写真を撮っている人とか、スタグルを作っている人とかにも、やっぱりドラマがあると思うんですよ。スタジアムにいる5万人、それぞれにドラマがある。そっちのほうも面白いと思うようになって。トシのせいかもしれませんけどね(苦笑)」

メディアのみならず、J2やJ3の会場での「ひらちゃん目撃情報」は後を絶たない。
メディアのみならず、J2やJ3の会場での「ひらちゃん目撃情報」は後を絶たない。

 サッカーをめぐる市井の人々の物語といえば、今年のサッカー本大賞を受賞した、津村記久子さんの小説『ディス・イズ・ザ・デイ』が思い出される。以前、インタビューした際に「私はサッカーのことがぜんぜんわからないんですよ」と謙遜していた津村さん。しかし、ひらちゃんいわく「こっちが30年くらいかけてやっとわかったことを、津村さんは2年くらいでたどり着いて、なおかつ素晴らしい文章にしている。やっぱり、すごいなって思いますね」と、大いにリスペクトしている様子。このおふたりの対談はYouTubeでも視聴できる。

 そんなひらちゃんが、Jリーグ関連の仕事を本格的に始めるようになったのは2007年から。「最初は受け入れられるとは思っていなかったですね。お笑い出身ということで『お前、本当にサッカーのことを知っているのか?』というところから入っていくわけですから」とは当人の弁。それが今では、NHKでもDAZNでもJリーグ公式チャンネルでも、あらゆるメディアの常連となっている。それでいて、J2やJ3の地味なカードの現場でも、この人の目撃情報は後を絶たない。まさにJリーグのランドスケープのような存在となっている。

「今の僕の仕事って、目指してなれるものではないと思うんですよ。『10年くらい働いたら、ひらちゃんになれます』みたいなものではないし、『ひらちゃん専門学校』に通えばなれるわけでもない(笑)。そういう僕自身、もう一度人生をやり直して、この仕事をしているかどうかもわからないじゃないですか。だからこそ、今ここにいられることをすごく幸せだなって思います」

 そんな「ひらちゃん」というポジションを獲得して13年目。始めた時は30代後半だったが、昨年には50代を迎えた。サッカー好きのお笑いタレントは何人もいるが、誰もこの人の地位を脅かすまでには至っていない。そんな中、ひらちゃんはいつまでこの仕事を続けたいと考えているのだろうか。失礼を承知で尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。

「自分の中に『サッカータンク』みたいなものがあって、あとどれくらいの容量があるのか、自分でもわからないんですよ。まだまだ余裕があるかもしれないし、明日になったらプシューって空(から)になっているかもしれない。基本的には好きでやっていますけど、好きでなくなった時がアウトだと思っています。それが5年後なのか、10年後なのかはわからないですけど」

著者いわく「最近はJリーグに行っていないという人に読んでいただきたい」。
著者いわく「最近はJリーグに行っていないという人に読んでいただきたい」。

 話を新著に戻す。前作『平畠啓史Jリーグ54クラブ巡礼 ひらちゃん流Jリーグの楽しみ方』は、よくも悪くもオフィシャル感が前面に出ていた。それに対して本書は、全クラブを平等に扱うのではなく、興味のある対象に縦横無尽にアプローチしているのが特徴。そのベクトルは国内にとどまらず、リーガ・エスパニョーラやワールドカップにまで向けられている。どんな人に読んでもらいたいのか、最後に著者自身に語っていただこう。

「Jリーグが始まった時にはサッカーを見ていたけれど、最近は行っていないという人に読んでいただきたいですね。サッカーそのものの魅力だったり、スタジアムの空気感であったり、そういったものを思い出していただければいいかなと。でもって『またサッカーを見に行こうかな』って思っていただければ、すごく著者冥利に尽きますね(笑)」

<この稿、了。写真はすべて著者撮影>

※なお平畠啓史さんのインタビュー完全版は、宇都宮徹壱ウェブマガジンにて10月17日に掲載予定。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

宇都宮徹壱の最近の記事